2021年6月11日金曜日

●金曜日の川柳〔湊圭伍〕樋口由紀子



樋口由紀子






助手席でカバンのなかを拭いている

湊圭伍 (みなと・けいご) 1973~

映画のワンシーンのようである。映画ならこのシーンの前後を観ていたら、その理由はある程度理解できる。しかし、映画ではなく川柳である。このワンフレーズだけでは何故拭いているのか不明である。書かれている意味以上のものが仕組まれているのだと思ってしまう。しかし、感情を喚起させるものは見事にシャットダウンされている。

だから、拭いている人の表情を思い浮かべながら、何かあったのかと想像するしかない。根拠や理由を表に出さないで、自分の存在感をたくみに示し、時代を生きる気分を表現している。すべては「そら耳」であり、別に何の意味もないのかもしれない。まんまと言葉の仕掛けにひっかかってしまったのだろう。『そら耳のつづきを』(2021年刊 書肆侃侃房)所収。

2021年6月8日火曜日

【俳誌拝読】『ねじまわし』第1号(2021年5月16日)

【俳誌拝読】
『ねじまわし』第1号(2021年5月16日)


A5判、本文44頁。生駒大祐、大塚凱による俳誌。俳句作品は両氏それぞれ10句。

薄紙の慌てて燃ゆる菱の花  生駒大祐

いうれいと云ふくちびるのうごかなさ  大塚凱

記事は、生駒大祐〈「型で学ぶ俳句入門」第1回〉のほか、岡田一実〈山本健吉が「低調」と評した大正「客観写生」俳句を読んでみた〉、広渡敬雄〈「作家の記憶」-晩年の能村登四郎-最期まで自己変革と艶〉等、ゲスト執筆者を迎える。

第1号発行記念句会には、上記両氏がクズウジュンイチ、岡田一実、野口る理の各氏をオンラインで迎える。ただし、これには他誌に類を見ない仕掛けがあり、それが明かされる編集後記的な〈対談 ねじくらべ〉が他の話題も含め、興味深い内容。


(西原天気・記)



2021年6月7日月曜日

●月曜日の一句〔清水右子〕相子智恵



相子智恵







昼寝覚喉にネックレスが重し  清水右子

句集『外側の私』(2020.5 ふらんす堂)所載

どきっとするような身体感覚のある昼寝覚だ。ネックレスの重さで喉が少し締めつけられた状態で目覚めた。首を締められれば人間は死んでしまうのだが、重みと共に生きていることを感じながら目覚めたのである。夢見の悪そうな昼寝覚だ。

そもそもネックレスをしたまま昼寝をしていたということは、予定のない昼下がりに自宅で一人、部屋着のままでするくつろいだ昼寝ではない。かといって、首ではなく「喉」の方に重さを感じているのだから、仰向けで寝ていることは確かである。だから、昼休みに机に突っ伏して少しの仮眠を取るようなデスクワークの場面でもない。

これは例えば恋人の家だとか、友達の家だとか、ある程度おしゃれな格好をしてきた時の、ふいに他人の家でしてしまった昼寝が想像されてくる。

あるいは自宅であっても、午後に出かける用があるのに(そんなことをしている暇はないのに)出かける格好のまま昼寝をしてしまったりだとか、あるいは逆に徹夜で遊んで、帰ってきたままの格好で寝てしまったりだとか。そこに浮かび上がるのは日常と非日常のあわいの、微妙な居心地の悪さである。

「ネックレス」という”ハレ”と、「昼寝」という”ケ”が「喉を締めつける重さ」という身体感覚で結びつき、奇妙な後味を残す一句となっている。

2021年6月4日金曜日

●金曜日の川柳〔石部明〕樋口由紀子



樋口由紀子






老人がフランス映画へ消えてゆく

石部明 (いしべ・あきら) 1939~2012

登場人物の老人が映画の中で消えていったというのではないだろう。フランス映画そのものに老人が消えていく。なにげなさそうだが、とんでもないことである。「フランス映画」は非日常ではなく異世界とし、消えていく場にふさわしいものとして捉えている。

石部の想像は哀しく、それでいて奇妙である。ふらふらと何処かへ行き、ふらっと消える。そんなふつふつと湧いてくる、不可解な混沌を抱えている。この老人は妖しく、得体が知れない。一抹の寂寥感とそれ以上の昂揚感も滲ませている。この世のやっかいさ、日常のどこかが壊れていくような感覚で、幻想的なイメージの世界に句を引っ張っている。余情が詩情となっている。『遊魔系』(2002年刊 詩遊社)所収。

2021年6月2日水曜日

●西鶴ざんまい 番外篇1 浅沼璞


西鶴ざんまい 番外篇1
 
浅沼璞
 

このへんで番外篇をひとつ。

 
東京新聞の朝刊に「私の東京物語」という連載ものがあります。
 
著名人によるエッセイのシリーズで、十話前後を限りに執筆者が替わります。
 
最近のでは赤坂真理さんが印象に残りました。
 
赤坂さんについては、拙著『西鶴という方法』でその西鶴的な羅列文体について考察したこともあって、懐かしい気分も。
 
やはり描写の腕は確かで、今西鶴だなと再認識させられた次第です。

 
 
その後、長谷川櫂さんが執筆。
 
愚生とほぼ同じ世代ながら、芭蕉臭が強いイメージで、自ずと距離をおいてきました。
 
今回も軽く読み飛ばしていたのですが、三年前皮膚癌になったという件の、生死に言及するあたりで引きこまれました。引用します。
「人は死ねば肉体も精神(魂)も消滅する。ありもしない来世などあてにせず今の時代をしっかり見ておきたい、やるべきことは命あるうちにすべてやる」(5月21日付)
西鶴の現世主義に通じる潔さで、腑に落ちました。
 
しかも「やるべきこと」とは、「蕪村の俳句を老人文学として読み直してみたい」(25日付)というのですから尚更です。

当「西鶴ざんまい」で愚生が庶幾しているのもまた、「西鶴晩年の連句を老人文学として読み直す」ことにほかなりません。

 
とはいえ画家の蕪村が俳諧に本腰を入れたのは五十過ぎ、遅咲きの典型。
 
かたや五十二歳の西鶴は、「人生五十年、それかてワテには十分やのに、ましてや」と次の辞世を詠み、浮世からあの世へ。

浮世の月見過しにけり末二年       『西鶴置土産』(元禄六年・一六九三)

今たどっている自註百韻は逝去前年の作と推定されています。同年刊行の名作『世間胸算用』との関連も気になってくるところですが、たぶんそれは元禄正風体と老人文学との相関関係を抜きには考えられないでしょう。
 
もっと突っこんだら、西鶴逝去の翌年五十一歳で没した芭蕉の、晩年の俳風「かるみ」とも関連してくるでしょうし、そうなれば蕪村の老人文学も視野に入ってくるわけで……、と連句よろしく付筋は多岐にわたるのです。