
まつりぺきん
雑草に名前をつけて抜いている 野沢省悟
「雑草」とひとまとめに呼んでいるあいだは、一本一本の違いを気にせずに済みます。
そうして見過ごしていた一本に目を向け、名前を与える。
ところが、名前をつけたからといって、抜かないわけではありません。
しかも、その植物がもともと持っている「名前を知って」ではなく、勝手に「名前をつけて」です。
名づけは相手を個として認める行為であると同時に、自分の側へ引き寄せる行為でもあります。
せめて名前くらいは――という、ささやかな罪滅ぼしなのでしょうか。
名前を与えられた一本は、もはやひとまとめの「雑草」ではありません。
それでも手は止まらず、次の一本へ移っていきます。
優しさが残酷さを押しとどめるのではなく、優しさのまま抜いていく。
「抜いている」という結びが告げるのは、その手つきがまだ続いているということだけです。
「触光」第86号より
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