相子智恵
施火尽きて雨の十万億土かな 井上弘美
施火尽きて雨の十万億土かな 井上弘美
句集『夜須礼』(2021.4 角川文化振興財団)所載
〈施火〉は送り火。〈十万億土〉とは、「この世から極楽浄土に至るまでの間に、無数にあるという仏土。転じて、極楽浄土のこと」と辞書にはある。〈雨の十万億土〉とあるから、自分がいま雨に打たれている体感があり、この世とあの世のつながりが感じられてくる。そういう意味では、「この世から極楽浄土に至るまでの間の仏土」という第一の意味がふさわしいように思う。
送り火を焚いている間も、じつは雨は降っていたのではないだろうか。送り火がふっと消えるまでは、火が心を占めていたから雨は気にならなかった。そして、送り火が尽きると、静かな夜の雨に、すべてがひんやりと包まれた。
送り火はこの世とあの世を隔てる行為で、精霊が帰ってしまう淋しさがあるけれど、掲句の雨は、この世とあの世の間を等しく湿らせている。ということは、送りつつ、つながるのだ。この世の私も、あの世の精霊たちも等しく雨に濡れていて、その何と安らかなることか。
自分に身近な送り火を思うと同時に、掲句には〈五山送火 二句〉と前書きが書かれている。京都の五山の送り火を思うとまた、味わい深い。
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