2018年3月5日月曜日

●月曜日の一句〔上田五千石〕相子智恵



相子智恵






暮れ際に桃の色出す桃の花  上田五千石

松尾隆信『上田五千石私論』(俳句四季文庫36 2017.10)所収

元句は『森林』(牧羊社 1968年刊)所収だが、『上田五千石私論』で出会った。松尾氏によれば、五千石は第一句集『田園』後のスランプから脱するために「眼前直覚」を自身の理念としたという。「心の状況が眼前と結びつくこと」ということだが、その後、生涯をかけて、この理念の範囲は「眼前を起点とした飛躍」にまで変遷を遂げていく。その変遷が本書では句と共に時系列で丁寧に描かれていく。

さて、掲句。桃の花の色は日差しによって見え方が変わるが、本当の桃の花の色を出すのは日暮れ間際だという。色濃く、薄暗い桃色、その色こそが本物の桃の花の色だというのである。

〈出す〉という言葉が選ばれることで、強さが生まれている。この色を出すのは桃の花の意志であるかのように読ませながらも、それはもちろん自身の思いだ。“心の状況”が出ている部分だと言えるだろう。

暗い、濃い色こそ桃の花。その美しい断定が、読む者を惹きつける。

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