西鶴ざんまい #95
浅沼璞
此の夕孤猿身を断つ峯の花 打越
山吹しぼむ岸の毒水 前句
神軍春の丸雪におどろかせ 付句(通算77句目)
『西鶴独吟百韻自註絵巻』(1692年頃)
【付句】
三ノ折・裏13句目。花の定座だが前述のとおり二句引き上げられている。 春(春の丸雪・あられ)。 神祇(神軍・かみいくさ)=神々の戦い、または神の軍勢。
【句意】
神々の軍勢は(時ならぬ)春の霰を降らせ(敵を)おどろかせる。
【付け・転じ】
毒魚による水の有毒化を、神軍によるものと見替えての転じ。
【自註】
*古代もろこしより**嶋人の数かぎりもなく海船に乗りつゞきて日本(に)渡りしを、***住吉明神をはじめとして、風の神、****番袋の口をあけて、俄に大風を吹かせ、雨の宮は時ならぬあられをうら/\にふらせ給へば、是(これ)皆毒液となつて、是はならぬとにげて行くとぞ。
*古代もろこしより……=奈良絵本「八幡本地」、謡曲「白楽天」などによる。
**嶋人(しまびと)=外国人。ここでは唐土人。
***住吉明神=海の神として信仰された。〈住吉の神、近き境をしづめ守りたまふ〉(源氏・明石)。〈すみよしも力一ぱい神軍〉(大矢数・第二十一)。
****番袋(ばんぶくろ)=雑多なものを入れる大きな袋。ここでは風神の持つ風袋。
【意訳】
むかし唐土から唐土人が数限りなく船に乗ってつぎつぎ日本にやってきたのを、住吉明神をはじめとして(神々が集まり)、風神が風袋の口をあけて突然強風を吹かせ、雨の宮の神が季節外れの霰を浦々に降らせなさると、それによって海水はみな有毒化されて、これはいかんと(唐土人は皆)逃げ帰ったとか。
【三工程】
(前句)山吹しぼむ岸の毒水
あらたかな住吉の神なし給ふ 〔見込〕
↓
もろこしの海船つゞく神軍 〔趣向〕
↓
神軍春の丸雪におどろかせ 〔句作〕
海水の有毒化を、住吉の神によるものと見替え〔見込〕、〈なにが目的か〉と問うて、唐土との海戦で相手の船を追い払うためとし〔趣向〕、春の霰による撃退法を素材とした〔句作〕。
【テキスト考察】
神風の元ネタとして、前述のとおり「八幡本地」や「白楽天」を諸注はあげている。くわえて元寇に言及しているものもある(『訳注西鶴全集2』、『新編日本古典文学全集61』等)。しかし自註にある「あられ→毒液」の出どころは判然としない。元寇で毒矢が使われたのは知られているけれど、使ったのは敵側だし、霰とは関係がない。「あられ→毒液」は前句の「毒魚→毒水」を転じた西鶴の創作であろうか。元ネタの有無についてはもう少し調べてみる必要がありそうだ。
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