〔今週号の表紙〕第238号 蔵
山田露結
我が家に「蔵」がありました。いわゆるなまこ壁のいかにも「蔵でございます」という風情の建物ではないのですが、ウチの家族は皆その建物を「蔵」と呼んでいました。
我が家は呉服店を営んでいて「蔵」には店の在庫やら備品やらがたくさん仕舞ってありました。ようするに倉庫ですね。何でも「蔵」は築百年以上は経っているらしくて私は物心ついた頃から毎日「蔵」を目にしながら育ちました。でも、私が実際に「蔵」の中に入ることは滅多にありませんでした。
小学生の頃のある日、ひとつ年下の弟が突然行方不明になってしまったことがあります。夜遅くまで家に帰らず、どこを探しても見つからないために両親が警察に通報し、夜中に警察官が何人も家にやって来て弟の捜索をはじめました。
警察が家に来るなんてただ事じゃないと思いながら私も一緒に弟を探しました。捜索がはじまって数時間後、弟は「蔵」の屋根裏で熟睡しているところを発見されました。すると母親がすかさず弟のところに駆け寄って行って涙を流しながら無事だった彼を抱きしめました。弟はどうしてそんなところで寝ていたのかを繰り返し聞かれていましたが、結局何も答えませんでした。私はこんな妙な騒ぎを起こして家族を心配させる弟をなぜか少し羨ましいと思いながらその光景を眺めていました。
今年、あちこち傷みの激しかった「蔵」を取り壊すことになりました。それでふとこの弟の一件を思い出したのです。「蔵」の思い出といっても私にはこの一件以外にはほとんど何も思いあたらなかったのですが、それでも「蔵」がなくなると思うと何だか急に切ない気持ちになりました。そして「蔵」は解体業者によってあっけなく取り壊されてしまいました。
馴れ親しんだ建物が無くなってしまうときには、大切な人と別れるときと同じような感情が起こるものなんですね。今回、そのことをはじめて知りました。
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