樋口由紀子
終電の切符の裏に毛が生える
吉田健治 (よしだ・けんじ) 1939~
「心臓に毛が生える」を思い出す。「厚顔無恥、あつかましい」で普段は小心者でも、いざというときに大胆に度胸のある行動をするという意味がある。掲句は心臓ではなく、手に持っている切符に毛が生えてきた。しかし、その偉力はもうすぐ自分の心臓の方まで届くかもしれない。終電になったのは残業か飲み会か。疲労や後ろめたさを振り払うようにコミカルに変換させている。
それにしても切符の裏に毛が生えてくるのは気色悪いことである。予想もしない、意外なところまで言葉をずらしていく。車窓の外は漆黒の暗さ、何か起こるがわからない。何かが始まるのだろうか。『現代川柳の精鋭たち』(2000年刊 北宋社)所収。
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