相子智恵
括られし秋明菊や湖へ向き 如月真菜
句集『琵琶行』(2020.9 文學の森)所載
つかのまを近江住まひや遠砧
という句から始まる章の一句である。掲句の〈湖へ向き〉の湖はきっと琵琶湖、淡海だろう。〈秋明菊〉はもう終わりの頃なのだろうか。それともあちこちに向いてわさわさと咲くから、よく見せるためにまとめて括られてしまったのだろうか。湖の方に花が向いている。琵琶湖と秋明菊は秋の日に照らされて、寂しく静かな光を放ちあっている。もののあわれを感じる句だ。
淡海より出る川ひとつ水の秋
琵琶湖に流れ込む河川は119本もあるのに、琵琶湖から流れ出る川は唯一、瀬田川(京都府内で宇治川、大阪では淀川と呼ばれ大阪湾に注ぐ)のみである。たっぷりと湛えられた〈淡海〉の水が、たった一本の川となって悠々と出ていく。〈水の秋〉は、水の美しい秋を讃える季語。まさにベストオブ水の秋、といった堂々とした句の姿ではあるのあるが、しかしながら、この句も〈ひとつ〉がどこか寂しい。
蜻蛉朔日よこたへし琴の胴
子を置いて出づれば天高しと思ふ
ねむたげな一夜官女を先頭に
序によれば十年ほどの間に、横浜から尼崎、神戸、大津と転居したという。たっぷりとした諧謔も持ち味の作者だが、この句集には、そこに異郷を転々とするそこはかとない寂しさが加わっている。しかし一方で、この人のゆったりとした句柄は、歴史ある関西の水と風土に本当によく合うとも思った。句が深みを増している。
筆者と同年代ということもあり(句歴は比べるべくもないが)、気づいたら二十年以上読んできた作家だ。今はこういう場所にたどり着いたのだな、としみじみ思った。
不思議と秋が似合う句集だな、とも思った。
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