〔ためしがき〕
白髪
福田若之
最近、自分の前髪のうちに、ほんの二筋ほどではあるけれど、白髪が混じっているのをみつけて、嬉しくなった。
ずっと前から、白髪にあこがれていた。このあこがれは、たしかに身のまわりの大人たちがきっかけになったところも大きいのだろうけれど、きっと、自分の育った家に白いやもりが棲んでいたことが関わっている。
ときどき、玄関先でふいにこんばんはをしたものだった。十年以上ものあいだ、僕たちはやもりと一つ屋根の下で暮らした。あの白いやもりは、僕たちよりもずっと、自らの棲む家に詳しかったのではないかと思う。その白い身を、おそらくは暗闇にしっとりと浸して、やもりは僕たちのそばに潜んでいたのだ。
その白いやもりは、なぜか、カルピスが好きだった。庭に来る雀蜂が危ないというので、父がそれを捕えるためにカルピスを餌にした罠を仕掛けたら、やもりが繰り返し引っかかってしまい、それで、その白いやもりがカルピスを好きなことがわかった。やもりが溺れてしまうかもしれないので、罠で雀蜂を捕えることは断念された。
古びてゆく家で、やもりと僕たちはともに生きながら、老いた。僕たちは移り、古い家は取り壊されて、あの白いやもりがどうなったかは知る由もないけれど、白髪は僕をたしかにふたたびやもりに近づける。あの白いやもりは、今でも僕のそばにいる。だから、白髪を生やすこと、これはきっと僕とやもりとの約束なのだ。僕は、そのようにして、いま一度、老いることを望む。
2018/5/12
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