相子智恵
酒機嫌よきもの寄りて夜振かな 茨木和生
句集『薬喰』(2013.6 邑書林)より。
以前、四万十川に行ったとき、写真を見ながら火振漁の話を聞いた。実際に漁を見ることができなかったのは残念だったが、夜の川に松明の明りが揺れている様子はたいそう美しくて、妖しかった。竿で水面を叩いて、眠りについた鮎を起こして驚かせ、松明の光で網に追い込む漁である。
掲句を読みながら、火に真っ先に近寄ってくるのはきっと、ほろよい気分の〈酒機嫌〉の魚ではないだろうかという気がして可笑しかった。もちろん〈酒機嫌よきもの〉は夜振漁を見ている人間の様子と取ってもよいのだろうが、酔っ払った魚のことを思うと、なんとも楽しくて、少しあわれだ。
『薬喰』には、このように動物と人間の境目のない昔話のような、神話的な視点を感じる句がけっこうある。
〈私の家では、薬喰は験のものやと、年の暮に一度ふんだんに肉を食べて来た。験のものとは、それをしないとどんなまがごとが起こるかも知れないと考えてしてきた習わしである〉とあとがきにあるが、一句のまとう神話的な匂いは、「験のもの」を信じる自然豊かな土地での生活の中から生まれてくるのだろう。
こうした世界は現代では貴重で、句集を通じてそこに遊びに行けるのは、楽しくて豊かなことである。
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