相子智恵
台風圏四角くたたむ明日の服 柏柳明子
句集『柔き棘』(2020.7 紅書房)所載
台風ではなく〈台風圏〉は、体感よりも情報寄りの季語である。天気予報がなかった時代には、気象衛星の画像で見るあの渦巻きの圏内に自分がいることなど思いもよらなかっただろう。〈台風圏〉によって自ずとあの円形が浮かび、それに続く〈四角く〉で、形の不調和から変な緊張感が生まれている。
しかし〈四角くたたむ明日の服〉だけを見れば、今はたとえ〈台風圏〉の中にあっても、この洋服を着て出かける明日はゆるぎないということが、当然のように信じられている。明日着ていく洋服をきれいに四角く畳むという、あまりにも日常的なふるまいが〈台風圏〉と取り合わされていることに、ちょっと心がざわつくのだ。
この「情報としての台風」と、淡々としたルーティーンの〈四角くたたむ明日の服〉の取り合わせは、なんだかとても現代的だと感じる。目の端でテレビの台風情報を眺めながら、洋服をきれいに四角くたたむ。それほど大型の台風ではないし、これからの台風の進行方向も、いつ温帯低気圧に変わるかも予測はできている。実際に窓を打つ強い雨風の音も聞こえてはいるけれど、現代の家は安全であることもわかっている。明日は普通にこの洋服を着て出かけられるだろう……そんな現代の、予測と共に訪れて去る台風。
けれども気候変動によって引き起こされる、これまでの常識では太刀打ちできないような昨今の自然災害を見ていれば、掲句のような感じ方も、近い未来にはできなくなるのかもしれない。掲句の日常の幸せと不吉さが同居するような書きぶりは、このように何重にも心をざわつかせるのである。
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