2020年11月16日月曜日

●月曜日の一句〔秦夕美〕相子智恵



相子智恵







見ず聞かず信ず来世の雪の椅子   秦 夕美

句集『さよならさんかく』(2020.9 ふらんす堂)所載

「見ざる、聞かざる、言わざる」という言葉がある。そんな調子で掲句をトントントンと読んでいくと、〈見ず聞かず信ず〉は、「見ない、聞かない、信じる」と、〈信ず〉だけが否定ではないところに、深く感じ入る。〈来世〉は見たこともないし、聞いたこともないけれど(そしてそれは、生きている者としては当たり前のことだけれども)、その存在を信じる、というのである。

その信じるものがただ〈来世〉だけでは一句が観念に過ぎなくなるのだが、〈来世の雪の椅子〉という具体的な物が見えてくるところで、一気に心を持っていかれる。真っ白で冷たい雪の椅子に、冷え冷えと座わる。そんな来世はたいそう美しい。
〈来世〉は仏教の言葉でありながら、ここでは(行ったことはないけれど)北欧のアイスホテルが想像されてきたりして、洋の東西を問わない自在な美意識もまた、この作者らしいと思うのである。

 

0 件のコメント:

コメントを投稿