相子智恵
本文秋のまま註に雪降るらし 天沢退二郎
句集『アマタイ句帳』(2022.7 思潮社)所収
美しい句だなあ、と思う。「暦の上では冬」という言い方をよくするが、秋と冬の季節の「つながりつつずれる」感じが見事に描かれていて、書物の中の虚の景なのに、晩秋から冬にかけての冷たい空気の実感がたっぷりと呼び込まれてくる句だ。
この一句だけ抜き出すと名句だと思う。ところが掲句は連作のうちの一句で、連作を(もっと言えば句集すべてを)読むと大変面白いのである。
連作のタイトルは「本文と註(冬の章)」。他に「本文と註(春の章)」「本文と註(春から初夏)」「本文と註(夏の章)」「本文と註(秋・終章)」と断続的に掲載されている。
「本文と註(冬の章)」の12句から他にも何句か引いてみよう。
註淫すれば本文を冬去らず
本文寒し地下納骨堂【クリプト】に註を彫る
冬の本行間に註のこだまして
註註註註註註と冬の風
註註とタコのうるさい冬の本
これだけ読んだだけでも、どうにも自由で可笑しくて、そして凄味のある句集である。天沢退二郎は詩人。仏文学者でもあり、宮沢賢治の研究者として全集の編集・校訂でも知られる。
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