下馬より奥は玉の摺石 打越
初祖達广問へど答へぬ座禅堂 前句
今胸の花ひらく唐蓮 付句(通算64句目)
『西鶴独吟百韻自註絵巻』(1692年頃)
【付句】三ノ折・表14句目。 折端。 夏=唐蓮(たうばす)。達磨大師が天竺から中国へ将来、それを慈覚大師が日本に持ち帰り、達磨寺に移植したという(定本全集)。
【句意】いま胸の花が(悟りを得て)開く、唐蓮の形のように。
【付け・転じ】前句の達磨大師の座像から、唐蓮が開くような悟りの形へと転じた。
【自註】「蓮」は釈教の付けよせに出し、「胸」の一字はさとりをひらけし句作りにいたせし。かやうの前句の時に、物がたき*句むすびにつかうまつれば、俳諧、次第につまりて、**古流の付けかたに成りければ、一句捨てて、さらりと***行きかたにて付けのべ侍る。
*句むすび=句の付け方。 **古流の=元禄疎句体以前の。 ***行きかた=遣句的な付け方。
【意訳】「蓮」は釈教の付合語として出し、「胸」の一字によって悟りを開いた(形を表すための)句作りに致しました。このような(厳格な)前句の時に、(詞付けばかりの)固い付け方をし申上げれば、俳諧は次第につまって、元禄以前の親句の付け方になってしまうので、一句言い捨ての、さらりとした遣句風に付けのべました。
【三工程】
(前句)初祖達广問へど答へぬ座禅堂
大和の国に蓮のひらける 〔見込〕
↓
大和の国にひらく唐蓮 〔趣向〕
↓
今胸の花ひらく唐蓮 〔句作〕
前句・釈教の付合語として「蓮」を出し〔見込〕、〈どのような蓮か〉と問うて、慈覚大師が中国から持ち帰って達磨寺に移植した「唐蓮」とし〔趣向〕、「胸」の一字で悟りの開花を表した〔句作〕。
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胸の花がひらくなんて、鶴翁にしてはメルヘンチックですね。
「なんや、また横文字かいな」
メルヘン、いや乙女チックというか、おとぎ話、つまり御伽草子というか。
「? これはな類船集にも載っとるけどな、胸や肺の臓器の形なんやで、蓮華は」
なるほど、もっと即物的なんですね。
「また人を俗物扱いしよって」
いや俗物ではなくて即物、つまりフィジカル、いやリアリズム、要は写実でして……。
「……」