【みみず・ぶっくす 16】
ひとでなしのうた 小津夜景
いかなる起源にも
いかなる調和にも
憧れることのない
ひとでなしが
天地のみえない霞の中を
のんきに舟で漂つてゐた
ひとでなしは
自由の枷をまとひ
同じ歌を歌つては
天地の間を縫つた
虫のやうに
鳥のやうに
踊るやうに
巡るやうに
同じ歌ばかりを歌つた
記憶の沈殿なる宮殿を
古きよき音色で満たし
春の粒なすひかりへと
心のすべてを甦らせた
生まれたことが
いまだないから
死ぬこともない
ひとでなしだが
永訣のわれらに春の虎屋かな
惑星儀いまは亡き音を棲ましむる
囀りはゾンビのやうに眩しくて
わが喉を愛しむものを東風といふ
紙魚をただひとつ残せし聲なりき
古草に忘れられたるてのひらか
木蓮の波紋はもはや耳になく
オルガンを漕げば朧は溢れけり
拒まずよあの息を吐く初虹を
ダイヤルす在りし昔の正夢に
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