2018年10月8日月曜日

●月曜日の一句〔津田このみ〕相子智恵



相子智恵






病棟の床の矢印行けば霧  津田このみ

句集『木星酒場』(邑書林 2018.8)所収

駅やスーパー、銀行のATM、公衆トイレでも、そういえば床に矢印のシールが貼ってあることは多くて、気づけばその通りに歩いたり、「ここで待て」のシールがあれば、そこで立ち止まったりする自分がいる。すっかり無意識に思考停止のまま、矢印の床シールの思い通りに動かされているものだなあ、と思う。

掲句、どきりとした。そういえば大きな病院の廊下にも矢印があった。床の矢印通りに歩いていったら、霧であったという。もうそこには矢印はなくて、自分の次の行動を指示してくれるものはない。「五里霧中」という言葉もあるように、霧は不安を連想させる。病棟であるから、やはり病気の不安を思う。

一方で、最後に「霧」でストンと軽やかなオチが付いてたような掲句の構造からは、絶妙な軽さが生まれていて、その諧謔味に救いがある。

矢印の一寸先は暗く黒い闇ではなくて、白い霧。その中に入れば体が浮遊するような真っ白な世界。何も見えなくて不安であるが、どこへ行くのも自由なのである。

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