相子智恵
蟻の穴一つばかりが忙しく 若杉朋哉
蟻の穴一つばかりが忙しく 若杉朋哉
句集『朋哉句集 三』(2022.5 私家版)所収
ああ、確かに見たことのある風景だな、と思った。地面にいくつもの蟻の巣穴があいているのにもかかわらず、一つの巣穴しか蟻が出入りしていないのである。他は古い住処なのか、穴は土の中でつながっているのか、つながっていないのか。その分からなさが面白くて、飽きずに眺めていた子ども時代を思い出す。
豆飯の豆集まつてゐるところ
みつ豆や黒蜜のいとすばしこく
片方の足上げてゐる昼寝かな
夏の句からいくつか引いてみた。どれもあるある、と思うし、この「日常の何でもなさ」がなぜか郷愁を誘う。序で岸本尚毅氏が〈若杉さんの句集を読んでいると、心地よい散歩のような心持ちがする。目に映るものをただ眺めながら、たんたんとあるいてゆく、そんな感じだ〉と書いていて、その通りだと思う。するすると読んでいくうちに、一句一句の微光が重なり合って、いつしか懐かしい光の中を歩いている気分になるのである。
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