おんつぼ33
真心ブラザーズ
山田露結
おんつ ぼ=音楽のツボ
「オマエ、就職どうするんだ?」
「就職はしないよ。バンド組んで、メジャーデビューしたいんだ。」
「バカモンっ!何考えとるかっ!」
1980年代後半から90年代にかけて、若者達の間で起こった一大バンドブーム。
新宿、渋谷、下北沢...、どこのライブハウスも熱狂に満ち、原宿のホコ天では毎週毎週おびただしい数のアマチュアバンドが競って演奏していた。
テレビの人気番組「いかすバンド天国」(通称イカ天) からは続々と人気バンドが生まれ、昨日まで無名だったバンドが次々とスターになって、華々しい活躍をしていた。
東京で学生生活を送っていたギター少年山田くんもまた、自分のバンドで人気者になることを夢見ている一人だった。
しかし、いくらブームとはいえ誰でも手軽に人気者になれるはずはない。
山田くんのバンドは新宿と下北沢にあるライブハウスに定期的に出演していたが、人気バンドどころか毎月のチケットのノルマ分を捌くのがやっとでメジャーデビューなど夢のまた夢だった。
それでも山田くんは自分達のバンドが一番だというまったく根拠のないプライドだけは持っていた。
「イカ天に出るのってさあ、なんかダサいよね。」
「うん、ちょっと違うよね。」
バンド仲間とそんな風に話しながらイキがっているつもりでいた山田くんだったが、内心はただ怖かっただけだった。番組に出演したらきっと審査員からボロクソに言われる。そして、自分には才能も実力もないということを思い知らされるんじゃないだろうか。そんなこを考えると、とても番組に出演してみようという気にはなれなかったのである。
そんなとき、いわゆる一連のバンドブームの流れとは少し違うところから登場した二人組がいた。
「真心ブラザーズ」である。
「真心ブラザーズ」はフジテレビの「パラダイスGoGo!!」 というバラエティ番組の「勝ち抜きフォーク合戦」というコーナーで勝ち抜いたことがきっかけでデビューしたフォーク・デュオである。
彼らの登場を見て、バンド活動がいまいちパッとしなかった山田くんはピンときた。
「この手があったか。フォークなら手軽だし、遊びで出てみようかな。そんでうまくすればデビューの話なんか来たりして。そしたら、第二の真心ブラザーズだ。ひひひっ。」
軽薄というか身軽というか、山田くんはすぐに友人の吉田くんを誘ってフォーク・ユニットを結成し、番組出演のオーディションを受けることになった。
ユニット名はズバリ、「吉田と山田」。
しかしながら、現実はそう甘くはない。
一応、オーディションは通過し、番組一週目では何とかチャンピオンと引き分けたものの、二週目であえなく敗退。
「なかなか難しいもんだなぁ、おい。」
相方の吉田くんにそう言うと、彼は山田くんの選曲に敗因があると言い出した。
もっといい曲があるのに、妙に身構えすぎて凝った曲を選んだのがいけなかったと山田くんを責めたのである。
「そんなこと言ったってしょうがないだろ。もう終わったんだから。」
ほんの遊びのつもりではじめたフォーク・ユニットなのに何だか二人の関係は妙にギクシャクしたものになってしまった。その後、「吉田と山田」は二度と活動することはなかった。
それどころか、山田くんがバンドに戻ると勝手に別ユニットを作ってテレビのオーディション番組にに出たことをバンドのメンバーにとがめられ、バンド内の雰囲気までギクシャクし始めてしまったのである。
やがて、バンドは自然消滅。
山田くんの軽薄な行動は山田くんから音楽活動そのものを奪うことになってしまったのであった。
◆
さて、そんな学生時代から二十年あまり。
「就職はしない」と親に噛み付いていた山田くんも家業を継ぐために田舎へ帰り、結婚し、今では二人の子供のお父さんである。
一方、フォーク・ユニットの相方の吉田くんはというと大学卒業後「ドミンゴス」 というバンドを結成して吉田一休の芸名でメジャーデビューを果たし、今も音楽活動を続けている。
山田くんが大学を卒業してしばらくしてからのこと、ある日コンビニで流れていたある曲にふと耳を傾けていた。
♪ああ あの頃のぼくより~ 今のほうがずっと若いさ~
ボブ・ディランの名曲「My Back Page」を真心ブラザースが日本語で歌っていたのだった。
山田くんにっとって、真心ブラザースは手が届きそうに思えて、しかし決して手の届くことのなかった遠い存在。
♪白か黒しかこの世にはないと思っていたよ~
誰よりも早くいい席でいい景色がみたかったんだ~
ストレートな歌詞が山田くんの心をグッと捉えた。
音楽に夢中だったあの頃への複雑な思いがよみがえってきたのである。
秋麗やエレキギターを草に置き 露結
いつしか大人になってしまった山田くんだが、今も時々この曲を聴きながら当時を思い出すことがある。
それは、山田くんにとっていつでも青春の頃の甘酸っぱい気持ちに戻ることの出来る大切なひとときなのである。
「あの頃」度 ★★★★★
青春のバカヤロー度 ★★★★★
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