吉野帋さくら細工に栬させ 打越
鹿に連泣きすかす抱守 前句
面影や位牌に残る夜半の月 付句(通算59句目)
鹿に連泣きすかす抱守 前句
面影や位牌に残る夜半の月 付句(通算59句目)
『西鶴独吟百韻自註絵巻』(1692年頃)
【句意】亡き人の俤が位牌に浮かぶ(そんな)夜半の月。
【付け・転じ】前句で子どもが泣くのは亡くなった親を慕うためとして無常へ転じた。
【自註】さなきだに秋は物がなしきに、鹿の鳴く音より哀れなるは、世の*無常にぞ有ける。いまだ物のわきまへもなき少年の母に**おくれて、夕々にたづねなげきしに、なきあとの位牌ををしへて、「かゝさまはあれにまします」とおの/\袖の露ひる事なし。
*無常=俳諧では主に死葬をさす。 **おくれ=先立たれ。
【意訳】そうでなくても秋は物悲しい季節なのに、鹿の鳴く声より哀れなのは、人の死にほかならない。いまだ物心のつかない少年の、母に先立たれて、毎夕尋ね泣くのに、仏壇の位牌をさして、「お母さまはあそこにおいでになります」とみんな涙の乾く暇もない。
【三工程】
(前句)鹿に連泣きすかす抱守
少年の母におくるゝ世の無常 〔見込〕
↓
かの母の位牌ををしへ袖の露 〔趣向〕
↓
面影や位牌に残る夜半の月 〔句作〕
前句「連泣き」の所以を母の死とみて〔見込〕、〈尋ね泣く子に、周囲はどう対応したか〉と問うて、位牌を指さしてみんな涙したとして〔趣向〕、月の定座を引き上げ、具体化した〔句作〕。
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鶴翁の年譜をたどると、亡妻の十七回忌の翌春、盲目の一女に先立たれ、その直後に紀州熊野への旅に出、それがキッカケでこの「百韻自註絵巻」が巻かれたってことになりますかね。
「そやな、熊野行脚は供養の旅と言ってもえゝし、百韻自註は追善の一巻と言ってもえゝな」
そうすると今回の付合と自註はこの巻のハイライトですね。
そうすると今回の付合と自註はこの巻のハイライトですね。
「なんやその俳諧糸いうんは」
いや、最近の横文字でして。
「はゝ、阿蘭陀の文字か横たふ天つ雁、梅翁先師の影響は後世まで続いとるんやな」
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