西鶴ざんまい #89
浅沼璞
老の浪子ないものと立詫て 打越
儒の眼より妾女追出す 前句
八徳を何のうらみに喰割れ 付句(通算71句目)
『西鶴独吟百韻自註絵巻』(1692年頃)
【付句】
三ノ折・裏7句目。 恋=うらみ 八徳(はつとく)=胴服の一種。儒教では仁・義・礼・智・忠・信・孝・悌を八徳という。 喰割れ(くひさかれ)=食い裂かれ。
【句意】
八徳をなんの恨みによってか食い裂かれ。
【付け・転じ】
親爺が妾女を追い出した原因はなんであれ、これまで費やした年月への女の恨み・辛みへ焦点をしぼり、儒者の象徴である「八徳」が「食い裂かれる」と転じた。
【自註】
儒者の衣類なれば「八徳」と付け出だし、追い出さるゝかなしさに、年月のうらみをいふて、何国(いづく)も女の業(ごふ)とて、面(おもて)に角のはえぬ計(ばかり)。「此の執心、外へは行くまじ」と所さだめずかみ付きて、「道をしれる人の、今となつて人を迷はす事やある」といへる心付ぞかし。
【意訳】
(前句の)儒者のその衣服から「八徳」を出して付け、(その儒者に)追い出される悲しさに、年来の恨みを言って、(そのように)どこでも女の業は深くして、額に角の生えてしまいそうなほど。「この執着心は外にはいくまい」と所かまわず噛みついて、「儒の道を知る人の、今さら人を路頭に迷わすことがあろうか」という心持ちを以ての付けである。
【三工程】
(前句)儒の眼より妾女追出す
年月のうらみは業の深くして 〔見込〕
↓
うらみにて所定めず噛み付きて 〔趣向〕
↓
八徳を何のうらみに喰割れ 〔句作〕
親爺が妾女を追い出した原因はなんであれ、これまで費やした年月への女の恨み・辛みに焦点をあわせ〔見込〕、〈どれほど恨んでいるのか〉と問うて「所定めず噛み付くほど」とし〔趣向〕、ほかでもない儒者の象徴である「八徳」が食い裂かれるまでと強く表現した〔句作〕。
【テキスト考察】
『新編日本古典文学全集61』では〈打越の「子ないもの」から離れなければならないので、前句の「妾女」を「追出」した本当の原因は、男の側の浮気心にある、とほのめかした付けとなる〉としています。けれど付句では「何のうらみに」と謎をかけており、自註をみても「浮気心」への言及はありません。自註ではただ「年月のうらみ」とあり、加えて「今となつて人を迷はす」ともあります。ここは原因はなんであれ、無駄になった(女ざかりの)歳月への恨み・辛みが根幹にあるのではないでしょうか。
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