樋口由紀子
時々は覗いてあげる古い井戸
鈴木節子 (すずき・せつこ) 1935~
我が家には古い井戸がある。もう半世紀以上使っていない。埋めてしまおうという話もあったが、震災を経験して、水の貴重さ、断水の不便さを考えて、そのままにしてある。しかし、普段はそこにあることすら忘れている。
生家にも井戸があった。庭に片隅あり、危ないから近づくなと言われていた。こっそりと行って、覗くと自分の顔が映る。水面のゆらゆら感は妖しく、怪訝な顔で覗いているので、もちろん、怪訝な顔の私がいる。そこには日常とは明らかに違う異界があった。
掲句の「古い井戸」は比喩だろう。忘れているものなのか、異界なのか。それ以外のものなのか。なににせよ、それらは覗いてあげなくてはならないものなのだ。「杜人」(261号 2019年刊)収録。
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