2026年3月8日日曜日

★週刊俳句の記事募集

週刊俳句の記事募集


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イベントのレポート

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そのほか、どんな企画でも、ご連絡いただければ幸いです。

2026年3月6日金曜日

●金曜日の川柳〔森砂季〕まつりぺきん



まつりぺきん





プニヨンマ・プニヨンマ・ンマ・プニマンマ  森砂季

連作「プニヨンマ」の最後の句。

間寛平さんのギャグに「アメマ」というものがあります。(もちろん、芸として発話方法が面白いという部分はあるものの)なぜ「アメマ」という言葉が面白いのかを説明するのは難しいのではないでしょうか。

「アメマ」同様、謎の言葉である「プニヨンマ」は、この連作の中で挨拶だったり、万事休すの意味だったり、姉の名だったり、様々な可能性を示します。

とかく「ロジックが~」「エビデンスが~」と言われる時代、世の中の全てに意味があるという考え方自体が怪しく感じられてきます。

本来、何事にも意味なんてないのに、受け取る側が勝手に意味づけしているだけなのかも…と思わせてくれる一句。

『現代川柳句集プニヨンマ』(2024)より。

2026年2月27日金曜日

●金曜日の川柳〔佐賀山亮太〕湊圭伍



湊圭伍





よくきけばさくら色した鐘の音  佐賀山亮太

鐘の音がどこか遠くから聞こえてくる。耳を澄ませてみると、その音はほんのりと桜色をしていた。

音(聴覚情報)に色(視覚情報)を感じとるというと、「共感覚」という語が思い浮かぶ。ただし、この句はそれとは違う。桜が満開に咲く時期の空気感が、遠くからやってくる音にふんわりと桜色をまとわせている。大きな時間の流れのなかにいることの気づきがここに、俳句の季語のようには整理されていない感覚として保存されているようだ。

「よくきけば」は一見、冗長のようだが、「よくきけばさくら」までのひらがなだけの流れとちょっとした読みにくさ(「聞く」に変換するまでの間)と、それ以降の漢字・体言止めのわずかな重さ(鐘?)の対比もあって、読者を「よくきく」ことに寄り添うことへ誘っている。

音と色彩をクロスさせる句といえば、「海暮れて鴨のこゑほのかに白し」が想起される。「よくきけば」と芭蕉句の「ほのか」(派手な句またがりの技巧性も含め)のどちらがより冗長かなどと、どうでもよいことを考えた。

愛媛・今治の作家、佐賀山亮太(1918-2009)の句は、安野かか志『川柳句文集 二人羽織』(あゆみ出版、2021年)の巻末にまとめられています。

2026年2月20日金曜日

●金曜日の川柳〔翠川蚊〕まつりぺきん



まつりぺきん





ここ 見てて ロバが立てなくなるシーン  翠川蚊

題は「星月夜」。

イメージの幅が広く難しい題で、月は出ていないが星が明るく輝いている夜を指します。
そこにロバという経済動物がいて、立てなくなってしまう光景。

「ここ 見てて」は映像作品を観ながら、視聴済みの主体が初見の相手に対し、これから流れるシーンを注視するよう促すイメージ。

そこには不能へと変化する何かに対する哀感や憐憫とともに、若干の嗜虐的興奮が滲んでいます。

また、差し込まれる一字空けには、どこか未熟な発話を感じます。

漆黒の闇ではなく、少し明るい夜だからこそ見えしまう残酷な何か。

かなりの飛躍を感じつつも、叙情性高く仕上がっており、味わい深い句になっているのではないでしょうか。

「海馬万句合」第二回より。

2026年2月18日水曜日

●浅沼璞 西鶴ざんまい #91

 

西鶴ざんまい #91
 
浅沼璞
 

 八徳を何のうらみに喰割れ   打越
  鴻の巣おろす秋の夜の月   前句
 平調の笙の息つぎ静にて    付句(通算73句目)
『西鶴独吟百韻自註絵巻』(1692年頃)

【付句】
三ノ折・裏9句目。  恋離れ。  秋=平調(ひやうでう)=雅楽十二律の一つ。陰陽五行説により秋季に対応する調子。  笙(しやう)=雅楽の管楽器。15本の竹管の根元にあるリード(簧・した)を吸気・呼気で振動させて音を鳴らす。  息つぎ=息継ぎ。

【句意】
平調を吹く笙の息継ぎは静かである。

【付け・転じ】
鴻の巣材のうち、笙の演奏に役立つ石に注目し、視覚表現から聴覚表現へと転じた。

【自註】
笙をしめすに鴻の巣にある石にて心よき事、古き書に見えたり。是に、むかしは楽人(がくにん)、此の鳥の巣おろしして、彼の石をさがし、重宝となしける。平調は秋の調子なれば、前句の月によせて一句にむすび侍る。

【意訳】
笙(の簧)を湿らすのに鴻の巣にある石を以てすると快い音色になる事が古い書物にみえる。これにより、むかしの雅楽の演奏家は此の鳥の巣をおろして、その石をさがし、貴重なものとした。平調は秋季の調べなので、前句の月に付けて一句にするのです。

【三工程】
(前句)鴻の巣おろす秋の夜の月

  笙の簧しめすに石の重宝し 〔見込〕
     ↓
  湿らせて笙の息つぎ静なる  〔趣向〕
     ↓
  平調の笙の息つぎ静にて    〔句作〕

鴻の巣材から、笙の簧を湿す石に注目し〔見込〕、〈どのように石は役立つのか〉と問うて難しい息継ぎもすんなりできるとし〔趣向〕、前句の月にあわせて秋季の「平調」とした〔句作〕。

【テキスト考察】
『新編日本古典文学全集61』には〈笙の演奏でもっとも難しいのが息継ぎのときで、それが笙石のお陰でスムーズにいく〉とあります。

ちなみに『西鶴名残の友』(巻四ノ四)にも、〈此の巣の中にありける石は、笙の舌(=簧)をしめすによしと、古人つたへける〉とあり、鶴翁に雅楽への知識があったことが知られます。