黒岩徳将
霜を踏んでちんば引まで送りけり 芭蕉
延宝七年作。前書きに「土屋四友子を送りて、かまくらまでまかるとて」とある。霜を踏んで、不自由な足を引いて送ったよ、という。芭蕉と四友とは、「三吟百韻」を成している。(ちなみにそのときの発句は「見渡せば詠(ながむ)れば見れば須磨の秋」である)。霜を踏むところに名残惜しさが募り、「送りけり」まで継続する。動詞が三つもあって普通ならごちゃごちゃしそうだが、意外と読みやすい。この句には謡曲「鉢木」による趣向が凝らされている。「鉢木」のストーリーはwikipediaですぐにでてくる。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%89%A2%E6%9C%A8
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%89%A2%E6%9C%A8
主人公の佐野源左衛門尉常世が落ちぶれた様から北条時頼に見定められて鉢の木にちなんだ領地を得るのだが、常世と鉢・領地がリンクしているところが面白く、よくまとまった話である。常世は幕府の危急のために鎌倉に馳せ参じたのだが、芭蕉は四友上洛を見送るためであり、物語のスケールには差がある。その差も愛おしく感じるのは「霜」だからだろうか。
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「鉢木」は、能としては特殊な部類ですが、物語は人口に膾炙している(していた)のが面白いですね。「安宅」や「道成寺」も同様ですが。
返信削除能あるいは今回の芭蕉の句のように、過去のフィクションをベースにさらなるフィクションを作り出すのが日本文芸の得意技。現代の作句に活かすのも一興だと思います。
(江口明暗)