2018年5月31日木曜日

●木曜日の談林〔松尾芭蕉〕黒岩徳将



黒岩徳将








五月雨や龍燈揚る番太郎 芭蕉

前回同様、延宝五年(一六七七)の作である。


「番太郎」は江戸で各町に雇われ、木戸の番や町の警備をした人を指す。「龍燈」は海上で深夜に点々と現れる光の現象を、竜神が神仏に捧げる燈火だと見なした語である。

シンプルな句の形であるが、「番太郎」まで読まないと、見立ての句であるとはわからない。海の景かと思わせておいて、街中であったかという種明かしを楽しむことができる。

「龍燈」がそもそも比喩の語彙であり、それをさらに見立てる。機智だけに留まりそうなところを、江戸の町の風情に着地させているところが、句としての力強さを保っている所以かもしれない。本日、東京は雨だが、江戸の五月雨はいかようであっただろうか。

2018年5月29日火曜日

〔ためしがき〕 虛子とユーミン 福田若之

〔ためしがき〕
虛子とユーミン

福田若之

荒井由実の「やさしさに包まれたなら」のなかでも、おそらく、次の一節はよく知られているだろう。
カーテンを開いて 静かな木洩れ陽の
やさしさに包まれたなら きっと
目にうつる全てのことは メッセージ
さらに、こうも歌われている。
雨上がりの庭で くちなしの香りの
やさしさに包まれたなら きっと
目にうつる全てのことは メッセージ
これらの言葉を、たとえば、高濱虛子の次の句と比べてみること。
秋風や眼中のもの皆俳句 高濱虛子
与太話に思われるだろうか。けれど、実際、両者を比べてみると、そこから数々の興味深い問いが喚起されるのだ。

たとえば、「俳句」は「メッセージ」でありうるのか、ありうるとすれば誰にとってか。あるいは、「もの」と「こと」とのかかわりと、「俳句」と「メッセージ」とのかかわりとのあいだには、なんらかの類比が成り立つと考えられはしないか。「目にうつる」という身体感覚と、「眼中の」という身体感覚の差異はどれほどのものなのか。「俳句」であれ「メッセージ」であれ、とにかく、認識された事物がそれ自体何かしら言語状のものであると感じられる契機として、なぜ「秋風」、「静かな木洩れ陽」あるいは「くちなしの香り」といった現象が訪れなければならないのか。そのとき、なぜ虛子は「秋風」を「や」の一字でもって詠嘆しなければならず、ユーミンは「静かな木洩れ陽」や「くちなしの香り」の「やさしさに包まれたなら」と綴なければならないのか。そして、思うに、虛子の把握とユーミンの把握の決定的な違いは「きっと」という一語にあらわれている。この「きっと」は、いかなる差異のあらわれであるのか。

2018/5/26

2018年5月28日月曜日

●月曜日の一句〔白石喜久子〕相子智恵



相子智恵






いつの間に沖のつめたき浮輪かな  白石喜久子

句集『鳥の手紙』(角川文化振興財団 2018.4)所収

浮輪をして海で遊んでいた子が、いつの間にか遠くの沖まで泳いできていて、気づいたら陸が遠くなっていた。水の冷たさによって、ふと我に返る。その心もとなさが〈いつの間に〉に表れている。

何度も沖の方まで泳いでは帰って……を繰り返していたのかもしれない。何度目かの沖に出た時に、海水が冷たくなっていた。いつの間にこんなに水が冷たくなっていたのだろう。気づけば夕暮れも近い。

夢中で遊んでいて、ふと感じる寂しさや、もしかしたら帰れないかもしれないという恐怖。子どもの頃の遊びの中で、夕方の時間に誰もが多かれ少なかれそのような感情をもったことがあるだろう。そんな心細さを静かに思い出す一句だ。

2018年5月27日日曜日

〔週末俳句〕ではない十分 大塚凱

〔週末俳句〕
ではない十分

大塚凱


土日を使って東京から京都へ遊びに行くような人もいるのだから、いっそ、海外に行ってもいいと思った。金曜の深夜羽田発、月曜朝成田着の飛行機を予約し、台湾に向かう。1泊3日の弾丸旅行だが、京都で休日を過ごすよりも安上がりだろう。

瑞芳という駅から平溪線に乗って暫くすると、河が見えた。抹茶に少しのミルクを掻き混ぜたようなその河を遡ってゆく。やがて鉄道は、忽然と並び立つ商店の群へ分け入りながら減速した。そこが十分(Jiufeng)だ。

駅に降りると、小さな商店が単軌すれすれに営まれていることがよくわかる。観光客は線路の上に立ち、その隙間の空へとランタンを放つ。台湾内外で有名なランタンフェスティバルの開催地に近いことから、この街では気球の要領で大きな紙製のランタンを放つことが出来るのだ。ランタンの色も様々。黄色は金運、赤色は健康にかかわるという。筆で願いを書くこともできる。日本人カップルがお互いの名前を記し、桃色のランタンに永遠の愛を願っている。それはもはや、願うというよりも、誓うという行為に限りなく漸近していた。裏を返せば、共同のアリバイ作りのようなものだ。誰も傷つかないための幸福なアリバイ工作、それが「共同作業」の本質に思える。やがて自分の披露宴で純白のケーキに刃物を振り下ろすことがあるのだとしたら、僕はそんな考えを忘れてしまうのだろうか。

線路上から放たれたランタンは風に乗り、小さな山へと向かう。ランタンが山を越えてゆくところを見ると、なんだか願いが叶うような気がしてくるものだ。しかし、じっくり眺めていると、その多くは山の手前、酷いものでは駅から川向こう、橋を渡ったにすぎない近さで墜落する。ランタンの価格は、駅近くの店でおよそ150元~200元(日本円で600円くらい)、150mほど離れた人気のまばらな場所では50元というところもあった。たった150m離れただけで、一気に商店の活気は落ち、ランタンもみすぼらしく見えてしまう。事実、やはり高い店の方がランタンの造りや燃料もしっかりとしているようには見受けられる。常に観光客がいるのは、駅前のごく一部だけだ。

吊橋を渡ってしばらく歩くと、もう観光客は見当たらない。対岸から駅を眺めると、その周辺だけが風景の中で異質に感じられる。橋を渡れば、そこは山間部に住む人々の生活の場である。余所者と交わることのない空間。ただ時折、火の消えたランタンが墜落する。路地裏の黒猫をかわいがっていたら、じきに墜ちそうなランタンを見つけた。それは左右に揺れ動きながら、僕へ近づくほどに落ちる速度を早めてゆく。やがて道路のど真ん中に墜ちた。車がその紙屑を避けて通ってゆく。見かねてランタンを道端に寄せると、そこには書いてあるのはハングルだった。なんと書いてあるかはわからない。でもきっと、彼はこの世の中に存在し、たまたま僕と同じ瞬間に十分を訪れ、そして確かに願いを込めたはずなのだ。

十分に居る間、いくつものランタンが風に導かれてゆくのを眺めた。やがて、ランタンに書いた願いは叶うのだろうか。梢や道端でぐちゃぐちゃになったランタンを見ていると、願うという行為すら馬鹿馬鹿しく思えてくる。眺めていてわかることはひとつ。この町では、より高価なランタンほど、あの山を越えてゆく。



2018年5月25日金曜日

●金曜日の川柳〔濱山哲也〕樋口由紀子



樋口由紀子






スタートライン棒一本ですぐ引ける

濱山哲也(はまやま・てつや)1961~

ああ、確かにと思った。たった、それだけで始まるのだ。しかし、たったそれだけのことがなかなかできない。何かを始めようとするとき、何かをしなければならないときに私はいつも言い訳をする。言い訳だけはすぐに思いつき、結局は何もしない。そんな、我が身を反省する。

一句を読むことによって、日常を捉え直すきっかけを与えられる。たぶん、作者も書くことによって我が身に言い聞かせて、自分を振り返っているのだと思う。

〈おっとっとおっととっとと生きている〉〈ぶっちゃけた話はしない侘と寂〉〈骨よりも心のほうが折れやすい〉〈金持ちになって私を助けたい〉。どの句にも自分らしさを入れた着眼のおもしろさがある。『川柳作家ベストコレクション 濱山哲也』(2018年刊 新葉館出版)所収。

2018年5月22日火曜日

〔ためしがき〕 ハルキゲニア 福田若之

〔ためしがき〕
ハルキゲニア

福田若之

イグアノドンの発見者であるギデオン・マンテルは、そのとがった親指の骨の化石を、角だと勘違いしていたという。

未知の生物の痕跡が誤読をひきおこすというのは、けっして不思議なことではない。たとえば、もしいま地上にいる生き物の大半が絶滅して、そのさらにずいぶん彼方に何かしらの考古学が興ったとして、蛙の足の指は正しく復元されるだろうか。前足が四本で、後ろ足が五本。つい揃えたくなってしまうなんてことも、あるのではないかと思う。

ここに、より極端な例がある。カンブリア紀に生息していたバージェス動物群の一種として知られるハルキゲニアだ。発見当時の復元図は、この世のものとは思われない、とても奇妙なものだった。それは、謎そのものが代謝する身体として生を受けたかのような姿だった。それはもしかすると生命の神秘にまつわる古生物学者たちの夢を体現するものだったのかもしれない。けれど、それは勘違いだったのだ。二列に並んだ背中の硬い突起と、腹部から生えている複数の柔らかい足とが逆になっていた。口と肛門も逆だった。つまり、上下と前後がまちがっていたのだ。肛門だと思われていたあたりに歯とふたつの目が見つかって、復元図はすっかり生き物らしくなった。形質的にみて、かぎむしに近い生き物だったらしい。

上下を勘違いするというのは絵画でも例のある話で、1961年にはニューヨーク近代美術館でアンリ・マティス『舟』(1958年)が47日間上下逆に展示されていたということがあった。パリのマルモッタン美術館が所蔵しているクロード・モネの睡蓮を描いた一枚も、長いあいだ上下逆に展示されていたという。モネの睡蓮の絵は、上下逆にして見てみると、岸辺の草が水に映っているようすがなにやら奇妙で、いまにして見ると、どうしてそれほど長いあいだ勘違いされていたのか不思議なくらいだ。けれど、さかさまの絵に感じられる夢のような奇妙さが、かえって、ひとびとの無意識を惹きつけてしまっていたということもありそうな話ではある。ハルキゲニアのことを思えば、なおさらだ。

ハルキゲニアの名は、英語のhallutination(幻覚)にも通じるラテン語のhalucinatioに由来するという。ジミ・ヘンドリックスのストラトキャスター。さかさまは幻覚的だ、とりわけ、さかさまになって歩くことは。
そのまま、いつのまにか、さかさまになって、さかさまの町をあるいていた。ちょうど蠅が天井を歩くように、足がぺったりと天井に――いや、地面にすいつき、さかさまにぶらさがった一郎の頭のずーっと下の方に空がひろがっている。やたらに窓の多い、七色ににぶくひかる家々が、やっぱり下へむけてつき立っている見知らぬ街をあるいているのだ。
(天沢退二郎『光車よ、まわれ!』、ポプラ社、2010年、57頁。原文では「蠅」に「はえ」、「天井」に「てんじょう」とルビ)
2018/5/22

2018年5月20日日曜日

〔週末俳句〕フワフワ 近江文代

〔週末俳句〕
フワフワ

近江文代


とある句会で、内臓の中で一番肺が好きだと話したら、思っていた以上に賛同が得られなかった。

別のところで同じ話をしたら、「フワだね」、と食べる方だと思われてしまった。いや、ホルモン焼きも好きなのだが。

臓器といえば良かったのだろうか、しかし、臓器と言うと、自分の中にある肺ではなく、移植に使われるもののような、どこか他人行儀な気がしてしまう。

心臓の近くで左右仲良く収まっている肺の形がたまらなく愛おしいのだ。深呼吸する時、聴診器を当てられた時、2つの肺が同時に膨らむ様子が肌の上から感じられるのも良い。

肺は、ちょっと冷気が入ったり、乾燥しただけで、たちまち弱ってしまう。そんなところも儚げで可愛いではないか。


電車の扉にこんなものを見つけた。
むむ、欲しい!



対象年齢はとっくに過ぎている。


実は横隔膜も気になっている。


繋げてみると、なかなかすごい。


今時のサラリーマン風なのもある。


内臓だけでなく、血管や筋肉、骨格なども学べるらしい。子供向けだが、なかなか本格的で刺激的だ。

3歳児はこれ見たら泣くんじゃないか。

どうやら、このカードでゲームも出来るらしい。

今度句会に持って行こう。

2018年5月19日土曜日

◆週俳の記事募集

週俳の記事募集

小誌「週刊俳句は、読者諸氏のご執筆・ご寄稿によって成り立っています。

長短ご随意、硬軟ご随意。

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句集全体についてではなく一句に焦点をあてて書いていただく「句集『××××』の一句」でも。

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※掲載日(転載日)は、目安として、初出誌発刊から3か月以上経過。

2018年5月18日金曜日

●金曜日の川柳〔高瀬霜石〕樋口由紀子



樋口由紀子






楽しいに決まっているさ曲がり角

高瀬霜石(たかせ・そうせき)1949~

「期待に違わず、しかし、予想を裏切るーそんな句を作っていきたい」と作者は句集の巻頭(柳言)に書いている。「言うは易く行うは難し」だが、それを実証している川柳である。

「曲がり角」というといい意味の印象があまりない。それを「楽しいに決まっているさ」と言い切る。言われることではっとする。確かにそんな曲がり角はありそうで、あって欲しいと思う。「楽しいに決まっているさ」と言葉で操作することによって、日常感覚を混乱させる。「曲がり角」という言葉の機能を上手に使っている。

〈ときどきは逆さまに貼る世界地図〉〈一週間かけやって来る日曜日〉〈 遠くまで飛んだとしても竹トンボ〉。言葉(見方)を変えれば世界も変わる。川柳のツボをなによりも心得ている。『川柳作家ベストコレクション 高瀬霜石』(2018年刊 新葉館出版)所収。

2018年5月16日水曜日

【俳誌拝読】『オルガン』第13号

【俳誌拝読】
『オルガン』第13号(2018年5月7日)


A5判・本文46頁。以下、同人5氏作品より。

たんぽぽの茎の匂いのして日暮  鴇田智哉

きっと未来もぽんこつ海老の天ぷら咲く  福田若之

多摩川のオルガンのない自室の海女  宮﨑莉々花

みづうみのひらくひばりのなかに空  宮本佳世乃

思わぬ深い春の眠りや雨アフリカ  田島憲一

(西原天気・記)


2018年5月15日火曜日

〔ためしがき〕 白髪 福田若之

〔ためしがき〕
白髪

福田若之

最近、自分の前髪のうちに、ほんの二筋ほどではあるけれど、白髪が混じっているのをみつけて、嬉しくなった。

ずっと前から、白髪にあこがれていた。このあこがれは、たしかに身のまわりの大人たちがきっかけになったところも大きいのだろうけれど、きっと、自分の育った家に白いやもりが棲んでいたことが関わっている。

ときどき、玄関先でふいにこんばんはをしたものだった。十年以上ものあいだ、僕たちはやもりと一つ屋根の下で暮らした。あの白いやもりは、僕たちよりもずっと、自らの棲む家に詳しかったのではないかと思う。その白い身を、おそらくは暗闇にしっとりと浸して、やもりは僕たちのそばに潜んでいたのだ。 

その白いやもりは、なぜか、カルピスが好きだった。庭に来る雀蜂が危ないというので、父がそれを捕えるためにカルピスを餌にした罠を仕掛けたら、やもりが繰り返し引っかかってしまい、それで、その白いやもりがカルピスを好きなことがわかった。やもりが溺れてしまうかもしれないので、罠で雀蜂を捕えることは断念された。

古びてゆく家で、やもりと僕たちはともに生きながら、老いた。僕たちは移り、古い家は取り壊されて、あの白いやもりがどうなったかは知る由もないけれど、白髪は僕をたしかにふたたびやもりに近づける。あの白いやもりは、今でも僕のそばにいる。だから、白髪を生やすこと、これはきっと僕とやもりとの約束なのだ。僕は、そのようにして、いま一度、老いることを望む。

2018/5/12

2018年5月14日月曜日

●月曜日の一句〔前田攝子〕相子智恵



相子智恵






一日かけ逢ひにゆく樹や泉汲む  前田攝子

句集『雨奇』(角川文化振興財団 2018.4)所収

とある樹を目指して、丸一日かけて歩いている。見にゆくのではなく「逢ひにゆく」のである。樹への思いは強い。途中で喉が渇き、冷たい泉の水を汲んで喉を潤してほっと息をつく。これから逢いにゆく樹も育てた山の水だ。水の清らかさが樹への純粋な思いにつながっている。

縄文杉や大楠などの巨樹かもしれないし、思い出のある小さな樹かもしれない。句自体は静謐で清らかで涼しいのだが、その内側にふっと情念のようなものが立ち上ってきて、密度の濃い情趣を感じる。冷たいのにほんのり熱い、繊細な句だ。

2018年5月13日日曜日

〔週末俳句〕えぐち=江崎グリコとは違う 西原天気

〔週末俳句〕
えぐち=江崎グリコとは違う

西原天気


タイトルに意味はありません。というか、記事内容を反映していません。



最近、週刊俳句で「10の質問」というシリーズが始まりました(タグはこちら)。

きっかけはひょんなことなのですが(格好良く言えば、編集上の反射神経)、まえまえから、これやってみたかった。というのは、2008年3月の記事「ハイクマシーンに10の質問」がおもしろかったので。私が担当する質問項目は、発想を含めこの過去記事からかなりの部分いただいています。

ところで、喪字男さんの回で出てきた「小ゲロ」。これは、したこともされたことも見たこともないのですが、学生のときのコンパで、知人がぶっ倒れて仰向けになったかと思うと、それはもうみごとな噴水となったこと、それは深く印象に残っています。

で、10の質問に話が戻るのですが、質問先を物色中です。

 自分が質問してみたい人

 10句新作よりも「10の質問」向きな人

これらを条件に、いろいろ考えをめぐらせていて、記事になるまでの過程ぜんぶを、こちらが愉しませてもらっているのですよ。



夏の切手を眺めました。というのは、笠井亞子と出している業界最小最軽量俳誌「はがきハイク」第18号を鋭意制作中、もうすぐ郵送作業に入るからです。





街を歩くと、思わぬ祭りに遭遇する季節になってまいりました。祭り見物に出かけたわけでもないのに、祭りに出会ってしまう、ってのも、愉しいものです。

みなさま、健やかにお過ごしください。

2018年5月12日土曜日

【俳誌拝読】『東北若手俳人集 むじな』

【俳誌拝読】
『東北若手俳人集 むじな』(2017年11月23日)


A5判・本文100頁。神野紗希を迎えての座談会「今、東北で俳句を詠むということ」(20頁)ほか、本号掲載作品の句評(外部からの寄稿)、句会紹介etc。

作品Ⅰ〈東北在住作家〉より。

砂へ人うづめ水着の中も砂  浅川芳直

花火まで遠し国道の風ぬるし  岩瀬花恵

抱き合つて蠟燭になる夏の果て  うにがわえりも

八方へ橋吐き出せる朧かな  紆余曲雪

電線の形に雪が落ちて寝坊  及川真梨子

このなかのどれが人喰う向日葵か  工藤玲音

レシートの丸まつてくる晩夏かな  佐々木萌

雲海見るまだ誰も落ちたことのない 佐々木もなみ

蕗の薹殺風景の中に出づ  漣波瑠斗

ラムネから噴き出している 時間、とか  佐藤廉

木犀の匂ひに覚むる居眠りよ  天満森夫

著莪の花降られるまでの立ち話  浜松鯊月

作品Ⅱ〈東北出身作家〉より。

青空は異界の水面冬紅葉  一関なつみ

熱帯魚をエントロピーとして君は  工藤凱門

綿虫や出臍で君は上京す  佐藤のど

とかげ出る社交辞令がぎこちない  佐藤美佳子

殺人を済ませたように隙間風  谷村行海

炎天の電車傾きつつ弧線  千倉由穂

(西原天気・記)



2018年5月11日金曜日

●金曜日の川柳〔浮千草〕樋口由紀子



樋口由紀子






やさしさが犬の姿をして見上げ

浮千草(うき・ちぐさ)1950~

犬の姿をやさしいと言っているのでも、犬がやさしく見上げていると言っているのでもない。「やさしさ」という漠然としてつかみどころのないもの、それでいて大切なものを「犬の姿」で捉えている。普段見慣れている犬の姿がまっさらになり、「やさしさ」とともに立ち上がってくる。

「やさしさ」の感触をこのように表現した句をいままで見たことがない。なにがやさしくて、どうすればやさしいのかなどとそっちの方をつい考えてしまうが、そういうことのなにもかもを更新して、「やさしさ」そのものに働きかけている。世界を見ている作者の目が伝わってくる。「川柳杜人」(2017年刊)収録。

2018年5月10日木曜日

●木曜日の談林〔井原西鶴〕浅沼璞



浅沼璞








しちくさの著莪の前置ながし哉 西鶴

『点滴集』(延宝8年・1680)

今年は早く桜が咲きましたが、それに歩調をあわせるかのように他の草花も早く、シャガの花もその例に漏れませんでした。雨上がり、市ヶ谷の外堀で、少し風のつよい江古田駅付近で、はたまた疲れきった所沢の路傍で、胡蝶花とも呼ばれるその姿にしばしば癒されました。

さて掲句をめぐっては、浮世草子の『西鶴織留』(巻五ノ三)に次のような逸話が残されています。
〈貧しい家に限らず、生活に困った時に必要なのは質に置く品物である。その昔、立花の家元から、生け花の「前置」につかう著莪を質種に、金子百両(約1200万円)を借りられたことがあった。〉(筆者・現代語訳)
「立花の家元」とは、池坊のような華道の家柄のことです。その池坊によって、真・副・正真・請・前置(まえおき)・流枝(ながし)・見越の七つの役枝で構成する立花が成立――これを「七つ道具」と呼ぶそうです。また「七」は「しち」と読めるので「七つ道具」は質種の異称でもあるとの由。そこからの連想でしょう、低く前にさす「前置」の著莪を質種にしたという滑稽話なのです。

(とはいえ、当時の池坊では著莪の「前置」をじっさいに使わなかったそうで……)

前置が長くなってしまいましたが(シャレかよ)、掲句はその「前置」としての著莪が質流れしてしまったというのです。「ながし」には「流枝」はもちろん「長し」の意もかけてあるでしょう。呵々。

(『西鶴織留』は元禄7年・1693年の刊行ですが、西鶴門弟によって編集された遺稿集のため、原文の執筆年は不明です。)

2018年5月9日水曜日

【人名さん】大辻司郎

【人名さん】
大辻司郎

大辻司郎象の藝當みて笑ふ  西東三鬼


2018年5月8日火曜日

〔ためしがき〕 真に望んだ自らの作品が受賞を逃したときに言えること 福田若之

〔ためしがき〕
真に望んだ自らの作品が受賞を逃したときに言えること

福田若之

せっかくだから、笑ってしまうくらい具体的に書こう。

第9回田中裕明賞は、小野あらた『毫』(ふらんす堂、2017年)に決定した。もう10年以上のあいだ切磋琢磨してきた友人である彼の受賞を、とてもめでたく思う。2018年版の『俳誌要覧』の座談会でも話したことだけれど、僕もまた『毫』を句集として魅力的だと感じている。だから、その『毫』がこうして賞に輝いたことを、ひとりの読者として祝いたいとも思う。

たしかに、『自生地』(東京四季出版、2017年)は、結果として、受賞を逃したということになる。とはいえ、『自生地』はやはりどこまでも僕自身の望んだ作品にほかならない。どれだけ世界を繰り返しても、僕はやはりこの時代に生きてこの句集がこう結晶することを望んだだろう。そして、それゆえに、どれだけ世界を繰り返しても、僕はきっと第9回田中裕明賞の受賞とは無縁でありつづけるだろう。とすれば、 僕は、『自生地』が結晶することを望むことによって、結果的に同賞を受賞しないことを望んだのだ。

自分が望んだ結果になったのだから、いったい何を悔しがることがあるだろう。第9回田中裕明賞に『自生地』を応募したとき、僕にとっての大事なことは、『自生地』が結晶することを望むことによって、自分が結果的に同賞を受賞することを望んだことになるのか、それとも受賞しないことを望んだことになるのかをはっきりさせることにあった。そして、今夜、それがわかった。このことは僕自身にとって喜ばしいことだ。なぜなら、僕が賞に自ら応募したということは、僕はまさしくそれを知りたいと望んだに違いないのだから。僕がいかにして同賞を受賞しないことを望んだのかは、おそらく、今後、選考会の過程が公開にされることによってあきらかになることだろう。それもまた楽しみだ。一切に、あらためて感謝したい。

2018/5/4

2018年5月7日月曜日

●月曜日の一句〔佐々木敏光〕相子智恵



相子智恵






万緑の一角揺れて友来たる  佐々木敏光

句集『富士山麓・晩年』(邑書林 2017.11)所収

「万緑」は辺り一面が草木に覆われた、見渡す限り緑という状態だ。特定の草木が意識されてこないので、この季語に向き合うとき、私は頭の中一面に緑のベールがかかったような状態になる。だから、掲句が「木が揺れて」「草が揺れて」などと具体的な物を出さずに、〈一角揺れて〉と何も特定しない大づかみな言い方をしたのがうまいと思った。

ボーっと一面の緑を眺めていると、その一角の緑が揺れて人が現れた。「よお」といった感じでひょっこり現れたのは友人。近所の友かもしれないし、「朋あり遠方より来る、また楽しからずや」というような友かもしれない。瑞々しい緑の中の、夢のような一瞬である。

2018年5月6日日曜日

〔週末俳句〕明るい廃墟へ 鴇田智哉

〔週末俳句〕
明るい廃墟へ

鴇田智哉


明方に覚めて思い立った。
奥多摩のそこへ行かなければ。
以前から気になっていた一角、そこへ。

青梅線のはじまり青梅鉄道は、
明治時代に石灰石の輸送が目的で開通した。
今日の目的地はそれと深く関係のある場所だ。

青梅線の終点、奥多摩駅からバスでさらに奥へ。
日原という集落がある。



鍾乳洞が有名だが、行かず、今日の目的地へ。




今は廃墟となった鉄筋のアパート。
社宅である。
ここは、戦後、石灰石の産出で大きく栄えた地。
二棟、三棟、いや四棟か。
青葉に埋もれていて、よくわからない建物もある。





こんなにもの奥地に鉄筋のアパート。
当時はとても新しくて、カッコよかったそうだ。

たくさんの人々、大人、年寄り、子供たちがここで暮らしていた。
スーパーマーケットや、ダンスホールまであり、賑わったという。

さっきから頭の近くを、熊蜂がついてくる。
よく藤棚にいる、鉄球のように硬質な蜂だ。
刺さないから心配はない。
草に坐っても、ずっと近くに浮いている。
私の影と、熊蜂と。

足元などよく見ると、蟻のほか、天道虫の幼虫、ハナムグリなど、
小さな昆虫が、次々目に入る。見れば見るほど。
一斉に活動し出した感じだ。

熊蜂を連れ、今は廃校となった日原小学校へ。
小学校隣の小さな神社で、ひこばえの公孫樹を発見。




青葉とカラっとした陽気のせいか、
廃墟の中で不思議と明るい気分になったのだった。


2018年5月5日土曜日

◆週俳の記事募集

週俳の記事募集


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2018年5月4日金曜日

●金曜日の川柳〔田久保亜蘭〕樋口由紀子



樋口由紀子






母さんの年金で飲む養命酒

田久保亜蘭(たくぼ・あらん)

「母さんの年金で飲む大吟醸」とか「母さんの年金で飲む月桂冠」なら思いつきそうで、そんな親不孝者は居そうである。しかし、ここでは酒は酒でも「養命酒」。健康に気をつけているのだ。でも「酒」と名がついている。アイロニーがある。

川柳は下五で決まると言われてきた。予想しないモノ、意外なモノを持ってきて、下五でストンと落とす。掲句もなんだ「養命酒」かと肩透かしして、にやりとする。もちろんそれが作者の狙い。川柳味に仕上がる。養命酒は母さんと一緒に飲んでいるのだろう。そして、自分のお金で飲んでいるのは正真正銘の酒なのだろう。決して、母さんの年金を使ったりはしない。「おかじょうき」(2014年刊)収録。

2018年5月2日水曜日

【俳誌拝読】『絵空』第23号

【俳誌拝読】
『絵空』第23号(2018年5月1日)


A5判・本文16頁。以下、同人4氏作品より。

水温む大きなりぼん解くやうに  茅根知子

はじまりもをはりも胡乱蝌蚪の紐  土肥あき子

この鳥の巣には戻らぬつもりらし  中田尚子

蜷の道夕日にこんがらがつてゐる  山崎祐子

(西原天気・記)  

2018年5月1日火曜日

〔ためしがき〕 髙田獄舎と言葉の《変な‐文字‐T‐シャツ性》 福田若之

〔ためしがき〕
髙田獄舎と言葉の《変な‐文字‐T‐シャツ性》

福田若之

「顔面の範囲」、「軽度の「平成」」、「この暴力!」、「コ、コ、コンサバティブ」、「重層労働」、「疑耶亜」、「棺もデブ」、「標準の人間の穴」、「俺の誠実」、「詩神爆発」、「ゴキブリを想う」、「教授は機械」、「痣の本籍地」、「潜水艦的」、「定価の自由」、「だれもが犬のような祭」、「(これでも学士)」、「〈よき性徒〉」、「いいから燃やせ」、「意味ない疲れ」、「俳人の現物」、「音楽なきマネキン」、「善意拒絶」、「機械逸脱人間」、「コカ・コーラ不足」、「退化を続ける」、「連帯拒否」、「揚羽蝶駆除後」、「白い鳥=人体」、「虫歯の集合体」、「懲罰中」、「発光不可能」、「ドラマ中毒」、「私欲尊重」、「自由の管理者としてのメスゴリラ」そして「愛と馬糞臭」――これらは、どれも髙田獄舎の句から拾った断片だ。

獄舎の句を読んでいると、ときどき、漫画やアニメのキャラクターが着ている変な文字Tシャツのことを思うことがある。たとえば、『あの日見た花の名前を僕達はまだ知らない。』に登場するじんたんこと宿海仁太の「地底人」、「くま殺し」といった文言がプリントされたTシャツや、『聖☆おにいさん』に登場するブッダとイエスの「仏なんだもの」、「善きサマリア人」といった文言がプリントされたTシャツ、あるいは、『天体戦士サンレッド』の主人公であるサンレッドの「ほほえみ返し」、「トリは足が早い」、「タラバガニの一番足」といった文言がプリントされたTシャツといったものに通じる何かをふいに感じることがあるのだ。

上に列挙したのは、どれも、獄舎の句のうちで、僕にとって、いわば《変な‐文字‐T‐シャツ性》を帯びていると感じられる文言だ。けれど、もし漫画やアニメのキャラクターの着ているTシャツに獄舎の一句をまるごと書きこんだとしたら、句の良し悪しとはまったく別のこととして、おそらくあまりにも過剰な印象を与えることになってしまうだろう。たとえば、「(これでも学士)」、「コカ・コーラ不足」あるいは「愛と馬糞臭」といった文言がプリントされたTシャツというのはギャグ漫画の一登場人物のコミカルあるいはシュールな服装としていかにもありそうだが、《(これでも学士)鳥の骸を跳び越え酔って》、《コカ・コーラ不足の国家を扇動する夜露》あるいは《リムジンで去ろう愛と馬糞臭の過疎の町》といった句が印刷されたTシャツとなると、そうしたキャラクターの服装として気の利いた感じを与えるとは到底思えない。どうしてだろうか。

もちろん、作者自身、おそらくTシャツになることを意図して句を書いているわけではないだろうから当然のことに思われるかもしれないが、この場合、作者の意図は問題ではない。句が現にそのようになっていることを説明するためには、現に書かれた言葉の性質をもとにして語る必要がある。これはあくまでもテクストの表面、織物の表面の問題なのだ。

あらためて問おう。獄舎の句の文言には漫画やアニメの登場人物が着ているTシャツに書きこまれていてもおかしくないと感じられるものが複数あるにもかかわらず、その文言を含む句の全体がそうでないのはなぜか。思うに、その理由は、こう表現してよければ、獄舎の句それ自体がすでに変な文字Tシャツを着たキャラクターのような風情で立ち現れているからではないだろうか。

分かりやすい例として、《コンビニの世紀コンビニで母殺され》を挙げることができる。「コンビニの世紀」はTシャツの言葉だ。「コンビニで」は、それに合わせたジーンズのようにも感じられる。だが、「母殺され」、ここに句の顔貌がある。表情がある。だから、《コンビニの世紀コンビニで母殺され》という句をまるごと印刷したTシャツを着たキャラクターというのは、喩えるなら、「父と私と精霊」という言葉が印刷されたTシャツを着た『聖☆おにいさん』のイエスの全身像が印刷されたTシャツを着たキャラクターというのと同じくらい、度を越えた過剰さの印象を与えることになるだろう。

森村泰昌は「美術を「着る」」ということを言っているが、もし言葉を「着る」ということが俳句の主題となりうるとしたら、獄舎の作品はまさしくそのことに触れているように思われる。Tシャツは、1950年代に『欲望という名の電車』のマーロン・ブランドや『理由なき反抗』のジェームズ・ディーンを文化的なアイコンとした不良少年たちのあいだで流行し、その後、60年代後半に起こったヒッピー・ムーヴメントや70年代半ばに生まれたパンク・カルチャーにおいても、若者たちの反抗心や自由な精神を象徴するものとみなされることになる。獄舎の句が衣服として何よりもまずTシャツを思わせるのは、こうした歴史的な観点からしても、どうやら理由のないことではなさそうだ。
2018/4/25