相子智恵
子と歩く速さに秋の深まりぬ 田口茉於
句集『付箋』(2022.8 ふらんす堂)所収
まだ子どもが歩き始めの頃、しみじみと、「土が近い生活になったなあ」と思ったことがあった。野菜を育てるなどの暗喩ではなくて、文字通り「地面が近い」のである。棒切れを拾う、鳥の羽根を拾う、団栗を拾う……ことにつきあう。転んだら抱き起こす、膝の土を払う、靴を脱がせる、履かせる。地面に膝をついてスマホで動画を撮ったりもする。
掲句に、そんな土の近さを思い出した。この句は「子の歩く速さ」ではなく、あくまでも「子と歩く速さ」だ。走り回る子を悠々と描写していられるわけではなくて、その速度に自分も巻き込まれているのである。
ものすごくゆっくりな(ほとんど動かない)時もあれば、いきなり走り出すこともある。淡々とした大人のペースではない、予測のできない速度。きっと今日も予定通りに物事は何一つ進まず、一日が終わるのだ。その分、秋の深まりを濃く感じる時間が流れる。歩いている途中で、落葉や団栗もきっと拾ったことだろう。地面が近い生活の〈秋の深まりぬ〉に納得である。
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