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2014年1月7日火曜日

●週刊俳句新年詠見物 野口裕

週刊俳句新年詠見物

野口 裕

新年詠 2014 ≫読む

いろいろな人がいろいろな句を寄せている。新年らしく、漫然と見て行こう。

ノイズばかりのA面に初泣を  青山茂根

「B面の夏」というのもあったが、これは大滝詠一「A面で恋をして」だろう。

星遠く四日の顎をのせたまま  赤羽根めぐみ

今年は五日まで余裕ありか。

TV延々火事中継中安倍川餅  池田澄子

東京はそんなことになっていたのか。まるで知らなんだ。

海底に火山噴きつぐ去年今年  池田瑠那

地形変化は、十年単位、いや百年単位か。

マカロンに挟まれている寝正月  石原ユキオ

駄菓子から高級菓子まで、値段様々。寝相もまた。

そこな人破魔矢で背中掻くと見ゆ  岩田由美

孫の手を売っていそうな店はまだ正月休みか。

変電所正月四日よく晴れて
  上田信治

発電所よりは手近にある辺鄙な場所。

四日はや母の小言のはじまりぬ  北川美美 

三日もよく我慢した、とも言える。

いくたびか地名に見惚れ年賀状  小池康生

市名でも区名でもなく、その下あたり。マンション名でもないはずだ。

ひかりからかたちにもどる独楽ひとつ  神野紗希

ベイブレードとかいう最近のベーゴマはど派手ですな。

正月の母のうずうずしてゐたり  齋藤朝比古

これも小言かな?

元旦や信号無視をしてしまふ  杉原祐之

人通りぱらぱら、車皆無の交差点。

野のひかり入る元日の厨かな  涼野海音

竈とは言えないほどには近代化している台所なのかな?

一億のアイヒマン顔(がほ)初詣  関 悦史

百人一首の西行のようです。

初日の出親父がひどくかすれ声   髙井楚良

お大事に。

元朝の真暗闇の歩みかな  筑紫磐井

日の出見物とはまた奇特な。

戦前来何色と問ふ初鴉  渕上信子

初日記より行間にはみ出でし  堀田季何

えらく微妙な並び。

鏡餅罅割れ怒濤聞こえ来る  松野苑子

息吸つて止めてまた吐き姫はじめ  松本てふこ

えらく大袈裟な並び。

自己破産させた人から賀状来る  山田きよし

金は天下の回りもの。

家に居ればすぐ夕方やお元日  依光陽子

有間皇子か。特定秘密保護法施行は今年か。



2013年10月19日土曜日

●無言漫画 野口裕

無言漫画

野口 裕


とある駅前に幼稚園児の絵が多数展示されているのを目にした。「……をがんばる」とか、「……できるようになりたい」とか、その子の願望が幼い字で書かれていた。眺めているうちに、愚生が幼稚園の頃は字が書けず、読めもしなかったことを思い出した。当時はそれが普通だったような気がする。しかし、この頃の子は字を覚えるのが早いなどという井戸端会議もあったように記憶するので、標準よりやや遅れ気味だったのだろうか。

その頃、「サザエさん」は読めなかった。吹き出しに書いてある台詞が全く読めなかったのだ。代わりによく読んだのが夕刊に載っていた「クリちゃん」。台詞がないので、状況は絵から想像しなければならない。結構それが楽しい。

ネットで検索すると、簡単に動画化したものがある。
http://www.youtube.com/playlist?list=PLlhlbx4QP-47BxKfX18s_jINnvvgViv9x

文字が全く読めない幼児期を短期間で終わらせるのと、比較的長い時間を要するのと、どちらがよいのか? 愚生が子供の頃はそんな議論もあったように記憶するが、今となっては無意味か。しかし、何となくのどかだったような気がする。

2013年5月7日火曜日

【俳誌拝読】『鏡』第8号(2013年4月1日) 野口裕

【俳誌拝読】
『鏡』第8号(2013年4月1日)

野口 裕


各人一句。気が向けばコメントを。

冬天やひとこと欄に文字はなし
  東直子

「文字はなし」と書けば、文字が溢れかえる不思議さをあらためて思う。否定形に似合っているのは冬。

猫の子を筆であやして大人めく  佐藤文香

「大人めく」と書いて、モラトリアムの気分か。猫の子とネオテニーの対比。

うすらひに触れて指先すこし反る  羽田野令

的確な描写と見えて、「反る」という行為の秘める含意もまた、高柳重信の「身をそらす虹の」うんぬんを参照したくなる。

朝寒の駅大勢のわれ急ぐ  遠山陽子

雪をんなしづくきらきらしてゐたる  谷雅子

春の夜の商談怒号に終るとや  大上朝美

くちびるのわづかなる揺れ雪催  笹木くろえ

海賊の仲間になれる宝船  寺澤一雄

初夢のジャックスパロウ女からビンタ。

川べりに自転車並ぶあゆの風  村井康司

暖房の風に頁の揺れている  越智友亮

ガードレールを横ずさりして寒鴉  中村裕

爪立ちて探す本あり日脚伸ぶ  森宮保子

地球儀をつぶすおつぱい百千鳥  大木孝子

アマゾネスの裔か。

2012年11月27日火曜日

●洛外沸騰記事探索中脱線 野口裕

洛外沸騰記事探索中脱線

野口 裕



先週末に京都であった、現代俳句協会青年部シンポジウム「洛外沸騰 今、伝えたい俳句残したい俳句」。すでに半年前から予定が入り、当日は放送機器と格闘中だった。行けなかった当方は指をくわえているだけだが、知り合いが多数関わっているだけに少々残念ではある。

心残りがあるせいか、どんな様子だったかを誰か書いていないかと、さきほどあちこち見て回った。まとまった報告としては、

曾呂利亭雑記
http://sorori-tei-zakki.blogspot.jp/2012/11/blog-post.html
週刊「川柳時評」
http://daenizumi.blogspot.jp/2012/11/23.html
『日々録』ブログ版
http://blogs.yahoo.co.jp/hisazi819/archive/2012/11/18

などが目についた。その中で、週刊「川柳時評」氏の、
パネルディスカッションの前半は結社と主宰の話であった。
俳人はなぜこんなに結社や主宰の話が好きなのだろう。
「新撰21」の竟宴の際に、アンソロジーに出す百句を主宰に事前に見てもらったかどうかがとても重大なこととして話題になったときにも私は違和感を持った。
という記述から、若かりし頃「徒弟」という言葉を意識しつつ実験物理を選んだことを回想してしまった。

その頃師事していた教授を師匠と呼ぶようなことはなかったが、将棋の世界の内弟子制度にふれた中平邦彦著「棋士その世界」(講談社)や、初の外国人力士として相撲社会の徒弟制度に触れた雑誌「NUMBER」(文藝春秋社)の高見山のインタビュー記事などを、興味深く読んだことを思い出す。

しかし、理想的な結社とか主宰を語る人々は見果てぬ夢を見ているのではないか。現代という情報の溢れている時代と、徒弟制度とのずれは埋めきれないのではないか、というのが結果として途中で「徒弟」であることを辞めた人間の見るところだが、そうした感想と今週号の週刊俳句に掲載されている江里昭彦氏の記事「角川書店「俳句」の研究のための予備作業 〔中〕」で紹介されている上田五千石の文章、
だが、雨後の筍のように無定見に主宰誌ができ、結社がつくられていく現状はいかんともしがたいであろう。結社とは、それが在るべき論理と倫理に支えられて必然的に、公に許されて生まれてくるもの、という理念の欠如は、総合誌の指導性をもっても埋められるものではないだろう。

また現に在る結社にしても、伝統あるものは多く代替わりをして、その創成期のエネルギーを喪失し、その他も俳句観不分明にして存続経営しているのみという慣性を帯びて、活性力を減じているのが多く、しかも結社間交流というより個人的交際の揚が広がった今日、結社の特殊、ことにその厳粛性は著しく褪色している。これを「結社の時代」として鼓舞するのはなかなか困難である。
は、奇妙に当方の感想とシンクロしている。


【追記】
書き上げてから見てみると、「曾呂利亭雑記」に、関連する新しい記事が上がっていた。
http://sorori-tei-zakki.blogspot.jp/2012/11/blog-post_25.html

入れ違いだったようだ。

2012年8月25日土曜日

●ha と wa 野口裕

ha と wa

野口 裕



うめの花赤いは赤いは赤いはな  惟然

以前からこの句の最後の二音をどう読むのか戸惑っていた。hana なのか、wana なのか?

今日、たまたまネットで検索してみると「花」としているところ、「ハな」としているところと、両様の読みがあるようだ。なかには、「はさ」としているところもあった。

「は」に関する読みでは、宮澤賢治に「イーハトーブ」という造語がある。彼の出身である、「岩手」をエスペラント語風に言ったものだというのが定説になっている。愚生は、「岩手」を「いはて」と書いたから、「イーハトーヴ」を「いーわとーぶ」と読むとしたいのだが、皆、「ハ」を wa でなく、ha とよむ。

井上ひさしに、彼の伝記をもとにした『イーハトーボの劇列車』という戯曲があるが、NHK のアナウンサーも ha と発音していた。今回決定的だったのが、映画『グスコーブドリの伝記』。舞台になっている都市の名が「イーハトーブ」。映画の中で何回も ha と発音されている。どうも wa の旗色は悪そうだ。


補記

よくよく調べると、e船団の「この一句」。
http://sendan.kaisya.co.jp/ikkub09_0401.html
塩見恵介氏の鑑賞文の引用句でした。元の表記は、

 梅の花赤いは赤いあかひわさ

他に小熊座の渡辺誠一郎氏も。
http://www.kogumaza.jp/1202haikujihyuu.html
表記は、「梅の花赤いは赤いはあかひわさ」。若干異なります。

「はの」とする形もあるようです。
http://sogyusha.org/ruidai/01_spring/ume.html
口承、転記を繰り返すうちに色々なバリエーションが生み出されていったのでしょう。古典の写本の異同と同様かとも。

答えが一つしかない、というのはちょっとさみしい気もします。

は行音をいろいろ調べているうちに、ウィキペディアにとんでもないことが書かれているのを見つけました。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%81%AF%E8%A1%8C

こうした変遷の一例を挙げるなら、たとえば「あはれ」(あわれ) /afare/ という語は、当初は [aɸare] のように発音されたと考えられるが、促音が一般化すると、感極まったような時に現れる音の“溜め”が促音 /q/ として固定され、さらにその影響で [ɸ] から変化した後続音 [p] が /p/ として独立して、「あっぱれ」 /aqpare/ という新しい語形が定着するに至っている。

「あはれ」から「あっぱれ」が出ているとは!

2012年7月31日火曜日

●助詞「は」考 野口裕

助詞「は」考

野口 裕



助詞「は」は、主題を提示する働きを持つ。語順を逆転させることによって、聞き手の注意を引く係り結びの物言いが行き着いた現状での姿でもある。というような話が大野晋の本を読めば書いてある。

他方、切字の「や」は、五七五の中途に置かれるにもかかわらず、五七五と次の七七を切る働きをするものとして連歌・俳諧で重用されたが、次第に五七五の内部を切るものとして意識されるようになってきた。その点で、「や」も五七五内部で係り結び的な働きを有していると言える。というような話は、川本皓嗣の本に書いてある。

「は」と「や」は、似ている面を有しているだろう。しかし、俳句の歴史の中で「や」が多くの作家によって努力を積み重ねてきたのに比較して、より一般的な会話にも使用される「は」の方は五七五においてそれほど使用されるわけではない。

「や」が、もともと疑問をあらわす語だったことから、容易に反語と見なされるのに対し、主題の提示である「は」の方に疑問の働きはなく、そのままでは反語と見なされにくい。「や」が融通無碍に上下をつなぐほどに、「は」が五七五の上下をつなぐことはできない。

だが、人の馴れというものは恐ろしい。五七五の中に「や」があれば、読者は安心して「俳句」のハンコが押されたものとして受け取るがために、五七五が「俳句」であるかないかのぎりぎりを狙おうとしたときには、「や」の存在が邪魔になる。

一見何気ない物言いに見えた五七五が、リズムに乗って脳内に棲みつき、ふっと何かの拍子に意識に舞い戻ってきたとき、現実の風景が一変してしまう。それほどの効果を一句に期待するときに、「や」よりも何気ない物言いである「は」を五七五で働かせることはできないか? 作家としてそう考えても不思議はない。そのせいかどうかは定かではないが、「は」を多用する作家が次第に増えつつあるように見える。

手近にあった句集から数えてみると、高濱虚子『六百五十句』中、「は」の使用句は21句、森川暁水『砌』554句中、15句に対し、時代が下って、鈴木六林男『雨の時代』が598句中31句と増加傾向を見せ、田中裕明『櫻姫譚』も308句中18句と同様の傾向を見せ、最近出された句集に目を転じると、和田悟朗『風車』390句中32句、小池康生『旧の渚』340句中23句、森田智子『定景』363句中20句とその傾向は続いている(ちなみに、最多は御中虫『関揺れる』125句中28句)。

ついでに「が」や「も」なども射程に入れて、どんどん調べれば面白そうだが、さすがに時間がない。池乃めだかの台詞を心の中でつぶやきつつ、この稿終わり。

2012年1月21日土曜日

●新型携帯懐炉 野口裕

新型携帯懐炉

野口 裕


駅前で物を配っている人から、マンションのチラシを受け取ると、チラシの間に入っている物がティッシュにしては重い。今朝、開いてみるとティッシュではなく携帯カイロが入っていた。新型の携帯カイロで、繰り返し使用可能とのこと。

先ほど調べてみると、

  wikipedia(最近の各種懐炉の項

エコカイロ」という商品名らしい。中に入っているものは酢酸ナトリウムで、一般の携帯カイロのように鉄の酸化反応を利用するのではなく、酢酸ナトリウムの過冷却状態を利用するようだ。中に入っている金属製のボタンをねじ曲げると、液状の酢酸ナトリウムが一気に結晶化し始める。

過冷却状態はすぐに理解できたのだが、金属製のボタンをなぜねじ曲げるのか、ちょっと首をひねった。どうもボタンに仕掛けがあるわけではなく、ねじ曲げるときに発生する熱を利用するようだ。

そういえば、長さ15センチほどの針金を中央で折り曲げ、山にしたり谷にしたりの折り曲げを二三回繰り返すと、折り曲げた部分がかなり熱くなる。下手に触れるとやけどする場合もある。結局、その応用なのだと得心した。酢酸ナトリウムを利用することを思いついただけでは、まだ商品にはならない。中に金属ボタンを入れ、初めて商品として完成する。なかなか象徴的ではある。

ところで商品としての欠点は、発熱時間の短いこと。一時間ほどしか効果がない。朝、発熱させたカイロはもう冷えている。

  はや冷えて酢酸ナトリウムは机上  裕

2011年12月3日土曜日

●脳内処理費用 野口裕

脳内処理費用

野口 裕


アンドリュー・パーカー『眼の誕生――カンブリア紀大進化の謎を解く』を読んだときに、一番へえとなったのは、洞窟などに棲息する生物での眼の退化の理由だった。

退化という言葉は語弊があるので適応といった方が良いのだろうが、そうした言葉の問題はともかくとして、眼球から受け取った情報は、そのままでは使えず脳内で処理する必要がある。この処理に必要なエネルギーが結構高くつく。眼をなくして物を見ない方がエネルギーを消費せずに済むので腹が減らない。エサの少ない洞窟内では、腹が減らない方が生存に有利である。というような流れで視覚が押さえ込まれてしまう。そんなことが書いてあった。

そういえば、将棋に凝っていた頃、将棋道場に丸一日いると昼食や夕食を普通に取っているにもかかわらず、体重が前日よりも2kgほど減った。指し手を考え込んでいるときに、脳がやたらエネルギーを使っているということなのだろう。詰将棋の作成にのめり込んだ結核患者が、寝ても覚めても将棋盤が頭から離れず命を縮めてしまった逸話があるが、これも脳の消費するエネルギーが馬鹿にならないことを証明しているだろう。

脳がエネルギーを消費することは理解されにくい。それを示す証左のひとつとして、「マックスウェルの悪魔」が誕生してから悪魔の不在証明に至るまでの歴史を上げることができる。詳しくはウィキペディアの「マックスウェルの悪魔」の項を読んでもらえればよいが、簡単にまとめると以下のようになる。

1. 分子の運動を観察できる悪魔が存在すると仮定する。
2. 悪魔のために、空気の入った箱を用意する。箱の中には沢山の分子が含まれている。
3. 分子の中には、ゆっくり動いているものもあれば、激しく動いているものもある。
4. 箱に仕切りを設け、仕切りには開閉自由の窓を付ける。
5. 窓を閉めたときは、分子は仕切りを通り抜けることができない。
6. 窓を開けたときは、分子を仕切りを通り抜けることができる。
7. 仕切りの左側に、ゆっくりした分子を、右側に激しく動く分子を集めたい。
8. その目的のために、悪魔は分子の動きを監視する。
9. 右側にあるゆっくりした分子が仕切りの左側に移動しようとするときは、窓を開けてやる。
10. 左側にある激しく動く分子が仕切りの右側に移動しようとするときは、窓を開けてやる。
11. 左側にあるゆっくりした分子が仕切りの右側に移動しようとするときは、窓を閉める。
12. 右側にある激しく動く分子が仕切りの左側に移動しようとするときは、窓を閉める。
13. これを続けて行くと、仕切りの左側にゆっくりした分子が、右側に激しく動く分子が溜まる。
14. ゆっくりした分子の集合は温度が低い。
15. 激しく動く分子の集合は温度が高い。
16. 仕切りの左側は低温、仕切りの右側は高温になる。

もし、マックスウェルの悪魔がこの仕事をするのにエネルギーを使わないなら、電気代のいらないクーラーや冷蔵庫ができることになる。そんな馬鹿なことは起こりえない。マックスウェルがこれを考えついた1867年から今日まで、そのことに異論をはさむ者はいない。問題は、どんなやり方をしても悪魔がエネルギーを消費してしまうことをどうやって証明するかにかかっている。そのことに一世紀以上の年月がかかってしまった。

最新の証明によれば、エネルギーを使わずに窓の開閉はできる。また、悪魔が分子を観測するのにもエネルギーを消費せずに済ませることもできる。エネルギーが消費されるのは、一つの分子の開閉作業から次の分子の開閉作業に移るときの脳内作業の切り替えの瞬間に起こる。次の作業に移るために、どうしても前の作業を「忘れる」必要がある。「忘れる」と、その瞬間にエネルギーが消費されてしまうのだ。

マックスウェルの悪魔の脳内を模した電気的な装置を作ろうとした場合、このエネルギー消費の瞬間はジュール熱の放出ということになるので、はなはだ理解しやすい。この最新の証明で、マックスウェルの悪魔には一応の決着がついたとみることができる。

だが、個人的には心穏やかならざるところがある。マックスウェルの悪魔の脳内でエネルギーが消費されるのは、「考える」ではなく、「忘れる」ことで起こるというところだ。もちろん、「考える」ということが何を指し示すかはよく分からない。しかし、丸一日将棋に取り組んで減った体重2kg分のエネルギーが、良い手を考えついたことによるものではなく、悪い手を思い浮かべては捨てる瞬間に起因すると言われているようで、面白くはない。これは、人情というものだろう。

おそらく事態はもう少し複雑なはずで、記憶することにエネルギーが全く消費されないとは考えにくい。それは今後の、マックスウェルの悪魔にかかった年月以上の時間をかけねばならないだろう。マックスウェルの悪魔を手がかりとして、脳が馬鹿にならない量のエネルギーを消費することが理解できるようになったことだけでも良しとしなければならない。

 海底に眼のなき魚の棲むといふ眼の無き魚の恋しかりけり 若山牧水


2011年11月1日火曜日

●角川俳句賞受賞作品一読

角川俳句賞受賞作品一読

野口 裕


久しぶりに角川「俳句」を購入した。昨日、大阪に所用があり、その帰りの電車でうつらうつらしながらの読書だったのであまり読めてはいないのだが、とりあえず角川俳句賞の「ふくしま」(永瀬十悟)を読んでみた。賞は、かなり偶然が左右する世界だと思っているせいか、それほど違和感がなかった。おもしろいと思った句

  蜃気楼原発へ行く列に礼  永瀬十悟

ちょっと前に見た「ブリーチ」だったか「ナルト」(愚息の要望に応えて見に行ったが、もともとそういう世界に疎いのでごっちゃになっている)に、死者の群れがシャボン玉のように消えていくラストシーンがあった。後日読んだ、「ゲド戦記」最終巻に似たシーンがあったので、その援用だろう。その映像を思い出した。同じ趣向の、

  陽炎の中より野馬追ひの百騎  同

の方が出来上がり具合はすっきりしているが、やはり句の迫力は蜃気楼の方が上回っている。この句、蜃気楼が夢幻世界のような現実世界のような不思議な雰囲気を醸し出している。「礼」が私の趣味には合わないが、それはそれとして、句にいちゃもんを付けるほどのことではない。

ここまで書いてきて、この感想は原発事故のあるなしに関係なく成り立つなあと気づいた。俳句とはそういうものなのかも知れない。


2011年10月18日火曜日

【俳誌拝読】『鏡』第2号を読む 野口裕

【俳誌拝読】
『鏡』第2号(2011年10月)を読む

野口 裕


『鏡』は八田木枯を中心とした集まりで、編集・発行は寺澤一雄。

冊子の表をめくると、細かな色糸を透き込んだ薄い紙が一枚挟んである。体裁には無頓着な当方にも、造本には気を遣っているとわかる。奥付の発行所の住所が間違っていたようで、ボールペンで数字が消されている。冊子の裏には、新しい住所が貼り付けてある。発行部数は知らないが、これを一部一部施した手間は馬鹿にならないだろう。句会に止まらない集団のエネルギーがこんなところにも現れている。

気になる句を上げて、鑑賞を織り込んでみることにする。

  老獪のさらしくぢらでありにけり  八田木枯

よくあるやり方に、印刷された句へ直接○を書き込むのがある。当方にはどうも性に合わず、その方法は敬遠していたが、別紙に書き込むゆとりを持つのが難しくなり、今回は直接書き込んでみた。ところが、ここに句を取り上げる段になると、○を書き込んだ句とは異なる場合が多かった。

慣れないことはやるものではないと、ちょっと反省しているが、八田木枯の句に関しては、動かなかった。昨今の鯨を取り巻く状況をも踏まえて、老獪の一語は不敵な面構えの自画像を作り上げる役割と、世の状況に対する韜晦の意味合いをかねて巧みとしか言いようがない。


  パンに牛酪(バタ)たつぷり平塚らいてう忌  大木孝子

久保田万太郎の句が、「パンにバタたつぷりつけて春惜む」。一瞬、平塚らいてうが脂肪分の摂りすぎで太った人だったのか、と思ったが、画像を検索してみると違った。

トーストという名の優秀な牝馬がいた。後にダービー馬の母親になった。そんなことも思い出した。


  舟を出さうか小鼓の穿つ穴  羽田野令

額田王の「熟田津に船乗りせむと月待てば潮もかなひぬ今は漕ぎ出でな」を思い出すが、これは空似か。しかし、頭の中を離れない。小鼓の繰り出す鋭く高い音により、天空に穿った穴が月になるのだろうか。

あるいは、ホトトギスの同人、西山泊雲の作った丹波の地酒は虚子により「小鼓」と命名され今に至る。穿たれた穴は、したたかに酔ったおのれの五臓六腑。小鼓の音は、「チゝポゝと鼓打たうよ花月夜」(松本たかし)とばかり、乱打される。(鑑賞文中、季節の混乱あるも酔いのなせる技、乞寛恕。)


  米ナスを間違へてゐたテロリスト  大上朝美

さうかさうだったのか、と鑑賞文までが歴史的仮名遣いになりそう。


  人間と風が案山子を動かせる  寺澤一雄

案山子を動かせる風となると、実際には強風のはずだが、なんだか優しい風のように聞こえる。乱暴な動物であるはずのホモサピエンスまでが優しく見える。案山子の功徳にちがいない。


  コーヒー豆のやうなる地図記号薄暑  木綿

コーヒー豆に似ている地図記号は、何だろうか。○書いて中にシミみたいな印があるやつだろう。いずれにしろ、街中で地図を睨みつつ目的地を探すとなると、風を感じる余裕などなくなる。涼を求めて、コーヒータイムとしたことだろう。


  新緑や不吉な話ばかりして  村井康司

誰の言葉だったか、「四月は残酷な季節である」というのがあった。句の含意には、同じようなこともあるはずだ。三月は色々なことが次々と起こった。色々なことはまだまだ続く。


  子鹿の目天の河へと流れ入る  谷雅子

生命観の横溢しているはずの子鹿の目が天空に流れ込む。生死のない交ぜになった時間が訪れる。夜の夜たる由縁ではある。


  洋服の青山に入る赤い羽根  西原天気

東京の地名にちなんだ句群。東京にはあまり行ったことがないので、青山というと斎藤茂吉や北杜夫のことぐらいしか思い浮かばない。ではあるが、「洋服の青山」は知っている。背広を買ったこともある。

赤い羽根は、丸善に入った檸檬ほどに誰かをどきどきさせてくれるだろうかと考えると、残念ながら、昨今の赤い羽根は針を持たずにコバンザメよろしく、両面テープでべたりと服地に貼り付ける。情けなくも現代である。



俳句同人誌「鏡」のブログ

〔関連記事〕
長嶺千晶 俳人はなぜ俳誌に依るのか 『ひろそ火 句会.com』『紫』『鏡』を読む
リンク

2011年8月3日水曜日

【林田紀音夫全句集捨読・番外編】二十句選 4/4 野口 裕

【林田紀音夫全句集捨読・番外編】
二十句選 4/4

野口 裕

本誌・林田紀音夫全句集捨読

16 屋根を重ねてみどりごがとろとろ煮え (p101)

第二句集の特徴として、子の句が頻繁に登場することが上げられるだろう。我が子かわいいという点は、通常の吾子俳句と同じだが、この幸せがいつ壊れても不思議ではないという危機感が底にあるために、句中に異常な幻想を孕む場合がしばしばある。「みどりごがとろとろ煮え」は、スウィフトのやたら長いタイトルの諷刺文「アイルランドの貧民の子供たちが両親及び国の負担となることを防ぎ、国家社会の有益なる存在たらしめるための穏健なる提案」、略称「穏健なる提案」を連想させる。(「林田紀音夫全句集拾読」から)


17 青さす夕空電線は家深く入り (p106)

この句は、拾読では見落としていた。ほんのり赤みを帯びた夕空を「青さす」と、地と図を入れ替えて表現する妙。視線を遠景から近景へと引きつける小道具としての電線。細心に配置された構図である。七五七と音数の逆転も効果的。無季の写生句。


18 綾とりの朱の弦強く子に渡る (p108)

拾読の段階で、何を言おうとしていたのか、若干わかりにくい。おそらく、この句の調子は紀音夫の句らしからぬところがあり、それが有季定型句につながると判定したのだろう。紀音夫らしからぬとしても、句意明快な印象に残る句である。

   綾とりの朱の弦強く子に渡る
   綾とりの母子に水の夜深くなる

彼にしては珍しい素材。二句目はいつもの調子に戻っているが、一句目はさらに珍しく詠嘆がない。この方向を追求して行けば、いわゆる有季定型の概念におさまる句になるだろう。生きている間であれば、それがどうしたこうしたというのも意味があるだろうが、いま読みつつある心境としてはそれがどうしたこうしたは言いたくない。(「林田紀音夫全句集拾読」から)


19 竹のびて内耳明るむしじまあり (p113)

思えば、叙景+感慨の典型的有季定型句に近いものが巻末近くに置かれていた。「内耳明るむしじま」が、作者にとっては自明の感覚であり、読者にとっては興味引く表現でありながら、手探りしてたどり着かねばならないような不思議な措辞。

第二句集『幻燈』の最後に並べられている世界は、

   義肢伴なえば油槽車に極まる黒
   足萎えの暦日芝生傾いて
   凶年を終る声あげ転倒し
   足萎えていよいよひびく掛時計

など、作家の脚部疾患を思わせる句で占められている。これらの中で、

   竹のびて内耳明るむしじまあり
   乳房かしましく鳥獣日溜りに
   骨の音加えメロンの匙をとる

など、聴覚を伴う句にひかれるものが多いのはたんなる偶然だろうか。身構えていた姿勢にふっと無防備になるような瞬間が訪れるようで、こわばっていたものが溶けていくような感覚がある。(「林田紀音夫全句集拾読」から)


20 街騒に読経加わり血の透く耳 (p114)

第二句集以後の未発表句の大群を読むと、紀音夫の興味が仏教に傾いてゆくことがわかる。それは仏教思想への傾斜ではなく、日常生活の中にある仏教習俗への関心であり、作者自身も仏教習俗への体験を重ねてゆく。そうした句の嚆矢として、この句はある。読経によって、身体感覚を取り戻してゆく感覚を「血の透く耳」とした表現に冴えが見られる。


2011年8月2日火曜日

【林田紀音夫全句集捨読・番外編】二十句選 3/4 野口 裕

【林田紀音夫全句集捨読・番外編】
二十句選 3/4

野口 裕

本誌・林田紀音夫全句集捨読

11 産院のなまあたたかい廊下で滑る (p86)

渡邊白泉の「憲兵の前で滑つて転んぢやった」、「戦争が廊下の奥に立つてゐた」をどうしても思い出してしまう句。製作年代が昭和三十九年頃だろうから、昭和四十二年没の渡邊白泉は、まだ存命の頃。(長女誕生の高揚感がもたらす俳諧味。)場違いの産院にとまどう男一般の姿とも言えるが、「なまあたたかい」に凝縮された現状認識を感じる。昭和三十九年は東京オリンピックと名神高速道路と東海道新幹線の年。あの頃から急速に風景は変わった。(「林田紀音夫全句集拾読」から、( )内補筆)


12 流血の広場の匂い幼児は駈け (p86)

かつて惨事のあった広場にいるとその匂いが思い出される。そこを幼児は駆けてゆく。と今は読んだが、かつては流血と幼児が存在が同時に起こったと見て、次のように書いた。

広場という言葉は短詩型文学から縁遠くなった。短詩型文学に限らず、文学一般、いやそれに限らず人の意識にはのぼらない言葉になっている。群衆の意識が時として共振する場として、広場という言葉は使われやすかったが、現在そうした現象の起こる余地はないからだろう。一時代前の中村草田男、「壮行や深雪に犬のみ腰をおとし」と同じ構造になっている点が興味を引く。(「林田紀音夫全句集拾読」から)


13 手が生えて眠るみどりご風の祝祭 (p88)

「手が生えて」に、一瞬ぎょっとする。だが、「風の祝祭」で動物植物という区別が無関係の生命への頌歌を意図していると読める。そう思えば、「手」が何かの花のつぼみに見えないこともない。 だが人によっては、「手が生えて」への違和感がぬぐいされないまま句を通り過ぎるだろう。そういう人が皆無ではないだろうと予想されることが、逆に私を楽しくさせる。(「林田紀音夫全句集拾読」から)


14 溶接の火を星空の暮しへ足す (p91)

紀音夫の句に、職場はあまり登場しない。だが、皆無ではない。「星空の暮し」がつつましい家庭生活を思わせて効果的。


15 黒の警官ふえる破片のガラスの中 (p98)

紀音夫が持つ国家権力に対する意識を端的に表現した句。

ガラス破片を通して、制服警官の姿が映り、よく見ると一つ一つのガラス破片のどれにも映っている。「ふえる」の上下に配置された(活字横組みなら両側)、「黒の警官」も、「破片のガラス」もどんどんふえてゆく。「黒の警官」と、「破片のガラス」は追いかけあいをしているようだ。(「林田紀音夫全句集拾読」から)


2011年7月31日日曜日

【林田紀音夫全句集捨読・番外編】二十句選 2/4 野口裕

【林田紀音夫全句集捨読・番外編】
二十句選 2/4

野口 裕

本誌・林田紀音夫全句集捨読


6 滞る血のかなしさを硝子に頒つ (p77)

塚本邦雄「百句燦燦」には、「鉛筆の遺書」と「滞る血のかなしさ」、二句が取りあげられているが、俳句門外漢の頃の私にとって、林田紀音夫の名は、「鉛筆の遺書」よりも「滞る血のかなしさ」とともに記憶されている。「許されず」と書いているが、屈する前に反抗があったようには見えない。流血ではなく、血も静かに抜き取られた。昆虫標本のように硝子上に置かれる血。林田紀音夫が「血」の特性として上げているのは、生命のシンボルとしての血ではなく、色でもなく、凝固性なのだ。確かにそれは、彼の句の特色をペシミズムと呼ぶにふさわしいものだろう。だが、受け身でありながらも、一面で冷静な意志につらぬかれた観察眼がもたらしたものでもある(「林田紀音夫全句集拾読」から)


7 他人の眼鏡に銀いろの河ジャズ途切れ (p79)

金子兜太に、「どれも口美し晩夏のジャズ一団」(昭和43年刊「蜿蜿」)がある。この句はそれを意識しているだろう。「美し」は一瞬の出来事。終わった後の孤独(孤立?)の象徴としての川の色を映す眼鏡。高揚が徐々に引いてゆく様を活写している。


8 ピアノは音のくらがり髪に星を沈め (p80)

写すときに、「星沈め」とタイプしていた。もう一度本文を確認すると、「星を沈め」となっていた。この「を」は、リズムの上で重要な役割を果たしている。リズムを整えると、描写だけに終わるように感じるところが、「を」によって、描写される髪に読み手の意識が引き寄せられる。対象となっている髪は配偶者のものではないだろう。隔世の感がある。(「林田紀音夫全句集拾読」から)


9 泡の言葉のみどりご鉄の夜気びつしり (p82)

嬰児の喃語を、「泡の言葉」といいとめたところは見事な表現。対して、外界の状況を認識する作者の目には鉄の夜気が映っている。この誕生を素直に祝う気持ちと、こんな幸福があるはずがないと言いたげな戸惑い、すぐにこの幸福は崩壊するに違いないという予感がない交ぜになった句が、長女が誕生してから並ぶがその中では一番の出来。

  -長女亜紀誕生
  レールをわたるそのひとりの生誕
  生後すぐのたたかい満面に蟹棲まわせ
  嬰児翅生みゆりかごの父を責める
  泡の言葉のみどりご鉄の夜気びつしり

十五句ほど長女生誕に関係したものが続くが、その中から抜粋。正直パスしようかとも思った。だが、やはり拾っておこうという句もある。「レールをわたる」が、人生の悲惨を連想させる。だが、そう言っている口の端から笑みがこぼれるようなところあり。「ゆりかごの父を責める」は、ちょっと甘いかもしれない。「満面に蟹棲まわせ」や「泡の言葉のみどりご」が、印象的な言い回し。(「林田紀音夫全句集拾読」から)


10 乳房をつつむ薄絹夢の軍楽隊 (p85)

句集の流れからは、母子像と読める。ただ、一句独立して読む場合には、母子像とは無関係と読むこともあり得る。ただし、そう読むと句の後半の措辞は不安定になるだろう。「林田紀音夫全句集拾読」ではスルーした句。紀音夫の吾子俳句に特徴的な、幸福とその失墜の予感のうちの、幸福のみが描かれているような気がしたからだ。しかし、言葉による聖母子像として見事であると思い返して、この二十句選では選び直した。


2011年7月30日土曜日

【林田紀音夫全句集捨読・番外編】二十句選 1/4 野口裕

【林田紀音夫全句集捨読・番外編】
二十句選 1/4

野口 裕


1 少女が黒いオルガンであつた日の声を探す (p69)

紀音夫のロマンチシズムがよく出ている句。この句で思い出すのは、三鬼の「白馬を少女?れて下りにけむ」。白と黒、オルガンと馬を対比させてみれば、少女への視線は同質であるといえる。紀音夫句の場合、過去形の少女であるだけに、この時代特有の破調であるが、「黒いオルガンであった日の声」が、喪失感を良くつたえている。

   列の拘束いつまでも白いトルソ立つ
   鋼材を移し囚徒の歩幅に似る
   胸腔に海を湛えたながい失語
   遺体の泥は拭った後も忘れるな
   トンネルが奪う日本海上の星一粒
   沖の曇天パン抱いて漂泊をこころざす

個々の句の意味、個々の句の鑑賞は今回やらない。一気に連続六句を並べたのは、どうもこのあたりリズムが悪いなと感じるからだ。現代仮名遣いの変更にともなって、口語文脈を句に取り入れようとしたせいだろうか。「立つ」。「似る」が必要なのか、などとどうしても考えてしまう。実験中という不安定さを抱えている、としておこう。ただし、トンネルの句は捨てがたい原石の輝きを放っていると見た。(「林田紀音夫全句集拾読」から)


2 トンネルが奪う日本海上の星一粒 (p70)

表現上、海ではなくなぜ日本海なのかを考えてゆくと、芭蕉の「荒海や佐渡によこたふ天河」に突き当たる。

照明のある列車の室内から窓の外の星の光を見ようとすると、列車内の光景には目を背け、ひらすら窓の外を見つめ続けなければいけない。しかし、そうしても天の川どころか星ひとつがいいところ。だが無情にも、トンネルはそれさえも奪ってしまった。芭蕉句を巡る思索はそこで中断された。

上述の文は、紀音夫句が抱える戦後史とは無縁である。そこを考えてゆくと、日本海は別の歴史から導かれることになるだろうが、とりあえずこう解釈しておく。


3 その日が食えた明るさの乾いた陸橋 (p73)

その日が食えたことへの喜びを表す句とも取れるが、喜びよりもとまどいがあるように感じる。喜びを表す物として「乾いた陸橋」を持ち出してきたとは考えにくい。

時代は、高度経済成長のまっただ中。それまで必死に生きてきたけれど、そんなに事はうまく運ばなかった。なのに、今頃なんでこんなにうまくいくのか。陸地を渡るのに橋が要る。何か変だ。そんな気分ではなかろうか。(「林田紀音夫全句集拾読」から)


4 騎馬の青年帯電して夕空を負う (p74)

一瞬の幻想が現れる。句自体は旧知なのだが、句集の流れの中に出現するとびっくりする。林田紀音夫は、第一句集以前の作品、戦前の作品を残していない。何かその辺に根のあるような句ともとれるのだが、思い過ごしかもしれない。余談ながら、「騎馬」の誤変換で「牙」が出てきたのも興味深い。(「林田紀音夫全句集拾読」から)

騎馬はそれほど日本の風景とはなり得ない。そこで考えられるのが、紀音夫が従軍体験で得た華北の風景。「馬賊」というような言葉も、紀音夫にとってそれほど遠いものではなかっただろう。この句は、「火の剣のごとき夕陽に跳躍の青年一瞬血ぬられて飛ぶ」(春日井健)と発想を同じくすると考えられるが、春日井の歌が過去からも未来からも切れて、今この瞬間の光景であるのに対し、紀音夫句は「夕空を負う」となっているように、過去を背負っている。紀音夫は歴史から逃れられない。


5 いつか星ぞら屈葬の他は許されず (p77)

古代の人が、屈葬を行った理由については諸説ある。

A 掘らなければならない墓穴が小さくてすむためという省エネ説
B 胎児の姿勢をまねて再生を願ったとする説
C 休息の姿勢であるという説
D 死霊を恐れた事が原因とする説

これらの説が互いに隔たっていることから、屈葬に対する意識が変遷したのではないかと想像できる。その変遷は、屈葬が次第に消滅していったことから、屈葬に対して肯定的なものから否定的なものへと変貌したのであろうと想像することも容易である。紀音夫句の「許されず」は、意識が変遷しきった後の否定的なところから出た言葉なのだろうが、句にはどこか2にあるような肯定的な気分も漂う。それは、「いつか星ぞら」というような俳句では滅多に見られない悠長な出だしに起因すること大である。「星空」ではなく、「星ぞら」とかな交じり表記にしていることもそれを補助している。「許されず」と命令した他者の絶対性には抗いがたいとする感性を、古代の悲劇ならよくあることだが、近代に至った今日において表現するのは難しい。しかし、この句はその難事を、悠長な出だしをトランポリンのバネのように利用して軽々と超えてみせる。

ちなみに、春日井健に「跳躍ののち風炎がかぶされり屈葬の型にうづくまる背に」がある。歌集「未成年」では、「火の剣の…」の二首後である。

『Melange』の編集長、寺岡良信氏の作品がいつもながら俳句と詩の接点を感じさせて刺激的である。

 伝説   寺岡良信

 溺谷の淵で夕陽を拾つた
 銃眼の底で月光を拾つた
 霧氷を泳いできた馭者の嗚咽も
 今日腑分けされる白鳥の吐息も
 遠い故国のリラ冷えの甌ほどに
 つめたい
 曉が地に命じてとどけた泉に
 沐浴せよ屈葬の囚人たち
 曉は伝説を燃やす青い焚書の炎
 オリオンは磔刑のまま頤の奥に
 無垢なわたしを射る

思わず、林田紀音夫の「いつか星ぞら屈葬の他は許されず」を意識したかをたずねると、十分意識していたとの答だった。「無垢な」の部分に疑問もあるが、全体としては見事な詩になっている。俳句から離れて俳句と出会う。いつも、不思議な体験をさせてもらっている。(「林田紀音夫全句集拾読」から)

2011年4月30日土曜日

●週刊俳句・第209号を読む 野口裕

週刊俳句・第209号を読む

野口 裕

咲き満ちし花のまはりの放射能
先は海さくら被りに小名木川
遠き花近き花見て舌の根憂し  関根誠子

こういう風に三句並ぶと、真ん中の小名木川がえらく綺麗に見えてくる。さくらに鎮めの効能があるかどうかはよく分からない。しかし、鎮まれと祈るのは作者であり、作者と共にある読者でもあるだろう。


白梅はゆふべ枕にふれてゐた  羽田野 令

時期が時期だけに、十句すべてが時事吟のように見え、日常吟のようにも見える。白梅にとり、「ゆふべ」はどのような時であったのだろうか。読者としては、永田耕衣を思い出すも良し、蕪村を思い浮かべるも良しというところ。


今井聖の「不死身のダイ・ハード俳人 野宮猛夫」に、「くつなわ首に捲く照三も野に逝けり」を評して、
この「事実」が本当の真実であるかどうか、そんなことはどうでもいい。言葉で書かれた「真実」と実際の事実は同じである必要はないし、事実の方がリアルを演出できるとは限らない。そんなことは百も承知だ。

ならば、言葉を駆使して想像でこんなリアルを作ってごらん。俳句は切り口の文学だ。その切り口が思想の開陳であろうと、そのときの「気分」であろうとなんであろうとかまわないが、読者としては作者の切実な「今」を感じたい。
とある。

一方、五十嵐秀彦は、週刊俳句時評第28回「弧は問いであり、問いが答えである」で樋口由紀子の『川柳×薔薇』を取り上げ、樋口由紀子の
言葉そのものは存在があり、意味を上回る動きをするので、どのような「私」も書いていくことができる
という言葉を紹介している。元の文を読むと、この引用の前には、「どうってことない「私」でも」がくっついている(なお、時評ではp28としているが、p25が正しいようだ)が、これを敷衍して行くと、今井聖の言葉と樋口由紀子の言葉の間には齟齬が生じる。

今井聖も、樋口由紀子も「言葉で書かれた「真実」と実際の事実は同じである必要はない」ことは承知している。しかし、そこから先が微妙にずれる。今井聖は、ちょっと難しいよというニュアンスを込めて、「言葉を駆使して想像でこんなリアルを作ってごらん」と言う。樋口由紀子はそれをできると言うはずだ。

時評では取り上げられていないが、『川柳×薔薇』には次のような一節がある。
自分の思いを「吐く」、これが新子(時実新子)流川柳だった。確かに「吐く」ことはすっきりする。似たような「吐く」の川柳に共感し、感動もし、仲間を見つけた連帯意識も芽生えた。しかし、私の「吐く」もネタがきれ、他人の「吐く」にも飽きてきた。日常と言葉の落差があまりにもなかった。(中略)何かが違ってきた。そこはもう私の居る「場」ではなかった。ある人に、「時実さんが大切に思うことが樋口さんにはどうでもよくて、樋口さんが大切に思うことは時実さんにはどうでもいいのだから、この師弟関係は続かないよ」と、それぞれの川柳を読んで感じたと言われたことがあった。その時はよくわからなかったが、これは重要なことだったのだ。(p172-173)
要するに、師との対決の中で、樋口由紀子には「吐く」を方法論として否定せざるを得ない状況が生じた、と読み取るべきだろう。行き着くところは、「言葉を駆使して想像でリアルを作る」となる。同じ文の中で、
時実新子が居なければ、私は川柳を書き始めなかった。『月の子』を読んだときの感動は忘れないし、川柳に出合う幸運をくれた時実新子には感謝している。しかし、川柳作家として時実新子を高く評価する田辺聖子は「川柳ほど人生経験の蓄積を要求される文芸はない」と言うが、この視点だけで川柳を捉えたくはない。そこで言葉をはかりたくない。(p173-174)
とも書いている。

私は、川柳と俳句の区別に無頓着である。無頓着であるからこそ、今井聖の言葉と樋口由紀子の言葉を別のカテゴリーに入れることはできない。したがって、二つの言葉のどちらに組みするかを決定しなければならないのだが、ことはそう簡単ではない。人生経験も貧弱で、想像力も人並み以下となると、事態は紛糾する。当方に分かることは、福島原発のまわりを飛び交う言葉よりは、よほど正直な言葉が二つ存在している、ということだけだ。

2010年6月23日水曜日

〔ぶんツボ〕リブチンスキ 『ねじとねじ回し』

〔ぶんツボ〕
ヴィトルト・リブチンスキ
『ねじとねじ回し この千年で最高の発明をめぐる物語』

文庫のツ ボ、略して「ぶんツボ」
野口 裕


大学に残って実験をしこしことやっていた頃、ちょくちょくプラスドライバー礼賛論を聞いた。生来の怠け者で手先の器用でない当方にも、サイズのぴたりとあったプラスドライバーが+の溝にしっくりとはまり、手元の力をムラなくねじ山に伝える気持ちよさはわかる。それは、マイナスドライバーではちょっと味わえない。マイナスドライバーはサイズがぴたりとあっている場合も、若干の不安な気分が残る。足場が悪い場合や、途中に障害物があり、ドライバーをねじ山に対して真っ直ぐに立てられない時は、ねじ山を潰してしまうのではないかと不安は一層つのる。そこで、プラスドライバー礼賛論者は、-の溝を+にするという、たった一手間でねじ山の崩壊を見事に回避した工夫をおりに触れては讃えるのである。

しかし、いつ頃こんな工夫が生まれたか? その点については礼賛論者も口を噤む。というよりも、そもそもそんな疑問を抱いたことがないだろう。かりに疑問を持ったとしてもどうやって調べれば良いか途方に暮れるのが関の山ではある。

本書、『ねじとねじ回し』の著者、ヴィトルト・リブチンスキが置かれた状況は、さらに茫漠としている。二十世紀が終わろうとしている頃、つまり、ミレニアムとかいう言葉が取りざたされた時期に、この千年間に発明された道具で最高のものは何か、その道具についてエッセイを、と編集者から注文を受けたのである。どうもそれがねじであるらしい、と見当をつけるまでにも、紆余曲折すったもんだが相当にある。

ほとんどの道具は千年以上前に発明されており、候補からずり落ちてしまうのだ。定規、水準器、のこぎり、かんな、のみ、槌、釘、釘抜き、錐、おおかたの道具の場合、古くは古代エジプト、遅くとも古代ローマにその原型がある。どうしても、適当なものが見つからないので、錐の発展型でお茶を濁そうかと考えていたところで、ブレイクスルーがやってくる。

一体なにがあったのかは、本書をひもといてもらうとして、とにかく彼は、古代ローマ人はねじとねじ回しを思いつかなかった、と知ったのだ。著者も驚いているように意外な事実ではある。そこから、最古のねじとねじ回しを探求する彼の旅が始まる。それは二段階に分かれ、まず最古のねじ回し、次に最古のねじ(ねじとねじ回しをセットで考えているので、この辺は若干曖昧ではあるが。)を探すという本書の進行になる。

ねじ回しの探求では、OED(オックスフォード英語辞典)から始まり、ディドロとダランベールの『百科全書』に突き当たる。ねじの探求では、アルブレヒト・デューラーの版画が登場する。もちろんその間にも、当方の知らない本がわんさか登場する。最古のねじとねじ回しがいかなるところに潜んでいるかは、これも本書にあたってもらおう。私なりのヒントを付け加えると、訳者あとがきにもそれについてのエピソードが添えられているように、日本の戦国時代と関連する。

最古のねじとねじ回しの探求が一段落すると、著者の関心は、ねじとねじ回しの発展史に向かう。ねじとねじ回しが、この千年で最高の発明ということを保証するのは、実はこの部分だ。ねじの発展は産業革命と密接に関係している。最初の計算機械、ディファレンス・エンジンもねじの発展なくしてあり得なかった。そして、アメリカ大陸に渡って後は、工場での大量生産の基礎を担う。

この歴史の中で、プラスドライバーも登場する。プラスドライバーが用いられる+の形状のねじ山はフィリップスねじという。しかし、著者のご贔屓はねじ山に四角い穴のある、ロバートソンねじにある。この文の冒頭で言及したフィット感を比べる限り、ロバートソンねじに軍配が上がるようだ。ではなぜ、フィリップスねじの方が使われるようになったのか?これも本書に当たっていただきましょう。

本書はこのあと、ねじを生産する機械としての旋盤の歴史(レオナルド・ダ・ヴィンチが顔を見せる)、グーテンベルグの印刷術を媒介として、ねじの前史に移る。最後にねじの父としてアルキメデスが賞賛されて、終わりを迎える。

文庫本として、最も薄い部類に入る本だが、内容は濃い。たとえば、本書の最後部にある一文、「ねじは古代中国で独自に生み出されなかった唯一の重要な機械装置である。」だけを取り出しても、西洋文明と東洋文明の違いなど、あれこれと考え出すきっかけをあたえてくれる。本書全体を貫く、道具に対する愛情も快い。文庫本の解説にあたる小関智弘氏の肩書、「元旋盤工、作家」がぴたりとはまり、イギリスの小説家アラン・シリトーの自伝などに触れた話題が、画竜点睛となっている。一読して損のない本であることは疑いない。

2009年11月27日金曜日

●鉄バクテリア 野口裕

鉄バクテリア

野口 裕


先日、職場の同僚が鉄バクテリアのことを聞いてきた。とたんに、

  鉄を食ふ鉄バクテリア鉄の中  三橋敏雄

が思い浮かんだが、俳句をやる人ではないのでその話は封印し、聞いてゆくと、どれくらいの倍率の顕微鏡で見えるのかを相談したかったようだ。そう言われても、鉄バクテリアを見たことがない。画像検索をしてみると、一点それらしいのがあった。

≫画像 http://www.dowatec.co.jp/img/tec/water01-02.jpg

バクテリアとしても小さなもののようで、最低で千倍ほどの倍率が必要になりそうだ。手持ちの顕微鏡では見えないだろうと返事した。その人は、河川の浄化に興味があり、鉄バクテリアがそれに一役買っていることから、調べ出したようだ。

興味を引く句でありながら、なぜ今まで鉄バクテリアの姿を調べようとしなかったのか、改めて考えてみると、句の最後の「鉄の中」がくせ者のようだ。鉄の中にあるんだったら見えなくてもしょうがない、と勝手に思いこんでいた。どんな句でも、虚心に読むというのは難しいものだ。思わぬ形で精読する機会を与えられたような気がした。


2009年11月2日月曜日

●「林田紀音夫全句集」読書会のお知らせ

「林田紀音夫全句集」読書会のお知らせ

1.日時 11月8日(日)13:30~16:30
2.場所 神戸三宮「カルメン」 
   http://www.warp.or.jp/~maroad/carmen/
3.費用 一次会無料、二次会(希望者は同場所で夕食)
4.主題
  句集以後の時代における、海程発表句と花曜発表句の比較:野口裕
  林田紀音夫はどう論じられてきたか?:大橋愛由等

 

野口が営々と続けている「林田紀音夫全句集」の読みの作業も、現在「花曜」発表句の平成八年を残すところまで来ました。あとは、膨大な未発表句をどう読むかを残していますが、とりあえず林田紀音夫の句業を一望できる地点までこぎ着けました。

今回の読書会は、野口の句集以後の句の変遷を辿る作業と、林田紀音夫がどう論じられてきたかを大橋愛由等が報告します。会場が若干遠くなる人も多いと思いますが、時間の許す方はどうぞお立ち寄り下さい。(野口裕)

10月にやるべきところ、報告者の希望で11月になりました。みなそれぞれ企画があるので、読み込みのいるものはこれくらいのインターバルが必要でしょう。そのかわりこの一回の時間は重厚です。ご期待下さい。

好調大橋さんが名乗りを上げて独自の切り込みをされる模様、期待しましょう。時間があれば、最近の話題を話し合いましょう。(堀本 吟)

2009年7月23日木曜日

●団子虫 野口裕

団子虫

野口 裕


スライドを映写して見せる。1枚目は晩秋の山道、落ち葉がたくさんつもっている。2枚目は夏の山道。あれだけあった落ち葉が見あたらない。どこにいったのか? そこで、3枚目に出てくるのが団子虫。せっせと落ち葉を食べて綺麗に分解してしまうのだ。

昔々中学校の理科を教えていた頃、生産者・消費者・分解者の区別を説明するのにそんなことをやった。もっと遡ると、子どもの頃にいったん丸くなったものがいつになったら元に戻るのか、じっと見ていた記憶もある。結局、元に戻るのを待ちきれず放り出してしまったようだが。

その団子虫が、オカダンゴムシというヨーロッパからの帰化動物だったと知ったときの驚きは大きかった。似た種のワラジムシも同じく帰化動物らしい。

ダンゴムシ≫http://homepage2.nifty.com/e-mon/dango/dango.html
ワラジムシ≫http://ja.wikipedia.org/wiki/ワラジムシ

数多ある歳時記を全部ひもといたわけではないが、ダンゴムシもワラジムシも季語ではない。そのせいか俳句データベースで、ダンゴムシ(団子虫)やワラジムシ(草鞋虫)を検索してもほとんどヒットしない。(俳句検索で1句、続俳句検索で10句)夏の季語となっているフナムシ(船虫、舟虫)を検索した場合(船虫で俳句検索18句、続俳句検索で13句、舟虫で俳句検索75句、続俳句検索で66句)との差は歴然としている。

フナムシは昔からいるが、ダンゴムシはそうではない。その差ではないかと考えることもできるだろう。たしかに、在来種のダンゴムシは森の奥や海岸にいたらしいので、人目に付く量には差があったのかも知れない。

そこで同じ時期に日本にやってきたものと比べてみる。団子虫がいつ頃、日本に渡ってきたかについて確定的なことは言えないようだが、おそらく明治時代に渡ってきたのではないだろうか。同じ頃に渡来したと思われる詰草(クローバー)を検索してみるといくつかの句が見つかる(詰草で俳句検索5句、続俳句検索6句、クローバーで俳句検索17句、続俳句検索で10句)。季語であるかどうかの差が若干出ているようだ。

季語という、言葉に対して仕掛けた社会的装置の威力は非常に大きい。そのため、外界への認識に対してフィルターをかけることの結果がその差だろうか。団子虫の句、もうちょっと増えても良いように思う。

2009年2月21日土曜日

●野口裕 亀の鳴き声

亀の鳴き声

野口 裕


「亀 鳴き声」で検索してみると、結構鳴くのを聞いたことがあるというのが見つかった。

http://www.youtube.com/watch?v=kPew-uSp69A
http://dougakun2nd.blog120.fc2.com/blog-entry-39.html
http://hw001.gate01.com/riku-net/mosikasitebyouki.2.html

いつごろの「俳句α」だったか定かではないが、ある女性講談師が飼っていた亀の鳴き声を耳にしたという話を枕に、自分も子どもの頃に飼っていた亀が鳴いたのを聞いた、というような話を三橋敏雄が書いていた。亀は鳴くものだと思った方が良さそうである。

さて、「亀鳴く」ということを主題にした俳句に対する読者の態度は、鳴かないはずの亀が鳴いたのを聞いたよ、というまことしやかな話を額面通りに受け取ることで成立する。したがって、本当は亀は鳴くはずだということを知っている読者としては、鳴くはずのない亀が鳴いているよという嘘をのうのうと吐いている俳句を、嘘と知りつつ楽しむという非常に高級な態度で臨まなければならない。

亀は実際には鳴かないんだよ、というような講釈が始まると、あんたそれは違うで、と言いたくなるが、我慢我慢。