2026年6月25日木曜日

〔週刊俳句1000号記念転載〕理念はない、熱情を信じない 西原天気

〔週刊俳句1000号記念転載〕
「グルーヴィーでチョイゆる」改め
理念はない、熱情を信じない

西原天気

『つくえの部屋』第5号(2020年4月)より
転載〔大幅改稿〕

俳句の集まりに出かけると、「毎週たいへんでしょう?」とよく訊かれます。創刊二〇〇七年四月のウェブマガジン『週刊俳句』の話です。運営をやっている私へのねぎらいなのか、社交辞令なのか、あるいはすなおに驚かれているのか、それはわかりませんが、いつも答えは同じ。「いいえ。じつは、あんまりたいへんじゃないんです」

理由はいろいろあります。まず、一人ではなく複数での運営であること。

これ、かなり重要。スタートは一人でした。理由は、一人のほうが始めやすいから。合議でコンセンサスを図ったりするのは時間がかかります。すぐに一人で始めて、始まったものをおもしがってくれる人がそのうち加わってくれるだろうという楽観もありました。実際、運営はしだいに増え、現在五名。

一人では絶対に続いていなかったでしょう。仲間、というとスウィートすぎますが、複数運営は、作業量等の負担のシェア以上に、精神的なメリットが大きい。一人じゃないってだけで心強い、愉しいってことはたくさんあるものです。

たいへんじゃない理由は、まだあります。仕組み。スタイル。かっこよくいえば、週俳運営という仕事をデザイン(いわゆる意匠ではなく、仕事の設計面)するのに、「ラク」というのを第一のテーマにしました。じゃないと続かない。

週俳運営には、無料のブログサービスの操作性やらページの構成やら記事の企画・原稿依頼・作成やらさまざまな作業・仕事が関わってきます。それらを「ラク」という基準でつくりあげていく。さらにいえば、「決めない」ことも、ラクをするには大事だったりもします。ぜんぶを決めておくことはない。必要が生じたときに決めればいいという考え方です。

エネルギー効率を重視したということです。クルマでいえば燃費の良さ。週俳運営の要諦は、そこに換言できるかもしれません。

熱意を信じない、ということもあります。

なにかをスタートさせるときは、一般論としてね、なにがしかの希望に燃え、気分は高揚する。だから、いろいろと夢がふくらむ。心身の負担に無理がきく。でも、そうした薔薇色の感情はいつか衰退する。となれば、負担が重圧となり嫌気がさす。熱意の増減にかかわらず続けていく。その意味でも、ラクな仕組み・ラクなスタイルが必須です。

一方、例えばの話、私自身の熱意がゼロになったら、どうするか。週俳運営に対するというだけでなく、俳句への熱意が皆無になったとき。

そのときは、俳句から離れ、週俳運営からも離れればいいわけです。誰かが抜けても、続けていく気のある人がもしいれば続いていくし、いなければ終わる。

ところで、週俳には理念がありません。

理念を掲げて、その実現をめざすというやり方も世の中にあるのですが、週俳はそうではない。特定の理念に俳人・俳句愛好者が蝟集するというのはなんだか大仰だし、ちょっと皮肉にいえば、理念を掲げることは、その欠落を表明しているようなもの、という側面もあります。つまり、ないものねだり。そうではなくて、週俳が続いていくうちに実現してゆくものがおのずと理念をかたちづくっていくという考え方です。

基本方針は、求心力ではなく遠心力。

例えば結社に必須の求心力は、週俳には不要です。求心力をもてば、望むと望まざるとにかかわらず、一つの党派になります。媒体である週俳は、党派と無縁であるべき、というか、無縁でいたい。

「俳句」と誌名に謳いながら、川柳の記事がある、さらには音楽の記事があるのも、遠心力の一端です。


と、ここまで、週俳について書いてきて、私自身の俳句との関わり方に思いが到りました。つまり、それが週俳のあり方になんらかの影響を与えているという可能性。

私の個人的な信条や資質、趣味嗜好などを週俳に反映させてはいけない。創刊当初から現在にいたるまでずっとそう思ってきましたが、どうも、そのへんはあやしい。どうしてもそうなってしまう部分もあるかもしれない(他の運営の人たちも、それは同様でしょう。例えば、いちばん古くから週俳に関わっている上田信治さんにしても、そう。週俳には上田信治的成分も含まれているにちがいありません)。

週俳が始まるおよそ十年前、ふとしたきっかけで俳句を身近にするようになって、いまだに俳句を遊んでいるわけですが、いちばんだいじにしてきたのは、気ままということでした。

俳句と、気ままにつきあう。つくるのも気まま、読むのも気まま。心地よく機嫌よく俳句とつきあうには、気ままがいい。

もともと面倒くさがりなので、そうなってしまうのですが、例えば〈所属〉は要らない。というよりむしろ邪魔。結社や同人に参加したことはありますが、長く続けるものではないという気分。現在は「はがきハイク」という二名からなる俳誌(業界最小最軽量の俳誌)〔*〕のみが所属といえば所属。週俳が所属だろうとおっしゃる方がいそうですが、所属ではない。強いていえば、週俳運営を〈担当〉しているという感じでしょうか。

つくるなら、まぬけな句、ねごとのような句、と今は思っていますが、この先はどうかわからない。つくりつづけるかどうかもわからない。

自分の句を読んでくれる人が、いてほしいとは思いますが、たくさんの必要はない。一人あるいは数人、自分の読者がいてくれれば幸せです。この人数は、自分以外ということです。自分は、自分の句や散文を最初に読む読者であり、だいじな読者です。誰でもそうでしょうけれど、自分の書いたもの、とくに句は、自分で読んで愉しめるものでありたい。ともかく、一人あるいは数人の読者だけを念頭に置くと、書くものが気ままでいられます。

私的〈気まま〉と週俳はいっけん相性が悪そうです。日曜日ごとに更新され(驚くべきことに一度として休刊がない。ウェブサイトの右にバックナンバーへのリンクがありますから、見ていただけるとわかります。二〇一一年三月一一日の直後にも変則的なかたちで更新しています)、たくさんの人がそれぞれの頻度でかかわりつづけていく週俳は、〈気まま〉と遠い存在という見方もできます。気ままでやっていけるのか、続くのか? でも、それで続いているのだからしかたがない。

週俳にはどこか脱力、というか、肩肘張った感がまるでない感じがしませんか。この媒体にも〈気まま〉成分が含まれていると思うのですよ。

グルーヴィーでちょいユル。週末のファンクバンドのような『週刊俳句』であってほしい。私個人はそんなふうに考えています。


まとめ

1 すぐに旅立ちたければ、ひとりで。遠くまで行きたければ、複数で。(どこかで聞いた諺のよう)

2 理念は邪魔。熱情に頼ってはいけない。

3 しくみはだいじ。長く続けるものほど。 

4 求心力ではなく遠心力。

5 気ままがいちばん。力を抜く。


〔*〕「はがきハイク」は2026年3月・第27号をもって終刊。

2026年6月24日水曜日

●西鶴ざんまい#98 浅沼璞

 
西鶴ざんまい #98
 
浅沼璞
 

  小車の錦八重の幕串    打越
 伽羅割の捺忘れ行く野は暮て 前句
  初夜にかならず燃る恋づか 付句(通算79句目)
『西鶴独吟百韻自註絵巻』(1692年頃)

【付句】
名残ノ折・裏2句目=恋。
初夜(しよや)=戌の刻。現在の午後8時頃。

【句意】
夜更けに必ず(鬼火が)燃える恋塚。

【付け・転じ】
前句で鉈を忘れて行ったその原因を「地元の言い伝えを恐れたから」として転じた(結果に原因を付ける逆付)。

【自註】
其の野のすゑにひとつの塚のありしを、里人の申し伝へて、*むかし男をこがれ死にせし美女の墓所(むしよ)、かならず雨の夜などは、**執心の火となつて燃えてあがりける、と物語りせしに、女心におそろしく、暮の道をいそぎ、手道具もわすれし***心行を付け侍る。

*むかし男=昔いた男。在原業平を思わすか
**執心(しふしん)の火=嫉妬心の鬼火。
***心行(こゝろゆき)=内容主義の心付(今栄蔵『初期俳諧から芭蕉時代へ』笠間書院、2002年)。

【意訳】
野末に一つの塚のあったのを、地元の人が言い伝えて、昔いた男を慕って焦がれ死にした美女の墓で、きっと雨の夜などは、嫉妬心が鬼火となって燃え上がるのだ、と物語りしたのだが、(それを聞いた人が)女心に怖ろしく、暮れかかった道を急ぎ、手回りの小道具も忘れてしまった(そのような)心持ちによって付けています。

【三工程】
(前句)伽羅割の捺忘れ行く野は暮て

  里人申すことおそろしく  〔見込〕
     ↓
  こがれ死にして燃る恋づか 〔趣向〕
     ↓
  初夜にかならず燃る恋づか 〔句作〕 

前句で鉈を忘れて行ったその原因を、地元の言い伝えを恐れたからとし〔見込〕、〈どんな言い伝えか〉と問うて、焦がれ死にした美女の鬼火が墓所に燃えるとし〔趣向〕、前句「暮て」を受け「初夜」と時分を定めた〔句作〕。


【テキスト考察】
前回の自註「野遊び」に関してですが、やや説明不足だったかに思え、あらためて歳時記類を繙いてみました。以下、連句的な気づきもあったので記しておきます。

まず西鶴も見たと思われる『増山井』(1663年)では人事の「非季詞」に分類されおり、やはり雑の扱いであったようです。

下って『増補俳諧歳時記栞草』(1851年)になると「兼三春物」に分類されており、近現代と変わりません。ただ『栞草』の同項目には芭蕉の伝書といわれる『貞享式』(俳諧古近抄)からの引用も記されていて、こうあります――〈野遊と云ふことは、もとより川狩の名類(なくひ)ながら、平句の雑は勿論にて、春秋の二に用いることは、例の衆議によるべき也〉。

さきの『増山井』以降「川狩」は夏(六月)に分類されており、事情は複雑そうですが、ときに季の衆議が行われていたという記述は「座の文芸」として一考に値するでしょう。

2026年6月23日火曜日

〔ネット拾読〕Tomorrow Never Knows 縁暈・自虐・岡田一実・細村星一郎 西原天気

〔ネット拾読〕
Tomorrow Never Knows
縁暈・自虐・岡田一実・細村星一郎

西原天気


おひさしぶりです。2018年8月22日以来の〔ネット拾読〕です(≫labels)。わけのわからないタイトルを習わしとしていましたが、それは体力を使うので、曲名にすることにします。ひきつづき、記事内容とは無関係です。

それでは行きます。

岡田一実:季語の縁暈(えんうん)――私は本当に蛍を観ているのだろうか 2026年6月14日
リンクはこちら https://note.com/suisei13/n/n709fb3d302c1

米国の心理学者ウィリアム・ジェームズ(1842-1910)の概念を話のとばぐちに、季語について根源的に考察。
私たちは季語を経験しているようでいて、実は季語だけを経験していない。/このことを考えていて、ウィリアム・ジェイムズの「縁暈(えんうん fringe)」という概念に出会った。(岡田一実)
俳人としての(と言っていいのかどうか)感受性や洞察が、アカデミックな成果の一端と出会って、論を明確化・深化させていく例。
もし本意を季語の中心にある核だとするなら、「縁暈」はその周囲に広がる経験の層と言えるかもしれない。/(略)/そして、その「縁暈」は人によって異なる。同じ人のなかでも変化する。/(略)/季語は本意によって共同体と結びつく。/しかし同時に、「縁暈」によって個人とも結びつく。(岡田一実)

季語の動態的な働きをシンプルに把握。

本意だけなら歳時記になる。
「縁暈」だけなら日記になる。

俳句はその両者のあいだに成立しているのではないだろうか。

細村星一郎:巨大俳句時評─2026/2

リンクはこちら https://haiku.monster/contents/commentary-h5

前半(=はじめに:自滅する俳人)と後半(=あらためて角川「俳句」の作品欄を読んでみる)で別のふたつの論考が合わさったような記事(つなぎの工夫はあるものの)。前半は、ざっくり言うと、俳句ジャンルへのネガティヴな思いばかり募らせるのってよくないよね、といった把握(ざっくり過ぎるわ)。
問題は俳句と向き合う上での必要悪ともいえる自虐が、自分でも気づかないうちに「自滅行為」へとすり替わってしまうことの恐ろしさである。(細村星一郎)
ただ、この部分はどうも本旨ではなく、前半の後半にある《「伝統を敵視する」ことにかんする病的な傾向》に関する事柄が、ほんとうに言いたいことのようだ。

俳句における伝統敵視について、実体なく人々の心に広がっている社会不安になぞらえる。このあたりは腑に落ちないこともない。伝統というより、有季定型派(はんぶん造語)かな? 非=有季定型派の、俳句エスタブリッシュメントを形成しているかに見える有季定型派への恨みつらみ。

こうした心情的な部分(論理に回収できない気持ちの部分)の複雑さは、細村自身に深く関わっていることも軽く吐露されている。曰く、《これらの言葉の行き先がどれも、かつての自分自身であるということだ》。

ここまで読むと、最初に提示された《自虐》《自滅》が、俳句世間全体をいうものではなく、伝統的な有季定型(の厚遇)を恨む人たちにもっぱら属する、という、細村氏の把握がはっきり見えてくる。

そうした、いわばルサンチマン的な言説を目にしないわけではないが、それもまた仮想敵ではないのか。お互いがお互いの仮想敵。

で、後半です。

いやいや、こんなことに拘泥して部屋にこもりっきりのような心持ちではいけないというわけで(それでかまわないと私は思うけどね)、
では、どうすれば僕らは妄想に取り憑かれることなくこの弱味と向き合っていけるのだろうか。それはきっと、いま目の前に提示されているものを誠実に読んでいくことのほかにないのだろう。僕のようなものがこうしてウジウジしている間にも俳句は無数に作られ、世に出され、そして論じられているのだから当たり前だ。(細村星一郎)
むりやりつないだなあ、とは思うけれど、「定期」リリースを優先させた時評なので、事情はわかる。

ここでは、《俳句は無数に作られ、世に出され、そして論じられているのだから》という進行上の定型文に、ちょっと引っかかっておきたい。《俳句は無数に作られ、世に出され》に異論はない。これでもかというくらいに《無数》に作られまくっている。昨今のSNSを含めれば《世に出され》る量もかつてよりもはるかに多い。しかし、《論じられている》か?

それよりまえに、読まれているか? 俳句って。
高山れおな 俳句など誰も読んではいない
2008年8月9日、ウェブサイト「俳句空間 豈weekly」創刊のことば
この状況は18年経った現在も変わってはいないと思う。俳句は読まれない。俳人諸氏がもっぱら読むのは自分の句でありせいぜい近所の句。

俳句など誰も読んではいない。読まれないものは論じらない。よしんば論じられとしても、誰もそれを読まない。

まあ、それでも、読み、論じる以外、ない。その覚悟は必要とばかりに、この論考も、後半、そこに向かって突き進む。角川『俳句』2026年2月号に掲載された俳句作品(しばしばハード極まりない荒野)を、細村氏はどんどん読んでいく。

ていねいな読み方。示唆に富む箇所もある。

仁平勝の箇所では、
坪内稔典もそうだが、あれほどクリティカルな論考を飛ばしていた彼らが揃いも揃ってこうした平易性や通俗性といった方向に向かっていくのはどうしてなんだろう、としばしば考える。(細村星一郎)
とある。論考と作句は切り分けるべき、といった一般論よりも、俳句作品上の「通俗性」ってなかなかに手強い概念ですよね。「ただごと」や俳句的脱力とも関わるし。といった私の軽い懸念はさておき。

ともあれ、丹念な読みが展開されている。読者諸氏におかれましては、ぜひとも原文(リンク先)をお読みくださいませ。


それではまた。次はいつになるかわかりませんが。


2026年6月19日金曜日

●金曜日の川柳〔ヒロハシサギ〕暮田真名



暮田真名





まな板の裏を見せ合う恋人たち  ヒロハシサギ

見せ合っている、ということは、一人一枚まな板を持ち、まな板は最低でも二枚以上あるということだ。所有するまな板の枚数には個人差があるだろうが、わたしは一枚である。だからだろうか、この句の「恋人たち」はまだ同棲はしておらず、それぞれの家にあるまな板を持ち寄っているような気がする。

両面使うことにしているというのでなければ、まな板の裏をまじまじと見る機会はなかなかない。伏せられているものを持ち上げて見るという動作は、石の裏のダンゴムシを観察する行為をも想起させる。とくべつ美しくもない、秘められた領域を見せ合うという意味では、まさしく恋人たちにふさわしい行いと言えるかもしれない。

おもしろいのは、立てられたまな板は、恋人たちを隔てる壁にもなっているところだ。さながら、盾のように。近づきつつ遠ざかる、遠ざかつつ近づく。平熱の恋の句である。

2026年6月16日火曜日

【新刊】鴇田智哉『高屋窓秋の百句』

【新刊】
鴇田智哉『高屋窓秋の百句』



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