相子智恵
春昼の土管トンネルほうと鳴る すずき巴里
春昼の土管トンネルほうと鳴る すずき巴里
句集『櫂をこそ』(2022.3 本阿弥書店)所載
夢のような句である。何が夢かといえば、空き地に置きっぱなしの土管をトンネルの遊具にするなど、高度成長期の藤子不二雄の漫画の世界の中のものだからだ。今や都会の空き地ともなれば、コインパーキングにして有効活用したり、土管があるとすれば危なくないように工事現場の囲いの中だったりするものだから、そういえば「土管があって子どもが自由に遊べるような、のどかな空き地」というもの自体が夢のような存在なのである。
土管を遊具にしている公園は今もあるようだが、遊具にも安全性が求められる昨今では、子どもたちは、土管で遊ぶことなどほとんどないだろう。ただ、トンネル型の遊具(滑り台の下などに作られていたりする)は今も健在で、いつの時代も子どもはトンネルが好きだ。そこで声を出してみれば、確かに反響が「ほう」とくぐもって楽しい。
掲句の〈土管トンネルほうと鳴る〉は自然に鳴っているような感じだから、子どもの声の反響ではなく、土管の中を春風が通り抜けた音なのかもしれない。それはそれで夢のような時間だ。春の昼下がり、こんな空き地の土管の中で、〈ほう〉という音を聞きながら、空白の時間を過ごしたいものである。
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