ラベル MatsumotoTefuko の投稿を表示しています。 すべての投稿を表示
ラベル MatsumotoTefuko の投稿を表示しています。 すべての投稿を表示

2010年8月17日火曜日

●コミケに行ってきました 松本てふこ

コミケに行ってきました 松本てふこ


私とコミックマーケット

1995年夏、14歳。マンガ好きの同級生2人に連れられて初参加。
1997年冬、16歳。前述の同級生2人に高校の友人1人を加え、
ふたたび参加。
コスプレイヤーだった演劇部の先輩と会場で遭遇
(数人の参加者から握手攻めに遭っていた)。
「こんなところでなにやってるの!?」と言われる。
2004年夏~、仕事で参加。
主な目的は、挨拶など。
サークル参加の経験なし。


2010年2月14日日曜日

●おんつぼ27 エリオット・スミス 松本てふこ


おんつぼ27
エリオット・スミス Elliott Smith



松本てふこ

おんつぼ=音楽のツボ



エリオット・スミスについて誰かと話したことはほとんどない。大学生の頃、新聞で死亡記事を読んで、親に「私、この人好きだったんだけどな」とぼそっと呟いたくらいだ。好きといっても持っているCDは、彼の作品で一番売れたと言われる『XO』1枚きり。買ったのは99年だから高校生の頃、好きなバンドのメンバーが絶賛していたから、という実によくある話である。他のアルバムを1枚聴いてみたがいまいちピンと来ず、『XO』は大好きだからこれ1枚を聴き続けていればいいや、と思っていた。

彼の死亡記事を読んでからも、私はそんな調子だった。誰かと音楽の話をして「何かオススメある?」と聞かれても、人を部屋に呼んでかけるCDを探す時も『XO』を選ぶことはなかった。寒いなあ、だるいなあ、お腹減ったなあ、あれ面倒だなあ、そんなことを考えながら、濃くて安い味の紅茶をいれて、たったひとりで聴く音楽だった。

去年の秋くらいから「毎日が忌日」への投句にハマった。俳人や文学者にとどまらない人選が嬉しくて、自分でもwikipediaで好きな物故ミュージシャンの忌日を調べているうち「エリオット・スミスって、忌日いつだっけ」と思い立った。調べてみたら、その日の二週間か三週間前だった。見落としてたかと思って見返した「毎日が忌日」に彼の名前はなかった。ケルアックとトリュフォーと川崎洋と同じ忌日。丸山薫、アラカン、笹沢左保も。他の日と比べるとずいぶんたくさんいる。

だけど、だけどだ。エリオット・スミス、載せたらいいのに。あんないい歌、歌うのに。ごつめの顔から想像できない(失礼!)繊細で素敵な声なのに。こんなことを思い、けっこう真剣に落ち込んでいる自分がいて、びっくりした。一度自覚してしまうと病は深まるばかりで、今さらながら他のCDを買ってみたり、ブックレットの解説を熟読してみたり。

新撰21のイベントである方に「私、今度エリオット・スミスについて書こうと思うんです」と話したら、「メジャーじゃん」と言われた。自分以外のリスナーの存在を忘れさせるような静かさが彼の作品にはあって、メジャーかマイナーかなんて考えてもいなかったので、一瞬ぼんやりしてしまった。もっといろいろお話したい気持ちはあったが、話はそこで終わってしまった。というわけでいつかエリオット・スミスの話をしましょう、Sさん。

  ポストからつぽエリオット・スミスの忌     てふこ

寒さに似合う度  ★★★★★
声が可愛い度   ★★★★


[オススメアルバム]『XO』




「知らない町の吹雪のなかは知っている」という佐藤文香さんの句を読んで、この歌を思い出した。

2009年11月10日火曜日

●おんつぼ22 My Bloody Valentine 松本てふこ


おんつぼ22
My Bloody Valentine


松本てふこ
おんつぼ=音楽のツボ


こたつにもぐるのが大好きだ。赤外線の輝きを心ゆくまで堪能し、顔面に熱を思う存分当てることにより生まれる満足感は何ものにも代え難い。あと、こたつの熱の届くところにあるありとあらゆる布の匂い、あれもいい。満足度が更にアップする。冬に決まって愛用する足カバーがもわーんと匂っていたりすると、ああこいつも温泉に浸かったような気分でくつろいでいるのだな、と足カバーを擬人化してみたりもする。勝手すぎる。

My Bloody Valentine 『 Loveless 』 は、こたつでの鑑賞にきわめて適したアルバムである。切り刻まれ、歪められ、加工されすぎて本来の響きを奪われたギターの音が無数に積み重ねられてそれがてんでバラバラに鳴らされるのではなく何とも妙なるメロディをバックアップしているところがこのアルバムの大変素敵な点のひとつである…というのは、こたつとあんまり関係ない。男女ツインボーカルの吹けば飛びそうな繊細な声が眠気を誘わなくもない、これは少し関係があるかもしれない。こたつで音楽によって眠気を誘われた、ということは、その音楽がこたつの熱を存分に楽しむ素敵なスパイスになっている、ということだから。というかこのジャケットの赤さ、こたつの赤外線の色そのものじゃないか。

歌詞が聞き取れない度  ★★★★★
ノイズ度        ★★★★


[オススメアルバム]『Loveless』




08年フジロック出演時の映像。私、これ行きました。うれしさとうるささとおかしさで、呆気にとられていました。

2008年12月27日土曜日

●おんつぼ10 シティ 松本てふこ


おんつぼ10

シティ The City


松本てふこ

おんつぼ=音楽のツボ






93~94年の冬のこと。NHKの『ナイトジャーナル』を何かの用事でビデオ録画したので見ていたら、番組がCDコーナーに変わって萩原健太が「キャロル・キングがソロデビュー前に結成した幻のバンドのCD」を紹介していた。「60年代、ジミヘンやジャニスが体現していた、音楽で世界を変えられるという熱さと、70年代のシンガーソングライターが描いた内向的な世界との狭間にある音楽」といった主旨の紹介と収録曲のオンエア、合わせても数分しかない映像。好きになった曲は一曲単位で一日中聴き倒すタイプだった当時12歳の私の中のどこかのスイッチが入ったのか、以後狂ったようにそのビデオを観まくるようになった。ほどなくそのCD、THE CITY『NOW THAT EVERYTHING'S BEEN SAID』を買って、やはり狂ったように聴きまくった。

特に聴き狂っていたのは、TVで紹介されていた3曲目の表題曲。2分半弱しかない曲の中にどキャッチーなサビとめまぐるしいメロがぎゅうぎゅうに詰め込まれている。部分部分のメロディの綺麗さに気を取られているうちに曲が終わってしまうため、一回聴き終わるたびに「…もう一回聴こう」と再び再生ボタンを押してしまい、結局一日に五回だの十回だの聴いてしまう訳である。なお、この曲ではキャロル・キングののほほんとした歌声がスピーカーの右から左から輪唱のように聴こえてくる。ヘッドホンで聴くと美メロを歌い上げるキャロル・キングが一人二人…あれ、三人!? と増殖していくようで痛快でもありちょっと奇怪でもあり。「熱い時代と内向の時代との狭間」という言葉が似合わない、演奏の風通しの良さもちょっと不思議。狭間だからこその自由? 良く分からないけれど。

この季節には1曲目「Snow Queen」もオススメ。こういう歌が似合う街が、本当の都会ではないのかなとずっと思っている。

内向度  ★★
美メロ度 ★★★★★


〔おすすめアルバム〕 NOW THAT EVERYTHING'S BEEN SAID


Now That Everything's Been Said


Snow Queen

2008年12月22日月曜日

●おんつぼ09 ローザ・ルクセンブルグ 松本てふこ

おんつぼ09
ローザ・ルクセンブルグ
ROSA LUXEMBURG


松本てふこ







11月の終わりに京都に行って、だらだらと鴨川沿いを歩いていた。
川沿いには、いわゆる路上生活者の根城がずらりと並んでいて、
ビニールシートを貼ったドアに吊るし柿が下がっていたり、
手作りらしきクリスマスリースやらが飾ってあったりする。
犬を飼っている人もいるようだ。
一緒に歩いていたひとが、対岸を見やってあっと声をあげた。
大きな柱時計ふたつ、衣装ラックには鮮やかな色の服が数着、
聞こえてくるAMラジオのDJの声、簡素だけど丈夫そうなミニテーブル。
橋の下にちょっとした出店のように広げられた、
一人の男が暮らす生活空間がそこにあった。
主らしき初老の男は、整然としたその空間の中心で微動だにせず坐っていて、
とても満ち足りているように見えた。

京都出身のバンドであるローザ・ルクセンブルグの「橋の下」を聴くと、
そんな光景を思い出す。
路上生活者らしき、「長い髪軽くまとめて顔をよく見りゃいい男」と
橋の下に花の種を植えるエピソードを素朴に歌い、
「お花が咲けば元気になるね/明日も来るよ橋の下」と
ほのぼのとまとまりそうなところに
「なんにもないけど橋の下」というリフレインによって
怒濤のように各パートが暴れだして終わる一曲だ。
フォーキーかつ情感たっぷりの演奏とボーカル・どんとの伸びやかな高音が
この曲の全体を実に美しいものにしているのだが、
「長い髪~」という表現に見られるさりげなくも鋭い観察眼やら
植えているのが実は芥子の種やらでとにかく何だか一筋縄じゃいかない。

より分かりやすく一筋縄ではいかない歌を紹介すると、
思春期の同性愛を生々しく痛々しく描いた、その名も「おしり」という歌がある
(ホントに歌詞がスゴいので食事中は聴かない方がいいです、
いい歌ですが食事は確実にまずくなるので…)。
歌詞に登場する少年たちは周囲との軋轢に耐えかねて別れを選択するが、
後年登場したユニコーンが日常の中でしたたかに愛を育み老いていく少年たちを
「人生は上々だ」で歌っていたことを思うと、
両バンドのその後の歩みを象徴しているようで何とも言えぬ気持ちになる。
1983年の結成から解散までたった4年、フルアルバムは2枚、
どんと(編註*)の早すぎる死など、シーンを疾走した感のある彼らだが、
今聴いても音は本当にやんちゃだ。
最後に。私はこのバンドを聴いて初めて、ギターのかっこ良さを知った。


歌詞のハチャメチャ度 ★★★★☆
ギター大活躍度 ★★★★★


(編註*)どんと:1983年、ローザ・ルクセンブルグ結成。同解散の1987年、ボ・ガンボスを結成。≫参考サイト

〔おすすめアルバム〕 ポンパラス~The Best of ROSA LUXEMBURG~

デビュー前にコンテストに出場した時の映像です。