2015年1月21日水曜日
●水曜日の一句〔谷川すみれ〕関悦史
関悦史
枯れすすむ体の上を鳩の群 谷川すみれ
『ヴェルーシュカ―変容』という写真集が80年代にあった。白人女性モデルが全身に精密なボディペインティングを施し、古びのついた木材や金属にそっくりの質感となって、背景の建物などに溶け込んでしまう作品集である。モデルのヴェルーシュカは、どの写真でも瞑想によって事物に還ろうとするかのように眼を閉じて写っていた。
この句は「枯れすすむ」で一旦切ってしまえば、冬枯れの野外で語り手が鳩にたかられているだけの、どうということもない光景に見える。しかし「枯れすすむ体」まで連体形でつながっていると取ると、途端にヴェルーシュカの写真のように、枯れゆく地面に変容中の語り手の上を鳩たちが歩いている図となるのである(飛んでいるとも一応は取れるが、「体」という即物性を押し出している点、鳩の脚が直に触れていると取った方が句が生きるだろう。飛んでいるならば「われの頭上を」といった形になるはずである)。
鳩たちは自分が何ものの上を歩いているのか知らない。そのことが却って、もはや大地とも人ともつかない、歩かれている者の心身の存在を感じさせる。
「冬枯れの」といった停止状態ではなく「枯れすすむ」という進行状態にあることが、鳩の群れの歩行と、人から冬枯れの地への変容が同時に進んでいくさまを思わせ、眩暈を呼び込む。
しかし句を形づくる言葉は、連体形か終止形かの両義性を別にすれば平板なほどに明確だ。ヴェルーシュカの写真でも人体の存在ははっきり見て取れ、ボディペインティングの完成度の高さとは別に、廃墟様の物件に溶け込まなければならない者の意識や作為もまた画面上であらわになっていた。無化への欲望が逆に個人の輪郭をはっきりさせてしまう辺りも、この句はヴェルーシュカに似ている。
句集『草原の雲―不自由な言葉の自由―』(2014.12 香天叢書)所収。
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