相子智恵
美しいデータとさみしいデータに雪 正木ゆう子
句集『玉響』(2023.9 春秋社)所収
数値の集まりであるデータを、科学的な分析や考察といった「意味」で読み解くことなく、しかも正しいデータか誤ったデータかといった判断ではなく、そのデータに〈美しい〉〈さみしい〉という個人的な主観を持ち込む。しかも〈美しい〉と〈さみしい〉には正誤のような対比関係がないから、主観のフィールドにおいても論理に落ちることがない。
こうしてデータは意味からも関係性からも解放されてゆき、びっしりと並んだ数値が、眼の奥でちらちらと別の光を放ち始めて、それはやがて降る雪に変わる。
氏は生き物を生き生きと詠むのは当然ながら、こうした無生物にさえ命を吹き込む。
ダウンジャケット圧縮袋解けば夜空
昨年、クリーニングして圧縮袋で保管していたぺちゃんこのダウンジャケットを、寒くなった夜に取り出す。圧縮袋を開けて、ダウンが空気を吸い込んで膨らむ。ダウンジャケットが夜空を呼吸し始めるのだ。
ゼムクリップ磁気に集まり霜降る夜
びっしりと集まる人工的なクリップの光と、葉などをびっしりと覆う自然の霜の光の相似。
句集『玉響』には、こうした自在な句がたくさんある。他にも自身の旧作を遊ぶような句もある。氏には〈童貞聖マリア無原罪の御孕の祝日と歳時記に(『静かな水』)〉という31音の長い句があるが、本書には〈どちらかといへば暗いからどちらかといへば明るいへと寒暁〉というこれまた31音の句があって、これも旧作を意識しているのだろう。旧作は季語自体が長かったのだが、新作の季語は〈寒暁〉のみ。融通無碍な境地が、より深まっていると思った。
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