2019年7月6日土曜日

●土曜日の読書〔砂漠の約束〕小津夜景




小津夜景







砂漠の約束

今度の土曜日、遊びにいらっしゃい、とマリーが言った。

さいきんマリーは90歳になった。武術を習ったり、油絵を描いたり、朗読をしたり、毎日いそがしい。じゃあ私、レモンケーキを焼いてゆきますので、そのつもりでいてください、と約束する。

土曜日の昼、マリーのアパートを訪れる。いま前菜を運ぶからテーブルで座っててね。ビズをして、マリーが言った。私はそれを無視してずかずかと台所に入り、前菜の皿をテーブルへ運ぶ。大きな砂漠の写真が居間に飾られている。

「きれい。これ、どこの砂漠?」
「アルジェリア。私の住んでたとこ」
「へえ!」
「大昔の話よ。結婚と同時に渡って、戦争で逃げ回って、あのときはさんざんだったけど、また行きたいの。若い娘だったころ暮らした風景の中に、もういちど身を置きたくて」

90歳の女性にこのようなことを言われた場合、いったいどう返すべきか。私は、たぶん正解ではないなと思いつつ、

「きっと変わってないわ。どんなに変わっても、かならず当時の面影があると思う」

と言ってみた。するとマリーは笑って、

「ごめん。私は思い出より憧れの方が好きなの。つまり、どのくらい都会になったかしらと想像して楽しんでるわけ」
「そっか。砂漠以外はきっとずいぶん変わっただろうね」
「砂漠だって毎日変わるわよ。海みたいに」
「うそ。そんなに?」
「変わる変わる。こんど一緒に行きましょう」

思い出より憧れの方が好き。これは登山家ガストン・レビュファの言葉で、昔のフランス人ならたいてい知っている。
山脈というものは、はっきりした輪郭を持ち、見る人を圧倒する緻密な物体である。これに反して、砂漠、ことにサハラ砂漠は広大で、いたる所で同じ景観を有するかと思うと、いたる所で別の姿を持つ。いわば海のように、移動性を持つ。(…)砂の壁は厚い、不透明の壁で、前進して来る。自然は好きなように行動し、地表を一変する。それは新しい雪が地表を一変するのと同じで、前日に見た地表の姿は、風がやんだとき、すっかり消えている。(ガストン・レビュファ『太陽を迎えに』新潮選書)
今日はお招きありがとう。こちらこそ楽しかったわ、また月曜に道場でね。マリーのアパートを出て市バスに乗り、車窓から海を眺めていて、とつぜん喉がつまる。憧れというのはなんと素晴らしいものだろう、と心が震えたのだ。


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