相子智恵
落鮎に日照り月射す残んの日 澤 好摩
句集『返照』(2020.7 書肆麒麟)所載
産卵のために川を下る〈落鮎〉を、川の一地点で捉えるのではなく、鮎と共に川を下るように描いている。〈落鮎〉が何日かけて川を下るのかはわからないのだけれど、昼間は秋の日差しに照らされ、夜には見事な月光が射し込み、それを幾度か繰り返すのだろう。〈日照り月射す〉で、昼も夜も秋の静かな光にきらきらと照らされる一本の川と、川浪にきらめきながら下っていく一匹の鮎を夢想する。
下流にたどり着いて無事に卵を産めたなら、そのあとにはすぐに死が待っている。美しい秋の日光と月光に照らされる日々は〈落鮎〉の〈残んの日〉なのだ。〈残ん〉は「残り」の音が変化したもの。古語の響きが柔らかく、鮎の残りの日々に対する作者の慈愛のまなざしを感じる。
それにしても下五でやってくる〈残んの日〉という古語と内容には、ふいに驚き、深く納得する。前衛/伝統では括れないような、この人のもつ俳句の美しさにこうして触れてゆくのである。
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