2026年6月19日金曜日

●金曜日の川柳〔ヒロハシサギ〕暮田真名



暮田真名





まな板の裏を見せ合う恋人たち  ヒロハシサギ

見せ合っている、ということは、一人一枚まな板を持ち、まな板は最低でも二枚以上あるということだ。所有するまな板の枚数には個人差があるだろうが、わたしは一枚である。だからだろうか、この句の「恋人たち」はまだ同棲はしておらず、それぞれの家にあるまな板を持ち寄っているような気がする。

両面使うことにしているというのでなければ、まな板の裏をまじまじと見る機会はなかなかない。伏せられているものを持ち上げて見るという動作は、石の裏のダンゴムシを観察する行為をも想起させる。とくべつ美しくもない、秘められた領域を見せ合うという意味では、まさしく恋人たちにふさわしい行いと言えるかもしれない。

おもしろいのは、立てられたまな板は、恋人たちを隔てる壁にもなっているところだ。さながら、盾のように。近づきつつ遠ざかる、遠ざかつつ近づく。平熱の恋の句である。

2026年6月16日火曜日

【新刊】鴇田智哉『高屋窓秋の百句』

【新刊】
鴇田智哉『高屋窓秋の百句』



版元ウェブサイト



2026年6月12日金曜日

●金曜日の川柳〔天谷由紀子〕八上桐子



八上桐子





櫛の歯は等間隔で逃げられぬ 天谷由紀子

手に取った櫛の歯の等間隔を意識したとき、まるで檻のようなその内側に閉じ込められている自分を発見したのだろう。

この句は、誰(なに)が、どこから逃げられないのか書かれていない。窮屈な社会や組織、家庭のことかもしれないし、櫛の歯自身としても読める。

作者本人のことと読んだのは、句集のなかに、どこか危うい状況を冷静に書きとめた作品が多いせいだ。

おはじきと鍋の間にある扉

満月になるまで鉛筆を削る

ひなげしが折れないように受話器おく

目に映るこの世界の歪みと、そこにいる私を淡々と見つめている。

石には石の力があって、ぎゅっと握りしめると安心するように、折々にひらいてしまう句集なのだ。

『白いみしん』 (2001年/私家版)

2026年6月8日月曜日

★週刊俳句の記事募集

週刊俳句の記事募集


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時評的な話題

イベントのレポート

これはガッツリ書くいていただくのはなかなか大変です。それでもいいのですが、寸感程度でも、読者には嬉しく有益です。



そのほか、どんな企画でも、ご連絡いただければ幸いです。

2026年6月5日金曜日

●金曜日の川柳〔千春〕西原天気



西原天気





どうしよう赤信号が幻に 千春

《赤信号が幻に》なった瞬間からの、この人のこの状態から推測するに、信号機のサインは、なんらかの標/導(しるべ)であったにちがいない(信号機側からすると、それは本懐だ)。

ここで、読者たる私が、この人に向かって告げることは、もう決まっている。

赤が幻になった以上、そこには青しかない。否、青も黄色もない。どうしようもないくりあ、どうにでもしていい、何をしようがかまわない、ということだと思いますよ、はい。

世界ぜんぶが、この人の意のままになる。この人のものになる。その一瞬手前の「どうしよう」。一歩手前の不安や逡巡。それは、歩き出す、駆け出す前の足踏みなのだと思います。

掲句は千春句集『こころ』(2024年4月15日/港の人)より。