2026年8月19日水曜日

●西鶴ざんまい #101 浅沼璞

 
西鶴ざんまい #101
 
浅沼璞
 

 外枕憶えなき身を祈りつめ  打越
  七の社の砂ぬすみぬる   前句
 同じ京の水に替りの水さびて 付句(通算83句目)
『西鶴独吟百韻自註絵巻』(1692年頃)

【付句】
名残ノ折・表5句目=雑  七の社→京
水さびて=「訳註西鶴全集」では「水錆(みさび)」の意とする。
広辞苑「水錆」の項には〈溜り水などの水面に浮かぶ錆のようなもの。みしぶ〉とあり、「水の水錆にとぢられて」(千載和歌集・夏)を引く。
また「定本西鶴全集」では「澁びて」とあり、〈水の流停滞し水面に赤黒き濁りを生ずること〉とする。

【句意】
同じ京都でも水脈が変わり、水が錆びていて。

【付け・転じ】
前句「砂ぬすみぬる」原因について、水錆を砂で漉すためとした逆付。

【自註】
*水の水上なれば、京中に水のあしき所なし。自然と水筋悪敷(あしく)さびけるを、砂ごしにいたせる**心行にして付寄せ侍る。

*水の水上=「日本古典読本・西鶴」では〈水上は物の根源であるから、水の中での最上の水、の意であらう〉とし、「曲水の水の水上や鴻の池」(西鶴五百韵)を引く。ただし「曲水の水の水上」は「曲水の水源」という意。
**心行(こゝろゆき)=乾裕幸『俳諧師西鶴』では「砂→水さびて」の〈付心〉とする。
なお元禄期の付合集『俳諧小傘』に「砂―水越 ミヅコシ」とある。

【意訳】
最も水の良い地であるから、京都に水質のわるいところはない。(けれど)偶然にも水脈がわるく、錆びたその水を、砂漉しに致す所存で前句に付けたのです。

【三工程】
(前句)七の社の砂ぬすみぬる

  水を漉すことを皆々思いひつき 〔見込〕
     ↓
  自然にや水筋悪敷くさびけるを  〔趣向〕
     ↓
  同じ京の水に替りの水さびて  〔句作〕

前句「砂ぬすみぬる」原因について、水を砂で漉すためとし〔見込〕、〈なぜ砂で漉すのか〉と問うて、水錆が出たからとし〔趣向〕、「七の社→京」の縁から場所を設定した〔句作〕。

【テキスト考察】
文意に矛盾をきたしつつ、意表をつくのは西鶴散文(捩れ文)の特徴だが、今回の自註は短文とあって殊さら矛盾があらわで、意訳では「けれど」と補わざるをえなかった。これは三工程で想定したように「水を砂で漉す」という逆付を見込みつつ、「七の社→京」の縁から場所を京に設定するという工程で捩れが生じたためであろう。自註のとおり京が名水の地であるのは自明なのだから。

【若之氏メール】
これまた解釈の難儀な自註ですね。ひとつ思ったのですが、「水筋」を(地下の)「水脈」の意ではなく(地上の)「水の流れ」の意と捉えると、あるいは矛盾なく解釈しうるかもしれません。京の湧き水は水質が良すぎるから、川になって地上を流れると、おのずとすぐに水質が(もとに比べて)悪くなってしまう、というようにとることも、できないことはないのではないかと(やや苦しい気もしますが)。

2026年8月14日金曜日

●金曜日の川柳〔飯島章友〕まつりぺきん



まつりぺきん





きゅうり揉み 船はもう出たのでしょうね  飯島章友

「きゅうり揉み」には、台所で手を動かす暮らしの感触があります。
一字あけによって一呼吸置かれ、続くのは「船はもう出たのでしょうね」という、つぶやくような言葉。
身近な台所から、句の空間が不意に水辺へと開かれていきます。

きゅうりからは、盆に故人の霊を迎える精霊馬が、船からは、盆に帰った霊を送る精霊流しが呼び起こされます。
迎えの支度で台所に立っているうちに、送りの船はもう出てしまったのでしょうか。
「もう出た」には、間に合わなかった悔いとも、見送るほかない諦めともつかない気配があります。

「でしょうね」は問いかけながら、すでに答えを受け入れている言い方でもあり、去りゆく者との確かめようのない距離を感じさせます。

故人の霊を迎えようとする思いと、見送りに間に合わなかった思い。
その二つが静かに重なり、やや苦みを帯びた寂寥を残す一句です。

「成長痛の月」(2021)より。

2026年8月9日日曜日

★週刊俳句の記事募集

週刊俳句の記事募集


小誌『週刊俳句』がみなさまの執筆・投稿によって成り立っているのは周知の事実ですが、あらためてお願いいたします。

長短ご随意、硬軟ご随意。※俳句作品を除く

お問い合わせ・寄稿はこちらまで。

【転載に関して】 

同人誌・結社誌からの転載

刊行後2~3か月を経て以降の転載を原則としています。 ※俳句作品を除く

【記事例】 

俳誌を読む ≫過去記事

俳句総合誌、結社誌から小さな同人誌まで。かならずしも号の内容を網羅的に紹介していただく必要はありません。

句集を読む ≫過去記事

最新刊はもちろん、ある程度時間の経った句集も。

時評的な話題

イベントのレポート

これはガッツリ書くいていただくのはなかなか大変です。それでもいいのですが、寸感程度でも、読者には嬉しく有益です。



そのほか、どんな企画でも、ご連絡いただければ幸いです。

2026年8月7日金曜日

●金曜日の川柳〔中山奈々〕まつりぺきん



まつりぺきん





死後ごめん海まで戻る自信ない  中山奈々

海をモチーフとした連作の最後の一句。

死ぬと自然に返るのなら、海は生命が生まれた場所であり、帰る場所でもあります。
それなのに、そこ「まで」、戻ることを確約できないというのです。

本当は戻りたいけれど戻っていいものかということへの躊躇いのようでもあり、戻る資格などないという自嘲のようでもあり、いずれにせよ、誰か(何か)への負い目のようなものを伴っているようです。

助詞を省いた「自信ない」には、頼りなさげに弱音を吐露するようなニュアンスがあり、死後のことまで先回りして心配する主体の優しさや寂寥感が滲みます。

また、上五で「死後」と「ごめん」が切れ目なく続くことは、「死んでから謝る」のか、「死後そのものへの詫び」なのか、その境界も曖昧です。

「ごめん」は現在の時制とも未来の時制とも読め、それは心の深いところにある、いつかの、誰かへの謝罪なのかもしれませんし、自分自身への謝罪なのかもしれません。

「しい」(『川柳EXPO2024』2024)より。

2026年8月5日水曜日

●西鶴ざんまい #100 浅沼璞

 
西鶴ざんまい #100
 
浅沼璞
 

  初夜にかならず燃る恋づか 打越
 外枕憶えなき身を祈りつめ  前句
  七の社の砂ぬすみぬる   付句(通算82句目)
『西鶴独吟百韻自註絵巻』(1692年頃)

【付句】
名残ノ折・表4句目=神祇(社)。
七の社の砂(ななのやしろのすな)=「京都船岡山の南東にあり。宇多天皇の后君寵恢復を祈り霊夢によつて社前に白砂を以て三笠山の形を築く。後世祈願ある者これに倣つて砂山を築いて祈るといふ(雍州府志・京羽二重織留)」『定本西鶴全集』頭注
※『新編日本古典文学全集61』に、「恋(七の社の砂ぬすむ)」の記述があるが上記「君寵恢復」の故事によるか。

【句意】
七野社の砂を盗んだ。

【付け・転じ】
前句「祈りつめ」から七野社を連想しての転じ。

【自註】
京都の中に七のやしろの宮居(みやゐ)たゝせ給ふ。むかしよりいかなる事の子細にや、此の神前の砂を盗みて人を祈りけるに、心にまかさぬといふ事なし。是によつて、神主、番をして砂をすこしもちらさぬ事也。又、願ひ叶ひし女は、ちひさき*砂車を拵へて我が宿の砂をまゐらせける。

*砂車(すなぐるま)=砂の運搬用の車。遺稿集『西鶴俗つれづれ』(四ノ二)に「七野社に砂車」なる一節がある。


【意訳】
京都の市中に七社という神社がございます。昔からどのような子細からか、この神社の砂を盗んで人を呪詛すると、その祈りが成就しないということはない。このことによって神主は見張り番をし、(神前の)砂を少しも散らさぬよう管理をした。また祈願の叶った女は、小さい運搬用の砂車を用意して自宅の砂を社前に奉納した。

【三工程】
(前句)外枕憶えなき身を祈りつめ

  七の社の宮居たゝせる  〔見込〕
     ↓
  七の社の心にまかせ   〔趣向〕
     ↓
  七の社の砂ぬすみぬる  〔句作〕

前句「祈りつめ」から七野社を連想し〔見込〕、〈なぜ連想したのか〉と問うて、祈願がよく叶うからとし〔趣向〕、「砂ぬすみぬる」と具体的な祈願の行動を以て表現した〔句作〕。

【テキスト考察】
『新編日本古典文学全集61』には〈前句の「祈りつめ」る心的状況を行動で描いた付けで、やや同意の気味がある〉とあるが、これは妥当な解釈であろう。

すでに前句の自註で「丑の刻参り」や「山伏への呪詛の依頼」を具体的に描いていたのだから当然であろう。

けだし西鶴の意識では自註は見込・趣向を練るための前テキスト的なものと割り切り、前後の重複は意に介さなかったのかもしれない。このへん後続の付句/自註の考察において十分留意すべき点であろう