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2009年1月14日水曜日

●大本義幸句集『硝子器に春の影みち』を読む・続〔 5 〕羽田野令

大本義幸句集『硝子器に春の影みち』を読む・続 〔 5 〕

羽田野 令


この句集には、硝子同様、薄氷もよく出てきている。後半に多い。

  薄氷の流れのごとき生なりけり
  さようなら薄氷を来る旅の人よ
  明日あらば水の上の薄氷よ
  薄氷を追う癖いつから春浅し
  きらきらきらきらし薄氷を渉る人
  薄氷を踏んでいたると鳥翔てり
  薄氷のなか目をひらくのは蝶だ

硝子も薄氷も透明で割れやすいものであるが、薄氷は硝子よりも一層あやうげである。それは青年の孤独な傷つきやすい心にも似る。そして、光を通す美しさ、透明ゆえの清らかさは憧れの対象ともなり得るだろう。二句目の「薄氷を来る旅の人」、五句目「薄氷を渉る人」、六句目「薄氷を踏んでいたる」は、まさに薄氷を踏むということそのものが書かれている。「生」が薄氷の流れのようだとする一句目もあり、自分の辿っているところを見た時の、確固としたものを持ち得ないという自己に対する意識や、危うさをいつも持ち繊細である生き方を希求している詩人のような眼差しが伝わってくる。

また、この句集のタイトル『硝子器に春の影みち』からして硝子と影という二つの言葉が入っているが、光に透けて輝く硝子や薄氷とは逆のかげりに注目した作品も多い。「かげ」という言葉は、光によって出来る事物の影や光の当たらない部分という意味の他に、光とか形という意味も表すことがあり、タイトルの中や、タイトルの元になった句<硝子器に春の影さすような人>の「春の影」は、後者の意味も含んでいるように思うが、かげりの意味の影、翳の句と、「暮れる」が使われている作品とを挙げてみる。

  ああ、影。外灯のよく伸びる街に入る
  階段の鳩の半身ひぐれている
  真翳こそわが来し方睫毛したたる汗
  肩より暮れる運河われら有尾人
  己が影桜に肖たる冬の花
  冬至かな杉木立のなか影を失う
  星映るほどに影あり厠紙
  鯉の鰓動くとき月光の翳りかな

二句目、四句目、体が「暮れる」ことによって得たであろうかげりがある。夜の町を歩く作者の目の捉えた長い影や、星の映るほどだという厠紙に見た影。真翳という影の中の影のような言葉もあり、それは来し方だという。大本氏は自らの生を「薄氷」と言い「真翳」と言っている。

この句集は物語として仕立てられた第四章「冬至物語」があるのだが、その外伝の方が先にあって、第三章に「当時物語」外伝1、2として入っている。「冬至物語」の中には野口裕さんがここで書かれた文章の第4回目に挙げられていた、「どすこい」という言葉の入った七七の句が四句ある。五七五でもないし、七七の前の部分は全部同じという変わった四句なのだが、ふとそれらに相撲甚句が重なってくるような気もする。相撲甚句とは、「どすこい」を二回重ねて結句とする七五調の歌である。元は力士から発した歌だそうだが、力士ならずとも替え歌としていろいろな場で歌われてきた民謡だから、何かの時に昔聞かれたりしたのかもしれないと、私の勝手な想像もはたらく。どこかで聞いた相撲甚句が、ちらと脳裏を掠めて成った句なのではないかという想像が違っていたとしても、<どすこい>が合の手のように入っていて、かなり土俗的なイメージであることには変わりない。この章題にあるように物語を構成しつつ読むとすれば、この句の場面は土俗的な民の集う場での歌のように呪文のように唱えられる「一夏どすこい」が、繰り返しという原初的音声の感をも呼び起こすような場面として物語にちょっと変わった場面を添えるのではないだろうか。野口さんがあまりも簡単に切り捨てられているので、私はちょっと異論を唱えてみた。

ほかに、映画「灰ととダイヤモンド」の下敷きがあるような句もある。

  青痣のごとしマーチェフ・地下水道

マーチェフは、マチェック、マチェク、マーチェク等と書かれていることもある、暗殺者の名前である。また、アジアの裔、イルボンサラムニカ、ヒロヒト、等という語も出てきて、ここからどういう物語を読んでいけばいいのがまだ私にはよくわからないのだが、何となく物語仕立ての泡がふつふつと湧きあがっているようである。

五回にわたって『硝子器に春の影みち』の中から句を取り上げてきたが、ごく一部に過ぎない。私なりの読みを書いてみて、書き足りないことの方が多いと思いつつ終らねばならない。多くの方にこの句集が読まれることを願っている。


(了)


訂正:前々回に取り上げた句「海百合の朱(しゅ)を蔵(しま)ひおくわれら残党」は第一章からではなく、第二章の句でした。

〔参照〕 高山れおな 少年はいつもそう 大本義幸句集『硝子器に春の影みち』を読む ―俳句空間―豈weekly 第11号
〔Amazon〕 『硝子器に春の影みち』

2008年12月25日木曜日

●大本義幸句集『硝子器に春の影みち』を読む・続〔 4 〕羽田野令

大本義幸句集『硝子器に春の影みち』を読む・続 〔 4 〕

羽田野 令


『硝子器に春の影みち』の巻末の年譜によると、1962年大本氏が愛媛県立川之石高校に入学した年に、一級上の坪内稔典との交友はじまる、とある。坪内稔典も栞文で大本氏との若き日々のことを書いている。その中で大本氏の十代の作品として挙げられている二句のうちの一つは、

  密猟船待つ母子 海光瞳を射る朝

という句である。密猟などということは本当にあって、それは海に近いところに住む者にとって、比較的幼い時期にも触れ得る非合法的な事がらの一つなのだ。坪内稔典に実際に密漁船を見たことを書いた文章があって、それによってそのことを知った。

その文章、昔の雑誌からのコピーなのだが、大本氏から頂いて読んだのだが紛失してしまって、いくら探しても見つからない。あったら部分をここに引くのだが、私の記憶だけで書くとこうである。記憶なので細部は違っているかもしれない。

中学時代の話である。中学校の運動場から湾が見えるのだが、ある日体育かなにかで運動場にいた時に、怪しげな船が見えた。船は湾に入ってきて接岸すると、船から男たちがぱらぱらと降りて四方へ散っていった。そしてその船は湾を出ていったのだが、その船が消えると今度は巡視船がやって来た。巡視船は岸に近づいてきて拡声器で海から陸地に向けてアナウンスを始めた。不審な船を見なかったかと。中学生たちがたくさん校庭から海の方を見ていたので、中学生の皆さん、見たという人は名乗り出なさい、船がどこへ行ったかを知っている人は教えて下さい、と呼びかけたそうだ。しかし一部始終を見ていた誰も名乗り出なかったという。湾を見下ろす少年たちが、ただならぬ光景に釘付けにされ、その呼びかけに対してドキドキとしている緊迫感の伝わる文章であった。その事件は坪内氏に閃光を灯し、以後長く胸に残ったというのだ。

坪内氏と大本氏の家は10分ぐらいの距離にあったそうだ。同じ海辺の町の事件の衝撃は大本義幸氏にとっても同じようだったのではないか。それを見て自らの位置をどこに置くかがその後の書く姿勢に関わってくる。その社会に認められた埒内の存在として、法を破る者と対峙する側に置くとすれば、坪内の「父祖は海賊」という言葉も、大本の「われら残党」も出てこなかったであろう。

悪への憧れは若き日に文学を志す者にとっての大きな要素である。自分の中へ深く沈む時に見出すものは悪と関わってくるものだろうし、社会からはみ出している個を仮構することによって見つめ得る自己といったものが書くことの対象であるような時に、海辺の若者にとっての密漁船は大きなインパクトを持ったに違いない。そして海賊の系譜に自らを加えることによって成った作品は、そのような自意識を共有できる読者にとっては胸を打つものとなる。

高校時代に坪内稔典と出会いその後摂津幸彦と出会うという、大本氏をめぐる交遊関係を見ていると、同じ家に下宿していた漱石と子規、家が近所だった子規、虚子、碧梧桐という明治の松山の交友関係がダブルイメージとなってくる。

  われありとおもえば青蛾先ゆけり

  昼月が頒つふたりの我(われ)と我(かれ)

第一章の『非(あらず)』からの二句。

自己を投影する対象として選んだ蛾という虫。そしてこの蛾には「青」がついている。水の色、大空の色である青は、澄んだ清浄なものを表す色であるし、翳りの色、病んでいるものに使われる色であることを思えば、傷つきやすい自我といったものが浮かぶ。しかし、青であっても蝶ならぬ蛾はやはり異形のものである。ふっと我の存在に替わって我の前を飛び立つものが、そのような蛾であるとする感覚に惹かれる。

二句目は昼の月。まだ明るい空にぽっかり出る白い月。半月ぐらいの月が多いのだろうか。空の水色が白い月にところどころ透けるようにして出ているような気がする。その本当の月ではないような不思議な感じと二つの我との構成がなんとも言えない。

どちらも我が在るということ、我が何かということが短かい音数の中に問いとして表され、句の世界が「青蛾」や「昼月」から広がってゆく。我とは何なのかということを、われとかれとは何なのかということを波紋のように受け取ることが出来る。

(つづく)


〔参照〕 高山れおな 少年はいつもそう 大本義幸句集『硝子器に春の影みち』を読む ―俳句空間―豈weekly 第11号
〔Amazon〕 『硝子器に春の影みち』

2008年12月12日金曜日

●大本義幸句集『硝子器に春の影みち』を読む・続〔 3 〕羽田野令

大本義幸句集『硝子器に春の影みち』を読む・続 〔 3 〕

羽田野 令


自涜と枯れた花にわずかに慰められる  (涜は正字)
破廉恥な生活のわたしの天体
    (吉岡実特集『生物』から「犬の肖像」より)

という二行の引用を冒頭に置く、「蛮童あるいは桃のための断章」と題された大本義幸の文章がある。(「天敵」1974年4月)

夭折詩人の系譜という特集の中にあり、<夭折俳人・芝不器男論ではなく>という副題がついている。それは次のように始まる。
うつうつとした二十歳を数カ月ばかりすぎた頃、わたしは失業の一年弱をすごさなければならなくなり、ポール・ニザン、村山槐多、奥浩平、李珍宇、ランボー、ロートレアモン等に魅せられつつ、たれにも逢わない四畳半の密室での生活を十か月ばかりすごした。たまたま吉岡実の詩篇をすこしばかり読みはじめていたとき、なぜか再度の婦女暴行により逮捕され、まだ未決房に居た男との短かい文面のやりとりが始まった。全文の三分の一ほどは激しくかき消されている非常にリビドーの昂いものであたが、彼が十三余年の実刑を云い渡され余所へ移った頃、わたしもまた東京を去ることになったのでその後の文面のやりとりはない。
ほどんど童貞であったわたしは、狭い室に充満する自らの精液の匂いと、蛇口からときおりこぼれる水滴の音に囲まれていた。

食堂で時おり読む新聞に、若い男女が貧しくつつましやかに四畳半で同棲中、ガスの不完全燃焼による中毒死などをし、テレビの音が低くうなりつつ一週間も鳴りつづけていたという記事にはげしく嫉妬した。
この文章は大江健三郎のいくつかの小説の主人公の像を彷佛とさせると思うのは、同じ松山出身という先入観があるからなのか。若き日の孤独と暗鬱とを、未決囚という世間の埒外に居る者を登場させて語るのが如何にも小説的だからなのか。

  かもめとぶ潰れた胸を野犬と頒つ

  「生きるは悪か」口中深く葡萄つめ

第一章「非(あらず)」から引いた二句(「非(あらず)」の章は、1973年の句集『非』より抄出)。

今、文章と句とどちらもを読んでいる私を、これらの句と大本氏の文章が二重になって取り巻く。

文章はそのあと、アデンに着いたハイジャッカー達について、彼等は「みずからの肉体をひとつの言語(メッセージ)とし」ていると書く。そして、
この言語と肉体の関絡性は夭折者を巡るわたしの関心事のひとつであり、夭折圏を追放されて生きながらえている現在でも<言語>と<肉体>の関係性はわたしを魅惑する。言語と肉体の背反のうちに個我の言語でも肉体の言語でもないものが白色の冥(やみ)と化し匂いたっているかに想えるので……。この冥を時代とも状況とも、言語がまき込んでゆく肉体の罪過とも云えるだろうが、いまのわたしには語る用意がない。
と続く。ここで書かれている「個我の言語」とは自己表現の言葉のことであり、「肉体の言語」とは所謂言語表現ではなく、メッセージとしての行為そのもののことを指している。社会的な状況に対する自己を問うことから、言葉と行動というようなことは七十年代によく行われた議論であるが、大本氏のこれは「個我の言語」への懐疑であり、言葉とは何かという自らへの問いを含むものである。

端的に言えば七十年代は、肉体の言語派からは文学的言語が否定的に見られた時期であり、「個我の言語」に沈潜することを良しとせず、多くの文学少年少女が文学から離れた時代でもある。その中で個人的な四畳半の空間の中で生み落とされる言葉を、個我の言語でも肉体の言語でもない「白色の冥」を想定することによって、「個我の言語」の置きどころを見いだしていた大本義幸が浮かぶ。

  海百合の朱(しゆ)を蔵(しま)ひおくわれら残党  第一章「非(あらず)」より

残党、それは何の残党であるかあきらかではないが、服(まつろ)わぬ者の裔には違いない。坪内稔典(『朝の岸』1973年)に次の句があるが、同じ空気がある。

  父祖は海賊島の鬼百合蜜に充ち

  風花 突風 ぼくらは地下で火種継ぐ

(つづく)


〔参照〕 高山れおな 少年はいつもそう 大本義幸句集『硝子器に春の影みち』を読む ―俳句空間―豈weekly 第11号
〔Amazon〕 『硝子器に春の影みち』

2008年12月3日水曜日

●大本義幸句集『硝子器に春の影みち』を読む・続〔 2 〕羽田野令

大本義幸句集『硝子器に春の影みち』を読む・続 〔 2 〕

羽田野 令


『硝子器に春の影みち』は沖積舎の沖山隆久氏はじめ、大本氏のまわりの多くの人たちによって出来上がった本である。解説のほかに栞の文章が五人、句の選をされた方が四人だそうである。挿絵の方も友人という、幸せな句集である。

  くらがりへ少年流すあけぼの列車

第一章「非(あらず)」からの一句。

経済成長によって戦後の都市が吸収した若年労働力とそれを運んだ列車のことを思う。流行歌では守屋浩が恋人が東京へ行ったことを歌い、僕も行こうあの娘の住んでるトーオキョーへ、と結んだ時代。工業化にともない都市人口が急速に膨れ上がり近郊を含めて町の姿が変わっていった時代。

大本氏自身は18歳で大阪へ出、そしてすぐ東京へ出ているが、この句は、一少年としての自己が主体ではなく、都市へのそういう人口流入の現象を俯瞰する視点が貫かれている。「流す」の主体はその時代の社会全体である。そして流す先は輝いている都会生活ではなくて「くらがり」だと言う。

「くらがり」とは、人間が労働力として機能する資本主義の底を見つめたような言葉。そう言い切ることのできる目は、かなり時代を覚めている目である。そして少年の希望を灯した「あけぼの」。「あけぼの」にある赤の、これから明るんでいく色が「くらがり」に対して美しい。


(つづく)


〔参照〕 高山れおな 少年はいつもそう 大本義幸句集『硝子器に春の影みち』を読む ―俳句空間―豈weekly 第11号
〔Amazon〕 『硝子器に春の影みち』

2008年11月28日金曜日

●大本義幸『硝子器に春の影みち』を読む・続〔 1 〕羽田野令


大本義幸句集『硝子器に春の影みち』を読む・続

〔 1 〕


羽田野 令






硝子器に春の影さすような人  大本義幸

という句は確か、欠席した北の句会の投句一覧で見た。この句から取られた句集名だ。硝子とは、大本義幸の初期からのモチーフであると大井氏はあとがきに書いている。

大本さんと初めて会った時のことはよく覚えている。ある日曜日の大阪駅前第2ビルの5階、句会場の前に見知らぬ人が居た。その人が一番に来ていて、次に私だった。それから誰かが来て、その誰かと私は喋って待っていたのだが、次々に誰が来ても見知らぬ人は何も言わずになお崖のように立っていた。吟さんが来られてやっとその人が大本さんだと判った。

句集巻末の年譜によるとそれは2004年10月のことだそうだ。「大阪府梅田の「北の句会」に初めて出席する」とある。癌で長期入院し手術で声を失った後、初めての句会だったのだ。

マイクのようなものを喉に当てると音が電気的に発せられるような仕掛けの機械を使われて何度かは発言しようとされたが、機械の調整が上手くいかないのかちゃんと音が出ず、意見は紙に書かれて発言された。

その後も年譜によると入院、手術をされているのだが、その合間に何回も読書会にはよく出席された。

  葉桜よわれにある疵をてらせよ  大本義幸

ゆるぎない言葉。葉桜の輝きが身にまぶしい。病身故の言葉だが、この「疵」は病身でなくとも読者に普遍的に自らの疵を思わせる。またその茂りの青さは身に沁み入るようだ。


(つづく)


〔参照〕 高山れおな 少年はいつもそう 大本義幸句集『硝子器に春の影みち』を読む ―俳句空間―豈weekly 第11号
〔Amazon〕 『硝子器に春の影みち』

2008年11月21日金曜日

●大本義幸句集『硝子器に春の影みち』を読む〔 5 〕野口 裕

大本義幸句集『硝子器に春の影みち』を読む〔 5 〕

野口 裕



大本義幸句集『硝子器に春の影みち』は、第五章で終わる。全章が自選句ではなく、第一章小西昭夫選、第二章大井恒行選、第三章恩田侑布子選、第四章藤原龍一郎選であり、第五章が近作からの自選句となる。巻末解説に大井恒行が書くとおり、「伝記的事情こそがとりもなおさず、大本義幸の句そのものの解説と近似」している。

  わたくしがやんばるくいな土星に輪

ヤンバルクイナは、一九八一年に沖縄本島で発見された新種の飛べない鳥。見つけられずにすんだ方がよかったかもしれない。

初めて土星を望遠鏡で観測したガリレオ・ガリレイは、望遠鏡の性能が悪かったため、土星に輪があることを確認できなかった。途中、地球から土星の輪を観測できない時期があったため、余計にガリレオを混乱させた。

作者は、「身をえうなき物に思なして…」(伊勢物語)、まだ流離の途上にあるかのようだ。


( 了 )


〔参照〕 高山れおな 少年はいつもそう 大本義幸句集『硝子器に春の影みち』を読む ―俳句空間―豈weekly 第11号
〔Amazon〕 『硝子器に春の影みち』

2008年11月18日火曜日

●大本義幸句集『硝子器に春の影みち』を読む〔 4 〕野口 裕

大本義幸句集『硝子器に春の影みち』を読む〔 4 〕

野口 裕



州をあらう風よモンゴロイドの青痣よ

第四章「冬至物語」より。州はしばしば埋没する。風程度では埋没もしないだろうが、洗われれば、埋没の予感が漂う。州は中央にありながら、辺境。生まれ出た新生児にも辺境の印のように蒙古斑が見える。

この章、取るのをためらうような句も多い。たとえば、

   一夏〈どすこい〉狂って水晶
   一夏〈どすこい〉乳房は鉄路
   一夏〈どすこい〉情事と天体
   一夏〈どすこい〉ゆくぜ寛章

というような句。時にこの作家の音感にはついていけない。


(つづく)


〔参照〕 高山れおな 少年はいつもそう 大本義幸句集『硝子器に春の影みち』を読む ―俳句空間―豈weekly 第11号
〔Amazon〕 『硝子器に春の影みち』

2008年11月16日日曜日

●大本義幸句集『硝子器に春の影みち』を読む〔 3 〕野口 裕

大本義幸句集『硝子器に春の影みち』を読む〔 3 〕

野口 裕



不眠都市半導体のなかの大雷雨


第三章「薄(うすらい)氷」から。このあたりになると、私も出入りしている「北の句会」で見かけた句があちらこちらに出てくる。私は、句会での作者当ては下手で、この句を最初に見かけたときには、全く別の人を想像していた。都市の不眠を支える半導体。その中を流れる雷雨とは、電子の濁流か。電子の流れを「電流」というように、電気に関する現象を水の流れに比喩的にたとえることは、非常に相性がよい。この場合も成功しているだろう。なにやら、「ブレードランナー」の一場面でも想像したくなる。作者は以前に、「不眠都市、血管は錆びたまま佇っていたか」という句を書いている。第三章の最初の方に出てくるが、それよりも深まりを見せている句と言えるだろう。


(つづく)


〔参照〕 高山れおな 少年はいつもそう 大本義幸句集『硝子器に春の影みち』を読む ―俳句空間―豈weekly 第11号
〔Amazon〕 『硝子器に春の影みち』

2008年11月12日水曜日

●大本義幸句集『硝子器に春の影みち』を読む〔 2 〕野口 裕

大本義幸句集『硝子器に春の影みち』を読む〔 2 〕

野口 裕



第二章 朝の邦

愛咬の歯形となりし鰯雲

他の章にもこの句はあったかも知れない。すっきりした句。混乱の最中にいる、と思われる句の多い章だが、これは愛憎を離れて雲を見ている。他の句群との関係で涼気が一層際だつ。


耳洗う樹木に星の尾は消えて

星の尾が樹木から離れていた頃に何があったのかは、わからない。「耳洗う」とあるところから、想像をたくましくするのみ。


(つづく)


〔参照〕 高山れおな 少年はいつもそう 大本義幸句集『硝子器に春の影みち』を読む ―俳句空間―豈weekly 第11号
〔Amazon〕 『硝子器に春の影みち』

2008年11月10日月曜日

●大本義幸句集『硝子器に春の影みち』を読む〔 1 〕野口 裕


大本義幸句集『硝子器に春の影みち』を読む〔 1 〕

野口 裕








大本さんとはじめて顔を合わせたときには、すでに彼は声を失っていた。筆談を通して行う彼の物言いは、断定に近い響きを持っている。断定がどの程度にあたっているかを、そのつど考え込んでしまうので、なかなか対話には至らないもどかしさがある。

また、対話の最後を笑いで締めくくるよりは、いつも何かの結論を求め、うんうんと納得したい風情である。最後は笑いで締めくくりたい人間とは、結局すれ違いで終わるのだろうか。

しかし、かえって句の中では対話しやすいところがある。各章一句に絞り、私の流儀でゆっくりと密度薄く、読んでみよう。

  ●

第一章 非(あらず)

翔ぶ鳥の翼のさきのほそい群島

習作と思える時期の作が並ぶ。「ひるすぎのコップのなかに水座る」、「花冷えの花よりみゆる東北や」、「死のうかと思った赤いカンナも咲いて」など、先行句の影を容易に窺うことのできる句や、「さくらちるそのはかなさを春といい」の饒舌さなどに、頬が緩んでしまう。

第一章は鳥がよく出てくる。「月へ向かう姿勢で射たれた鴫落ちる」、「人体の凹を焦して海鳥(とり)は翔つ」、「鶴渡る首に頭(づ)のある桃の花」、「階段の鳩の半身ひぐれている」、「風の鳥一樹に集うはすべて白し」など。我がものとなり得るかどうかわからない飛翔能力に対する憧憬を秘め、句はみずみずしい。上掲句は、さらに鳥の飛翔と「ほそい群島」を対比させる。釈迦の掌ではなく、鳥を飛翔させる群島の頼りなさ。それゆえ余計に鳥がまぶしく見えたのだろうか。


(つづく)


〔参照〕 高山れおな 少年はいつもそう 大本義幸句集『硝子器に春の影みち』を読む ―俳句空間―豈weekly 第11号
〔Amazon〕 『硝子器に春の影みち』