2026年8月9日日曜日

★週刊俳句の記事募集

週刊俳句の記事募集


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時評的な話題

イベントのレポート

これはガッツリ書くいていただくのはなかなか大変です。それでもいいのですが、寸感程度でも、読者には嬉しく有益です。



そのほか、どんな企画でも、ご連絡いただければ幸いです。

2026年8月7日金曜日

●金曜日の川柳〔中山奈々〕まつりぺきん



まつりぺきん





死後ごめん海まで戻る自信ない  中山奈々

海をモチーフとした連作の最後の一句。

死ぬと自然に返るのなら、海は生命が生まれた場所であり、帰る場所でもあります。
それなのに、そこ「まで」、戻ることを確約できないというのです。

本当は戻りたいけれど戻っていいものかということへの躊躇いのようでもあり、戻る資格などないという自嘲のようでもあり、いずれにせよ、誰か(何か)への負い目のようなものを伴っているようです。

助詞を省いた「自信ない」には、頼りなさげに弱音を吐露するようなニュアンスがあり、死後のことまで先回りして心配する主体の優しさや寂寥感が滲みます。

また、上五で「死後」と「ごめん」が切れ目なく続くことは、「死んでから謝る」のか、「死後そのものへの詫び」なのか、その境界も曖昧です。

「ごめん」は現在の時制とも未来の時制とも読め、それは心の深いところにある、いつかの、誰かへの謝罪なのかもしれませんし、自分自身への謝罪なのかもしれません。

「しい」(『川柳EXPO2024』2024)より。

2026年8月5日水曜日

●西鶴ざんまい #100 浅沼璞

 
西鶴ざんまい #100
 
浅沼璞
 

  初夜にかならず燃る恋づか 打越
 外枕憶えなき身を祈りつめ  前句
  七の社の砂ぬすみぬる   付句(通算82句目)
『西鶴独吟百韻自註絵巻』(1692年頃)

【付句】
名残ノ折・表4句目=神祇(社)。
七の社の砂(ななのやしろのすな)=「京都船岡山の南東にあり。宇多天皇の后君寵恢復を祈り霊夢によつて社前に白砂を以て三笠山の形を築く。後世祈願ある者これに倣つて砂山を築いて祈るといふ(雍州府志・京羽二重織留)」『定本西鶴全集』頭注
※『新編日本古典文学全集61』に、「恋(七の社の砂ぬすむ)」の記述があるが上記「君寵恢復」の故事によるか。

【句意】
七野社の砂を盗んだ。

【付け・転じ】
前句「祈りつめ」から七野社を連想しての転じ。

【自註】
京都の中に七のやしろの宮居(みやゐ)たゝせ給ふ。むかしよりいかなる事の子細にや、此の神前の砂を盗みて人を祈りけるに、心にまかさぬといふ事なし。是によつて、神主、番をして砂をすこしもちらさぬ事也。又、願ひ叶ひし女は、ちひさき*砂車を拵へて我が宿の砂をまゐらせける。

*砂車(すなぐるま)=砂の運搬用の車。遺稿集『西鶴俗つれづれ』(四ノ二)に「七野社に砂車」なる一節がある。


【意訳】
京都の市中に七社という神社がございます。昔からどのような子細からか、この神社の砂を盗んで人を呪詛すると、その祈りが成就しないということはない。このことによって神主は見張り番をし、(神前の)砂を少しも散らさぬよう管理をした。また祈願の叶った女は、小さい運搬用の砂車を用意して自宅の砂を社前に奉納した。

【三工程】
(前句)外枕憶えなき身を祈りつめ

  七の社の宮居たゝせる  〔見込〕
     ↓
  七の社の心にまかせ   〔趣向〕
     ↓
  七の社の砂ぬすみぬる  〔句作〕

前句「祈りつめ」から七野社を連想し〔見込〕、〈なぜ連想したのか〉と問うて、祈願がよく叶うからとし〔趣向〕、「砂ぬすみぬる」と具体的な祈願の行動を以て表現した〔句作〕。

【テキスト考察】
『新編日本古典文学全集61』には〈前句の「祈りつめ」る心的状況を行動で描いた付けで、やや同意の気味がある〉とあるが、これは妥当な解釈であろう。

すでに前句の自註で「丑の刻参り」や「山伏への呪詛の依頼」を具体的に描いていたのだから当然であろう。

けだし西鶴の意識では自註は見込・趣向を練るための前テキスト的なものと割り切り、前後の重複は意に介さなかったのかもしれない。このへん後続の付句/自註の考察において十分留意すべき点であろう

2026年7月31日金曜日

●金曜日の川柳〔中村冨二〕八上桐子



八上桐子





墓地を出て一つの音楽に帰る  中村冨二

死、あるいは死者と向き合うしずかな時間を過ごし、日常へと戻る。その日常を、冨ニは家でも町でもなく音楽と表現した。

墓地を一歩出ると、人の声や車の音、風の音……さまざまな音が一気に耳に流れ込んでくる。

そうした無数の音も織り交ぜ、人生というたった一つの音楽の一節一節ができてゆく。

  音楽祭終り けものに耳二つ

  水道から水なぞ出た、ひとりぼっちの拍手

  好きだったとはハモニカが水に落ち 

冨ニはハモニカの名手だったとか。 冨ニの川柳は深刻ぶらず軽やかで、ハモニカの音色のようにどこかさみしい。

『中村冨二・千句集』 (ナカトミ書房/1981年)

2026年7月24日金曜日

●金曜日の川柳〔西脇祥貴〕まつりぺきん



まつりぺきん





町、三時。つかれた指先のかなで  西脇祥貴

題は「さやさや」(矢沢和女選)。

「三時」とだけあり、昼なのか夜なのかわかりません。住宅地でしょうか、それとももっと長閑なところでしょうか。「街」ではなく「町」と書かれることで、繁華街よりも、どこか人の暮らしに近い場所を思わせます。

指先の動きは何かを奏でる運指のようでもあり、あるいは空気や風に触れているだけのようでもあります。「かなで」とひらがなに開いているせいか、微かに指先に触れる何かが、静かにさやさやと奏でられるような感触が。

そしてその指先は、何かを終えて「疲れた」とも取れますし、誰かに「勇気を出して行ってこいよ」と「突かれた」とも。

遠景から近景へというカメラワークも映画的で、物語性を感じます。

また、「町」と「三時」の間にそっと置かれた読点が、空間と時間を一息ずつ切り分けます。
その間が微妙なテンポを作り、「さやさや」という題から耳で読もうとしていたところへ、町の光景や指先の感触が不意に立ち上がってきます。

句会といえば聴覚主体のイメージですが、この句は耳だけでなく視覚や触覚まで呼び覚ますことで、静かな存在感を放っているように思います。

「らくだ忌」第3回川柳大会より。