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2011年4月13日水曜日

●熊本電停めぐり11 二本木口(合同庁舎前)・下

熊本電停めぐり 第11回
二本木口(合同庁舎前)(にほんぎぐち・ごうどうちょうしゃまえ)・下

中山宙虫


商店街と言っても、昔の賑わいはなく、店も数少なくなっている。
その四つ角にふたつの飲食店。
蕎麦屋の老舗。


そして、熊本ラーメンの人気店。


ここはいつも人が多い。
観光客もマップを持ってやってくる。
ラーメンはこんな感じ。
白濁の豚骨ラーメン。


この画像の奥に延びているのが二本木商店街の通り。
ここでは、右から左へ歩いている。
更に左へ歩いて行くと、ほどなく大きな川にぶつかる。
熊本の中心地を流れる白川だ。

突き当たりの階段を上ると白川の堤防道路。
そして、そこに架かる「世安橋」。
この橋は自動車は通行できない。
人と自転車の橋。


橋の上から熊本市の中心地方面。


ここまでてくてく5分ちょっと。
また引き返して電停へ向かう。


途中、三嬌橋で川をのぞいていたら、甲羅干しをする亀を発見。
小さいから見えるだろうか?
かなりの数の亀が住んでいるようだ。


そして、電車が待つ「二本木口」へ帰り着いた。



次回は「熊本駅前」

2011年4月12日火曜日

●熊本電停めぐり11 二本木口(合同庁舎前)・上

熊本電停めぐり 第11回
二本木口(合同庁舎前)(にほんぎぐち・ごうどうちょうしゃまえ)・上

中山宙虫


A系統 田崎橋・熊本駅前~健軍町の2番目の電停。


4月4日(月)
18時。
「田崎橋」を出た電車は、すぐにこの電停「二本木口」に着く。
このふたつの電停は恐ろしく距離が短く、百メートルあるかないかの距離。
「田崎橋」に着いた電車はすぐに折り返してくる。


電停の名前の二本木は、合同庁舎の反対にある古い町。
その昔、この二本木は遊郭として有名だった。
その名残も随分と消えてしまったが古い町並みと旅館などにその雰囲気が残っているような感覚がする。
そこで、ここ「二本木口」電停から坪井川に架かる三嬌橋を渡り、二本木地区を横切って見ることにする。



旅館やビジネスホテルが建ち並んでいるが、通りにはけっこう飲食店が多い。
ラーメン屋、寿司屋、スナックなどなど・・・・。



寿司屋の隣の白い建物は「熊本朝日放送」の本社ビル。
その本社の前のコンビニ。
おばあちゃんがいつも立っている。


と思ったら、おばあちゃんの等身大のパネル。
この店のマドンナらしい。
店にその姿を時々見る。
ちゃんと動いていた。
途中で三嬌橋方面をふり向くとこのような感じだ。


すぐに道は商店街を横切る。

(つづく)

2011年3月30日水曜日

●熊本電停めぐり10 田崎橋(たさきばし)・下

熊本電停めぐり 第10回 田崎橋(たさきばし)・下

中山宙虫


3月1日に熊本市交通局は市電の路線名と電停の名前をリニューアルした。
これまで、2号線と3号線と表示していた運転系統をA系統とB系統とした。
A系統はこの田崎橋から建軍町までの路線。
B系統は第9回までに紹介した上熊本~建軍町までの路線。
電停にナンバリングがされて、この田崎橋が1番となっている。
なお、既に紹介済みのB系統の電停のうち「本妙寺前」の電停は「本妙寺入口」と改名されている。
そして、3月12日(土)。
静かに九州新幹線は博多から鹿児島中央駅まで全線開通。
前日の11日の未曾有の大震災が東北関東地方を襲ったため、九州新幹線の開通イベントは軒並み中止となって静かな開業スタートとなった。



さて、「田崎橋」電停は、もちろんここから先は線路がない。
駅前の再開発で道路のど真ん中にあった線路が鉄道側に移設し、軌道には芝生を敷き、緑化とともに都市熱の抑制を目指している。
緑化は駅前までと市役所前あたりの二か所されている。



さて、再びこの電停から終点建軍町を目指すとするか。

次の電停は「二本木口」

2011年3月29日火曜日

●熊本電停めぐり10 田崎橋(たさきばし)・上

熊本電停めぐり 第10回 田崎橋(たさきばし)・上

中山宙虫


A系統 田崎橋・熊本駅前~健軍町の1番目の電停。




3月22日(火)
16時。
熊本は、昨日開花宣言。
この田崎橋電停から徒歩5分のところにある熊本市立古町小学校の桜が開花宣言の標準木になっている。


実は、九州新幹線の開通(3月12日)に合わせて駅周辺の再開発で国の合同庁舎がこの電停の前に移転してきた。
熊本地方気象台もこの合同庁舎に入居したため、いままで気象台のなかにあった標準木の桜が使えなくなり、今年からここの桜を標準木としたのだ。
写真の中央に田崎橋電停。
左のビルが熊本地方合同庁舎。


熊本駅を中心にして再開発が進む熊本駅前だが、写真の坪井川を挟んで古い街並みが広がっている。
この坪井川にかかるのが田崎橋。


この周辺にはなぜか石仏や地蔵がとても多く、路地ごとにぶつかる感じがする。
そのひとつが放牛石仏。
放牛というひとが少年時代に武士に無礼打ちされた父を偲んで全部で107体の石仏を建立したというもの。
享保時代(1970年代)のもの。
写真はそのうちの30体目と39体目の石仏である。
田崎橋のたもとにある。


(明日に続く)

2010年12月22日水曜日

●熊本電停めぐり09 西辛島町 中山宙虫

熊本電停めぐり 第9回 西辛島町(にしからしまちょう)

中山宙虫

熊本市交通局路面電車の路線図

3号線上熊本駅前~健軍町の9番目の電停。
上熊本から所要時間10分。


12月14日(火)
16時。
日暮が早くなったため、仕事を終えてからではなかなかうまく撮影ができない。
この季節、街にはいろんなイルミネーションがきらめいているが、繁華街はすぐそこなのに、なんとも地味な電停がここ「西辛島町」。
熊本市の古い町並みは姿を消し、この電停のまわりは立体駐車場やホテルといったビルが立ち並んでいるところだ。
線路が中央を走る道路はここから片側二車線となり、広くなっていく。






この電停は、3号線単独の電停としては、最後の駅となる。
次の電停「辛島町」との間で、2号線田崎橋・熊本駅~健軍町と合流することになり、辛島町から終点の健軍町まで2号線と併用されている。
ちょうど、その分岐点を2号線の電車がすれ違っていた。













地味な景色のなかにもこういった呉服屋や飲食店などがこじんまりと存在する「西辛島町」。
もうすぐクリスマスといった風景も。


また、この電停では、熊本駅方面への乗り継ぎができない。
乗り継ぎは次の「辛島町」で可能となるうえ、熊本駅方面へ電車を利用するとすれば、2号線の電停が別れてすぐの場所にある。
そのうえ、バスセンター「熊本交通センター」がすぐそばにあるため、利用者がそう多くはない印象。
乗客の乗降がなく通過することも多い電停だ。


















さて、熊本の市電の運行系統が2号線と3号線となっているが、過去この運行系統は最大で7系統を有していた時代があり、そこから利用者の減少などで廃線が進み、現在はこの2系統が残されているのである。
ちなみにかつて存在した1号線は、田崎橋 - 熊本駅前 - 辛島町 - 水道町 - 子飼橋という系統で、水道町-子飼橋間が廃線されて消えてしまった。
2011年3月には、九州新幹線の開業に併せ、路線や電停が改名されることが発表されている。
その時点で2号線はA、3号線はBと改名されるようで数字での表示はなくなるようである。
また、現在熊本市は2012年に政令市への移行を目指していて、都市交通の中心的存在として市電の延伸なども検討されている。
モノレールなどの新交通を検討したが、予算的な問題などで立ち消え、この市電が重要な存在となっている。
道路の中心を走る路面電車が交通渋滞を引き起こす悪者とする時代を潜り抜け、ここに来て存在感を高めているのは皮肉だ。



自分のスピードで熊本の街を走り続けている市電。
今日も、この電車の揺れに身を任せて、通勤をしている人々のなかのひとりとなっている。
帰りの電車が来た……

2010年11月8日月曜日

●熊本電停めぐり08 新町 中山宙虫

熊本電停めぐり 第8回 洗馬橋(せんばばし)

中山宙虫

3号線上熊本駅前~健軍町の8番目の電停。
上熊本から所要時間10分。

10月27日(水)
16時。
所用で仕事を休む。
その帰りにやってきた。
専用軌道を抜けて出てくる電停がここ「洗馬橋」。










ここは、あの童謡「あんたがたどこさ」の舞台とされているところ。
正式には「肥後手毬唄」というそうで、全国的に知られているまりつき唄。
そんなわけで周辺には狸の像があちこち。







郵便局のポスト。










画材店にも。










もちろん電停にも。
この狸の像「ふれあい親子狸」には御利益がありそうな看板も。


そして、電停の名になっている橋にも。










しかし、よく見てみるとこの橋の反対側には、へんてこな海老が乗っている。
「あんたがたどこさ」に海老が出てくるらしい。
記憶をたぐってみると、そのような気がする。
船場橋の案内板のうえのへんてこな格好をしているのが海老。












歌詞をたぐってみると。
♪あんたがたどこさ 肥後さ 肥後どこさ 肥後どこさ 熊本さ 熊本どこさ 船場さ 船場山には狸がおってさ それを猟師が鉄砲で撃ってさ 煮てさ 焼いてさ 食ってさ それを木の葉でちょいと隠せ♪
狸が出てくる。
これにあわせて女の子たちはまりをついた。
「ちょいと隠せ」でまりを背面キャッチしていた記憶がある。
スカートの時代はスカートのなかに隠してフィニッシュもあったような話だ。
さて、えびはどうなのか?
もうひとつの歌詞。
♪あんたがたどこさ どこさ 肥後さ 肥後どこさ 熊本さ 熊本どこさ 船場さ 船場川にはえびさがおってさ それを漁師が網さでとってさ 煮てさ 焼いてさ 食ってさ♪
えびが出てくる。
こういう歌詞があったのだ。
ところで、この唄は埼玉県川越が発祥とする説がある。
考えてみれば、熊本にいて、「あんたがたどこさ?」と問われ、「肥後・熊本」と答えるのも変な話。
旅先で、問われ答えた話とすればわからなくもない。
真相は狸と一緒に藪のなかでいいか。
それに橋の名は「船場橋」と明記されている。
昔、このあたりが船着き場だったようで、この名がついたという。
電停の名は「洗馬橋」。
船着き場で荷を運ぶ馬を洗ったからなのだろうか?
もうひとつ、船場橋が渡る川は「坪井川」。
船場川はない。
ましてや、山があるような場所ではない。
船場山はどこだったのだろうか?
案内板には藪だったという記述があるが、今はもうすっかり市街化してしまって、狸の住める場所はない。
電車はこの「船場橋」を渡って、熊本市の中心部へ。
ここまでは、古い街並みが続いていたが、随分にぎやかになっていく。
電車がきた。
右側の電車が「建軍町」行き。


橋を渡るとき気づいたことがある。
熊本城が見える。
ほんの一瞬だが。
この路線でここがまず最初に熊本城の天守閣を見ることができる場所だったのだ。
坪井川に沿った熊本城の石垣。
手前は、今は県立高校が建っている。
この石垣にひょっとして狸は棲んでいるのかもしれない。
そう思う。


次回の電停は「西辛島町」。

2010年10月22日金曜日

●熊本電停めぐり07 新町 中山宙虫

熊本電停めぐり 第7回 新町(しんまち)

中山宙虫

3号線上熊本駅前~健軍町の7番目の電停。
上熊本から所要時間8分。


10月13日(水)
18時。
新町。
この電停の周辺にはかなり古い建物が残っている。
玩具の問屋街などもこの周辺に存在したりする。
倉庫なども多々残っていて、若者たちが新しい店をオープンさせたりして密かに盛り上がっている地区もあるようだ。
それでも、その昔のにぎわいはなく、どこか時代めいた空気がある電停の周辺だ。


その時代めいた空気を漂わせているのが「長崎次郎書店」。
政府発行物官報などを扱っているようで、実際にはなかに入ったことはない。
しかし、この建物は、国の登録有形文化財に指定されている。
木造二階建ての建物で、大正時代の建物。
http://bunka.nii.ac.jp/SearchDetail.do?heritageId=137761
その趣は、なかなかのものだ。
こういう建物を撮影しようとすると、邪魔になっていしまうのが市電の架線の支柱関係。
道路を渡っているため、遠景で撮ろうとすると必ず入ってくる。
まあ、それが熊本市内の光景だとすれば、当たり前の世界なのだから文句をいうものでもないとあきらめている。
夕暮れが迫り、あわててシャッターを押すと・・・・。
やってしまった。
ぶれぶれの写真。













気づくと周辺には灯がともり始める。
やわらかい灯が電停周辺を照らす。
この電停と次の電停の間、電車の軌道は専用軌道となり、道路中央から住宅街のなかを走ることになる。
いつもは道路信号で止まる市電だが、この間だけは、踏切が2か所あり、止まることのない区間となっている。
いままでの区間とは違う景色が楽しめる。
そして、ここのように電停にベンチがあるところは数少ない。
電車が来るまでの間、腰をおろしてゆっくりするのもいい。
この辺りにも鉄道マニアらしき人物がカメラを抱えて立っていることが多い。
携帯カメラであちこち写している自分も同じなのだろうが。
残念なことに電車の車両のことは詳しくない。
低床電車がやってきた。
電停を含めてスクランブルの横断歩道になっている。
ちょうど青信号。
まだ間に合う。
今日はこの電車で帰宅しよう。


そして、専用軌道を走る。
普通の鉄道のよう。
夕暮れのなか、快調に次の電停に向かう。


次回の電停は「洗馬橋」。