相子智恵
火蛾落ちて夜の濁音となりにけり 堀本裕樹
火蛾落ちて夜の濁音となりにけり 堀本裕樹
句集『一粟』(2022.4 駿河台出版社)所収
明るさに導かれ、火や電灯に集まってくる蛾たち。そのまま火に飛び込んだり、電球にぶつかったりして「ジジ、ジュッ」と音を立てて落ちては死んでいく。〈濁音〉は、このように蛾たちの命が絶えるリアルな音であり、それ自体は残酷で哀れなのだが、〈夜の濁音となりにけり〉と流麗に読み下されると、死が抽象化され、美しい詩のことばとなって美に転じる。そこが、残酷でありながらも美しい「火蛾」という季語がもつ本意に叶うのである。
火蛾といえば、速水御舟の「炎舞」を思い出す人も多いかもしれない。思えばこの画は幽玄すぎて、どこまでいっても無音の世界のように私には感じられてくる。掲句はそれに比べると、音のリアルさで現実を掬っている。だが、やはり「炎舞」に通じる美意識のもとで構成されていることは確かであり、それゆえに名句性を帯びていると言ってもよいだろう。「文芸上の真」を感じる句である。
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