西原天気
※樋口由紀子さんオヤスミにつき代打。
ボクシングジムへ卵を生みにゆく
石部明(いしべ・あきら) 1939~2012
川崎とか墨田区とか、鉄の似合う街、音的には、が行、ば行が鳴っている街。そのはずれのあたり、例えば川沿いの道かなんかに、ボクシングジムは、派手な看板のわりにはあまり人目を引かず、夜になると中の明かりがちょっと漏れたりしているわけです。残念ながら、ボクシングの経験がなく、実際に中に入ったこともないので、たぶんにドラマのイメージです。すみません。サンドバッグがぶらさがり、パンチの音や縄跳びの音がして、汗がむっと匂い、中心には正方形のリング。
ヒトは、残念ながら(残念でもないか)卵生ではないのですが、この句のいわゆる作中主体を鳥かなんかにしてしまってはつまらない。「卵を生む」をなにかの喩えとして読んでしまっては、もっとつまらない。ボクシングジムへと向かうのは、ヒトです。作者でも彼でも彼女でもいいけど、ともかく、なにか思うところがあって、卵を産み落とす場所としてボクシングジムを選んだ。突拍子もないようでいて、駅前やら公民館やらジャスコに比べれば、そんなに不自然でもない。場所のもつ熱気は、孵化にも向いていそうだし、市民の常識からはずれた出来事も、ここなら、騒ぎ立てられることもなさそう。
不思議はそのままに、けっして腑に落ちることはないけれど納得感はある。そんな設えなのですよ、この句。
掲句は『現代川柳の精鋭たち』(2000年7月/北宋社)より。
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