2026年10月24日土曜日

★週刊俳句の記事募集

週刊俳句の記事募集


小誌『週刊俳句』がみなさまの執筆・投稿によって成り立っているのは周知の事実ですが、あらためてお願いいたします。

長短ご随意、硬軟ご随意。※俳句作品を除く

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【転載に関して】 

●同人誌・結社誌からの転載

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最新刊はもちろん、ある程度時間の経った句集も。

●時評的な話題

●イベントのレポート

これはガッツリ書くいていただくのはなかなか大変です。それでもいいのですが、寸感程度でも、読者には嬉しく有益です。



そのほか、どんな企画でも、ご連絡いただければ幸いです。

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2026年10月23日金曜日

●金曜日の川柳〔瀧村小奈生〕西原天気



西原天気





曇天がかたむくときのトム・ウェイツ 瀧村小奈生

何かがこぼれ落ちてきそうな気もするが、それは雨なんかじゃなくて、《曇天がかたむくとき》には、曇天のかけらとか、曇天なりの日のひかりとか、物音とか、歌とか。

思い出すのは、多摩川べりを下ってガス橋が見え始めた頃、友だちからもらったカセットテープからトム・ウェイツの歌。この曲だ。


胸がいっぱいになって、すると、その「ガス橋」という名前までもが、とてつもなく感傷的で。

ああ、それと、カセットテープのちょっと曇った音も相俟って、そのときすこぶる、曇天的かたむき、トム・ウェイツ的かたむき、なのだった。

掲句は瀧村小奈生句集『留守にしてります。』(2024年/左右社)より。

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2026年10月21日水曜日

●西鶴ざんまい 番外篇31 浅沼璞

 
西鶴ざんまい 番外篇31
 
浅沼璞
 

久々の番外篇です。というか、もう年の瀬も近いというのに今年初の番外篇。

昨年の暮に根津美術館の特別展「伊勢物語――美術が映す王朝の恋とうた」の見聞録を書いて以来となります。

こうなってしまったについては遠因があり、じつはこの「伊勢物語」展が発端でした。その見聞録でも書いたように、西鶴生誕の少し前、江戸時代の初めに挿絵入「伊勢物語」の版本(嵯峨本)が出版。それまでの写本による「知の専有化」の時代は、版本によって「知の共有化」の時代へと大きく転換したわけです。

これと似たことが「源氏物語」にもあって、それをこの番外篇で書いておこうかと軽く思ったのがそもそもの誤りでした。

くり返しますが江戸前期、「伊勢」の版本(嵯峨本)にあたるものが「源氏」にもありました。あの芭蕉の師・北村季吟による『湖月抄』(延宝3年刊)がそれです。延宝3年(1675年)といえば西鶴は34歳、他の俳諧師たちとともに版本『湖月抄』を介し「源氏」を共有化していたことでしょう。

で愚生も積読の一冊、講談社学術文庫版『湖月抄』を繙いたのはいいのですが、古註を網羅した注釈は次元を超える難解さで、難破を避けるため、けっきょく谷崎源氏や新潮日本古典集成などの櫂にも手をつけるハメとなり、遅々として進まず、ほぼ10ヶ月たった現在、54帖のうち漸う30帖を超えたあたりに接岸した次第。

このまま読了してから筆を漕ぐのであれば、年を越してしまうのは必至。さすがにこのあたりで一時トモヅナを解こうかと。

さて言い訳はともかく、じっさい読み進めていくと、『好色一代男』を「俗源氏」として捉えるような内容的な類似よりも、記述されたテキスト、つまり書かれたエクリチュールそのものに「西鶴」を発見することが多々ありました。詳細は次回にゆずるとして、一つだけ例をあげておきます。

  大晦日定めなき世のさだめかな  西鶴

〈なんの定めもない無常な浮き世にあって、大晦日だけは年間の貸借を総決算する定めの日である〉という発句。大晦日の経済生活を描いた『世間胸算用』のルーツのような句ですが、その更なるルーツは「源氏」にあるようです。

  命こそ絶ゆとも絶えめ定めなき
   世のつねならぬ中のちぎりを (若菜 上)

女三宮を正妻に迎えた源氏に絶望した紫の上。その紫の上を慰めるかのように(取り繕うかのように?)源氏がおくった一首です。谷崎源氏(中公文庫)の頭注訳には〈命こそ限りがあるから、ついには絶えもしましょうが、私たち二人の間柄ばかりは、定めなき世の掟には似ず、永久に変わらないと誓った仲ですものを〉とあります。この定めなき世の常なる恋歌をルーツとして、定めなき世の常なる経済生活を詠んだのが西鶴ではなかったでしょうか。

次回は「源氏」(若菜 上)のより散文的な影響を『世間胸算用』に探ってみたいと思います。

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2026年10月20日火曜日

【イベントのお知らせ】たぶららさ、と言ってみたかった  わたしの俳句のつくりかた 小津夜景

【イベントのお知らせ】
たぶららさ、と言ってみたかった
――わたしの俳句のつくりかた

小津夜景


京都芸術大学で話をすることになった。アートライティング学科というところで、九十分。「小津さん、いろんなジャンルをまたいで創作をしてますよね。それについて話してください」とのことである。

創作について。

しばらくそのことばを眺めていた。眺めていても何も出てこないので、とりあえず原稿を書きはじめた。書いては消し、書いては消しているうちに、だんだんわかってきた。

わたしには、創作について話せることがない。話せるのは、自分の俳句をどうやってつくっているか、それだけなのだった。

しょうがない、俳句のことだけ話すか、と思った。思ったら少し楽になった。

それで自分の句集をひらいて、一句ずつ、これはどうしてできたのだっけ、と思い出してみた。この句は、たぶららさ、と言ってみたかった。この句は、一茶の句の形がうらやましかった。この句は、ぷるんぷるん、が先にあった。漢字三文字で十七音、というのもやった。忍者の句ばかりつくっていた秋もあった。とにかく退屈しないようにいろいろやった。

思い出しているうちに、なんだか楽しくなってきて、ノートに「〜したい!系」と書いて、句を分類してみた。わたしの句は、見たものや感じたもの、考えたものからではなく、たいてい「〜してみたいな!」からはじまっているらしい。知らなかった。

当日は、その欲望をいくつかの系統に分けて、実際の句を見ながらお話しするつもりです。句集の楽屋裏の公開にもなっています。会場に来られなくても、オンラインで聴いていただけます。無料ですので、どうぞ気軽に覗いてみてください。

【アートライティングコース特別講義】日本語を書く、日本語で書く。
●日時|2026年10月25日(日)15:00–16:30
●会場|京都芸術大学 瓜生山キャンパス 敬天館 KT13教室
    ZOOMとのハイブリッド開催
●参加|一般の方も聴講できます
    対面は要申込/ZOOMは申込不要
    申込フォームとZOOMのURLは画像のQRコードから




2026年10月19日月曜日

〔新刊〕 細村星一郎編『現代俳句フロンティア U-30俳句アンソロジー』

〔新刊〕
細村星一郎編『現代俳句フロンティア U-30俳句アンソロジー』


2026年10月/暁光堂