相子智恵
息白し形見に近き一樹あり 櫂 未知子
句集『カムイ』(ふらんす堂 2017.06)所収
亡き人との思い出のこもった一本の樹。
故人の庭木などではなく、形見分けにもらうことはできない。しかし、その樹の元での思い出の深さは、限りなく〈形見に近き〉ものだというのだ。
母との死別があったというあとがきから見るに、この樹は母との思い出が詰まった樹だと思われる。裏山や、道や、公園、この一樹がどこにあるのかは分からないが、〈形見に近き〉からは深々とした、そしてあくまでも静かな母恋いの思いが感じられてきて胸に迫った。
寒空の下で一本の樹を見上げながら、同時に空の方へ立ちのぼってゆく自分の白い息も見えている。
白息の先の、形見に近い一樹の先の、空の先の、母へ。視線がのぼっていくのと同時に、思いも空へとのぼってゆく。目の前の息の白さによって一樹にも靄がかかり、彼の世との境目もなくなっていくようだ。
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