〔ためしがき〕
電話にあてがわれたメモ・パッド11
福田若之・編
電話機の前では何人も平等です。
何人も電話機に対して特権を持つことはできません。
電話機は誰の言葉でも同じように伝えます。
電話機は誰に対しても同じように受話器をとり、ダイヤルをまわすことを要求します。
電話機はあらゆる個別的な権威、名誉といったものを伝えようとしません。
電話機が伝えるせいぜいの個的なものは声ですが、それすら、高音部と低音部を消してしまい、無個性的なものに近づけているのです。
電話機こそ、人類の絶対的な平等を実現する仮面なのです。
(小林恭二『電話男』、小林恭二『電話男』、福武書店、1987年、62頁)
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これで五年というもの、あなたを拠り所にして生きてきたのよ。あなたがわたしの吸いこむ掛け替えのない空気だったのよ。ただひたすらあなたを待ち暮らしましたわ。あなたが顔をみせるのが遅れでもすると、あなたは死んだと思い、死んだと思って死にそうになり、あなたが戸口に姿をみせると生きかえり、やっと、ここに落ち着いてくれると、今度は出てゆくんじゃないかと生きた心地もなかったわ。今は、あなたが話していてくださるから、こうやって呼吸をしているのよ。わたしの見た夢はまんざらばかげてもいないわ。あなたがこの電話を切れば、呼吸をするパイプを切っておしまいになるのよ〔……〕(ジャン・コクトー『声』、一羽昌子訳、『ジャン・コクトー全集』、第7巻、東京創元社、1983年、126頁。ただし、「拠」に「よ」、二か所の「呼吸」に「いき」とルビ。太字は原文では傍点。)
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ブルーは彼女のことをたまらなく恋しく思う。だがそれと同時に、物事はもう二度と元通りにはならないだろうという思いを彼は感じている。どこからそんな感じがやって来るのかはわからない。けれど、ブラックや、この部屋や、この事件のことを考えているときはまあ一応満ち足りた気持ちでいられるのに、未来のミセス・ブルーのことが意識にのぼったとたん、彼はいつもパニックに陥ってしまう。平静は一瞬にして苦悩に転じ、まるで自分が、暗い、ほら穴にも似た、入ったら最後二度と出られない場所に向かって落下しつづけているような思いに襲われるのだ。毎日のように、彼は、受話器を取り上げ彼女に電話をかけたい誘惑に駆られる。現実の彼女と接触を持てば、金縛りのような気持ちもたちどころに消えるのではないか、と。だが何日かが過ぎ、彼はそれでもまだ電話をかけない。
(ポール・オースター『幽霊たち』、柴田元幸訳、新潮社、1995年、24頁)
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「じゃあ行く……」
電話が切れた。
このごろじゃもう誰も、さよならとも言わない。この世界では。
(チャールズ・ブコウスキー『パルプ』、柴田元幸訳、新潮社、2000年、143頁)
2018/1/6
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