2026年2月4日水曜日

●浅沼璞 西鶴ざんまい #90

 

西鶴ざんまい #90
 
浅沼璞
 

  儒の眼より妾女追出す    打越
 八徳を何のうらみに喰割れ   前句
  鴻の巣おろす秋の夜の月   付句(通算72句目)
『西鶴独吟百韻自註絵巻』(1692年頃)

【付句】
三ノ折・裏8句目。  恋離れ。  秋=月の定座の二句引き上げ。  鴻の巣(こふのす)=コウノトリの巣(高木や大寺の棟瓦などに作られる)。

【句意】
コウノトリの巣を(木から)おろす秋の夜の月。

【付け・転じ】
食い裂かれた八徳を、コウノトリの巣材と見なし、恋から転じた。

【自註】
惣じて、梢の鳥、巣に、ちり塚のちりの中より、文反古(ふみほうぐ)あるひは落髪(おちがみ)、わけもなきさま”/\を集めける。中にも*大鳥の巣には、帯、たすき、洗ひぎぬの片袖などかけ来たりて、人に迷惑いたさせける。

*大鳥(おほとり)=コウノトリの俗称。

【意訳】
だいたい梢の鳥は、ごみ溜めの中から、紙屑あるいは頭髪、どうでもよい様々なものを巣に集めてくる。わけてもコウノトリの巣には、帯、襷、洗濯物の片袖などかっ攫って来て、人に迷惑をかける。

【三工程】
(前句)八徳を何のうらみに喰割れ

  大鳥の巣に帯・襷など  〔見込〕
     ↓
  高き梢の巣をおろすなり 〔趣向〕
     ↓
  鴻の巣おろす秋の夜の月 〔句作〕

コウノトリが巣材として人の衣服を食い裂いたと見なし〔見込〕、〈どう対処するのか〉と問うて「巣をおろす」とし〔趣向〕、月の定座が近いので、視界のきく満月の晩とした〔句作〕。

【テキスト考察】
『訳注西鶴全集2』によると、巣は「樹の命を害する」そうです。だから巣をおろすわけで、さらに「昼間は親鳥が怒つて人に危害を及ぼすから、これを避けるため夜する」とあります。とりわけ満月の晩なら視界もきくことでしょう。

ところで『新編日本古典文学全集61』では「鴻の巣」を俳言と明記しています。やはり身近な世俗の言葉ということなのでしょう。かたや下七「秋の夜の月」は、〈秋の夜の月にこころのあくがれて雲ゐにものを思ふころかな/花山院〉などがあるように歌語と解せます。とすれば、歌語/俳言という雅俗の取合せになっていると解せそうです。

そういえば芭蕉にも〈鸛の巣もみらるゝ花の葉越哉〉の発句があります。〈鸛(鴻)の巣〉の俗と、花(山桜)の雅との取合せかと思われます。

 

2026年2月2日月曜日

●月曜日の一句〔正岡子規〕西原天気



西原天気






天地を我が産み顔の海鼠かな  正岡子規

『ナマコの眼』という名著がありますが(鶴見良行著/1990年)、海鼠に眼はないそうです。なので、顔といえるものがあるかどうか。ただし、頭と尻はある。つまり前後はある。

海鼠は〈天地(あまつち)〉を創造したかのような顔をしている、と言われれば、顔はなくても、そうかもしれない。子規には、《渾沌をかりに名づけて海鼠かな》の句もあって、混沌と天地創造と海鼠が、アタマのなかでセットになっていたようです。

ところで、子規は、「天地混沌として未だ判れざる時腹中に物あり恍たり惚たり形海鼠のごとし。海鼠手を生じ足を生じ両眼を微かに開きたる時化して子規となる。」という文章も残しているそうです(≫規と漱石の海鼠)。

眼のない海鼠が眼を得たもの、それが自分だ。というわけで、海鼠にはなみなみならぬ親近感を抱いていたのかもしれません。

 

2026年1月30日金曜日

●金曜日の川柳〔江口ちかる〕まつりぺきん



まつりぺきん

※樋口由紀子さんオヤスミにつき代打。



海辺まですべっていった相撲取り  江口ちかる

題は「相」。

意味が通っているものの、「なぜ?」と思わされるタイプの句。

語の連結から生み出される印象は叙情性とは異なり、奇妙でコミカル。

浄化や美をイメージしがちな「海辺」という自然物から入りつつ、「まで」と限定することで、体重(=びくともしない)を意識させます。

「滑って」と漢字ではなく、ひらがなに開いた点も滑稽味を強調していて効果的。

「相」という題で「相撲取り」を連想すること自体はむしろ安易な印象ですが、その上がったハードルなど軽々と飛び越えてくる軽やかな句…相撲取りなのに。

第30回杉野十佐一賞より。

2026年1月26日月曜日

●月曜日の一句〔斉田仁〕西原天気



西原天気






冬の空どんみりと坂垂らしけり  斉田仁

《どんみり》は「色合いが濁っているさま。空の曇っているさま」。語感にほぼ一致する意味合い。芭蕉に《どんみりと樗(あふち)や雨の花曇》がある。

空と坂を詠むにおいて、その垂直の関係のなか、この句は、空から坂へ、上から下への視線の移動。

動詞「垂らす」は、冬空と坂道、双方の重ったるさを伝え、《坂》が《冬の空》の一部、あるいは延長であるかのよう。となると、色も同じグレー系。句全体がモノトーンに。

掲句は句集『異熟』(2013年2月/西田書店)所収。

 

2026年1月25日日曜日

●寒泳

寒泳

寒泳のかたまり泳ぐ日の真下 細川加賀

寒泳のみな胸抱いて上がりくる 斉田仁

寒泳の田中小実昌ではないか 西原天気

寒泳の見るに忍びぬ画面かな 相生垣瓜人