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2011年7月19日火曜日

●週刊俳句・第220号を読む 江渡華子

週刊俳句・第220号を読む

江渡華子


〔句集を読む〕興梠隆『背番号』を読む ハイクマシーン(佐藤文香×上田信治)より。

文香 「ぶらんこの子の顔が飛ぶ日暮かな 」には、驚いた。

信治  これは描写の句ではないの? 

文香  顔だけ飛ぶことはないでしょう。ホラーだ。

信治  日暮れだから、顔だけビュンビュン飛んでいる「ように見える」ってことかと。

文香   これは、俳句への疑念に感じられた。それに、この書き方は「ビュンビュン」じゃないぜきっと。

信治  ああ、おもしろいな。それはきっといい読みだ。

文香  子供はひとりだよ。このぶらんこのある公園全体に、この子しかいない。

このホラーを、ぶらんこ(春)且つ「日暮+かな」でいかにもフツーの一句と同じように
見せてるあたりが、ヤバいと思う。この人は、俳句きらいなんじゃないかと。

確かに。普通に見せることができるのが、隆さんの巧みなところだと思う。私は5句あげるのなら、この句を入れたと思う。シュールで素敵だ。この句は、妄想させてくれた。見えた情景は、文香さんの見た情景に近いかもしれない。


少年は、ブランコを漕いでいた。漕ぎ始めてから、そう長い時間は経っていない。それまでは友達と色鬼をやったり、ジャングルジムに上ったりしていた。皆が帰ってしまったさっき、さてどうしようかと見渡して、ブランコが目に入った。普段、酔うからブランコはあまり漕がない。どんどん高くまで漕ぎ、漕ぐのをやめて、また高くまで漕ぐ。繰り返すうちに、やっぱり酔ってきた。漕いでいるうちに、あっという間に日が暮れた。夕焼けが鮮やかになる頃、公園に電気が灯る。電気はブランコを照らさないから、ブランコのある場所は、空と一緒に暗くなるのだ。

暗いのは、怖い。公園は暗い場所が多い。家に一人でいる怖さとはまた違う。

また強くブランコを漕ぎ始める。ブランコの終わり方はいつもこうするというやり方のために。

大きく大きく揺らし、一番高いところで、跳んだ。地面から跳ぶ時は、足が一番先に出るけど、ブランコは、顔が一番先に出る。その時、顔だけの存在になるような気分がして、それが楽しい。

跳んだ瞬間、光のあたる場所に出た。顔から、光に入ったのだと思う。


俳句を詠み、詠まれた俳句を読むことは、堂々巡りにも思える。しかし、俳句を読んで、散文化されたものが、再び俳句に戻ることはない。それは、読むとき、読む対象が完全なる詠まれたものだからだと思う。散文化されたものが、俳句に戻ることがないと言って
も、それは広がった世界が再び同じ17音に収まることがないという意味で、あくまでそれは17音から広げた世界だということだ。

「こんな世界を感じとった」「作者はこんなことを言いたいんだと思う」

凝縮した17音から、そういうことを並べる意味を、まだ見つけることはできない。完成された作品をくずして、散文にすることに意味はあるのだろうか。

もしかしたら、読むことが一番俳句のためにならないのかもしれないと不安になることもある。上手く読めなかったことが、その対象である俳句が人目に広がる時に、悪影響を与えることはあると思うから。

それでも、読むのだ。無駄なことなのかもしれないが、私が俳句を詠むとき、どんな読まれ方でも、読んでくれる人がいると信じて詠んでいるのだから。

2011年7月9日土曜日

●週刊俳句・第219号を読む 山田耕司

週刊俳句・第219号を読む

山田耕司


もりだくさんである。



〔現代俳句協会青年部勉強会レポート〕「三鬼、語りぬ」(生駒大祐)

のっけからの宇多喜代子が数世紀を生き抜いてきた八百比丘尼のようでもあり、その前で緊張する青年の様が想像される。

「作家の肉声を蘇らせながら句を読むと楽しい。それが今はみんなわかってしまっているから味がない。だから想像する力が失せていきますよね。」と、こういう切り出しでは、「自らが想定する作家の声」を頼みとするべきであって、リアルでの接触を以て作家の声そのものとしてはいけない、という戒めにも聞こえてきて、なるほど宇多さんは鋭いことをいわはると思っていたら、結局は、三鬼のテープを聞くのであった。

三鬼のサービス精神がみずからの発言をいささか行儀の良いものにしているキライがあるように思われるが、何にせよ、このような時空を超えた試みが行われることに敬意を表す。
結局、三鬼の言うことは読者の問題に立ち返るのだ。いくら社会生活を詠んでいても読者がそれを読み取らなければそれは伝わらない。逆に、社会生活から一見離れた句を詠んでいるように見えても、読者がそれを読み解けば社会生活は必ずそこに反映されている。
社会生活を伝えるために俳句を書くことと、社会生活を読者との理解の回路として言葉の表現に執着することと、表象は似ているが方針は異なる。三鬼の放つ煙幕はさておき、生駒大祐が触れる読者との問題はこれからぜひ続きを読ませていただきたいテーマではある。



〔週刊俳句時評第38回〕ビフテキと冷奴 宇多喜代子句集『記憶』を読む(神野紗希)

なるほど、最新句集を扱うに、過去の句集をふりかえりまとめていって、本人の言葉を用いて「ビフテキから冷奴」へとの嗜好の変化になぞらえるのは、文章として読ませる構成。さすがである。

さて、その変化のみならず、一貫性をも指摘していて、これが死についての言及の多さだというのだが、これはどうだろうか。
おそらく統計をとったとしても、これだけ、「死」の語を用いて句を作ってきた俳人は、珍しいのではないだろうか。しかし、彼女は「みんな死ぬ」という事実の前に、ニヒリストにはならない。 
なんだかおおざっぱだけど立派な感じ。やはり人格的に優れていることが句に反映されていると言ってさし上げるのが礼儀なのだろう。神野はあらかじめ礼を以て接しているのである。

  サフランや映画はきのう人を殺め  宇多喜代子
『りらの木』(昭和55年)

この句において神野は次のように述べる。
映画の中で人が死んだことをいうとき、「映画」が「人を殺め」ているという表現をとることで、映画を作った人間たちと、それを見ている私たち、双方への冷ややかな批評の視線が突き刺さる。「サフラン」は、紫で涼しげな花だ。その色彩が、ひやひやとした心理感覚を体現している。
あれ? 「きのう」については?

『半島』が一定の変化の境になっているのは私も同意するが、それ以前と以降では、時間軸に対しての態度に変化があるのではないかと思われるがいかがであろうか。眼前の「サフラン」と、記憶の領域に属する映画の内容と、すぐさまには切り結ぶことがない二点間に回路を切り開こうとしている。そうした邂逅を実現させるのがまさしく定型への挑戦であった、そんな時代の句。

一方、『記憶』では、定型への挑戦というよりは、作者内の「いいたいこと」の典型をいいおさめておきたいという気配へと変化するようである。典型への志向は、構造的で衝撃的な円環を有する句の立ち姿ではなく、条理として他者と共有され流通するコードの安定を句の顔つきとするようであり、「死」は作者の一貫性ではなく、表現の不連続性において検証されてこそ、宇多喜代子の履歴を表現から探ることになるのではないだろうか。

宇多喜代子のビフテキは、かなりガッツのあるものだったと思うのだが、そこんとこはあまり触れないことにでもなっているのだろうか。



「何か」とは何か 田島健一電子句集『霧の倫理』を読む(山田露結)

散文的な「意味」の拘束を揺さぶりながらふやかしながら、言葉同士のかすかな磁場に耳を傾ける、そんな気配の田島健一の句を評するのは、なまなかな散文では実現できない。これが山田露結の個性によって絶妙に掬い出されている感あり。
そこで、掲句が読者に示そうとしているのは、読後に立ち上がるその別の「何か」の存在ではないだろうかと考えてみる。

「雉子」が現れて沈むまでの一部始終。

これをそのまま俳句表現そのものに対するメタファーとしてとらえることが可能であれば、掲句は俳句という表現形式を機能させることによって生じるひとつの効果の有り様をやや皮肉めいたかたちで暗示しているようにも受け取れる。
「何か」を意味として伝えるのではなく、俳句であろうとすることそのものが伝える「何か」を導くのが田島健一の句の特徴であるとすることには、異議無し。



週刊俳句・10句競作 第1回 結果発表

さて、何と言っても、この企画の「途中」感が面白い。

作家のベスト&ブライテストを見せてやろうというよりも、チャレンジしてみるぞという「途中」の柔軟さが出句作品に感じられた。また審査諸氏も「読む」ということを個人の立場で行っていて、そこに「何らかの権威として入選作を世に示す」的な気負いが感じられない点に、制度のここちよい「途中」感がある。

この感覚は、週刊俳句ならではの気配なのだろうか、それともネットという環境が育むものなのだろうか、もちろん、かかわる方々の創造性なくしては語れないものであることはいうまでもないのだが、活字媒体ではあまり味わえないのではないかと思われる。この「途中」テイストを併せて味わいながら、俳句を書いたり読んだりすることの楽しさとスリルを拝読。

「途中」、もちろんこれは「ライブ」という語に置き換えてさしつかえない。



余談。

虚子に学ぶ俳句365日』、現在手元に三冊。
差し上げて出て行ったと思ったら、別の人からいただいてしまった。
不思議な運動をする書籍である。

2011年7月2日土曜日

●週刊俳句・第218号を読む 岡田由季

週刊俳句・第218号を読む

岡田由季


小学生の頃、作文の題で得意だったのは「家族について書きなさい」といった内容のものでした。うちの家族はみんなどこか変だったので、題材に困ることがなかったから。

逆に苦手だったのが読書感想文。たとえば「メロスのような勇気ある人に私もなりたいと思います」といったようなありきたりで白々しいことは書きたくないのに、いざ書こうとすると、ほかに何も思いつかないし、当時は、自分なりに、かなりの集中力をもって本を読んでいて、「この文章は何を言いたいのか」などと余計なことを考えず、ただ読んで内容を受け止めて味わうことを純粋な喜びとしていたいという気持ちがあるのに、自分の稚拙な感想なんかを述べることは苦痛でしかないし、本を読む楽しさが台無しになるように感じていました。

その後、中学、高校と、出会った国語の先生との相性が何れもみごとに悪く、すっかり文学アレルギーになってしまっていたはずなのに、なぜか、今、俳句などと関わっています。そうすると、俳句作品や、書かれた文章について「何か書く」という機会が時々はあるものです。今でもそういった行為は得意ではなく、稚拙な感想しか浮かんでこないのは同じです。ただ小学生の頃のように、純粋に読むことに没頭するということもできなくなっているように思います。それは長く生きてきたからいろいろな物がまつわりついてきたからかもしれないし、どこかに書き手としての自分がいるからかもしれません。その今の自分と、「書かれたもの」との距離を探るために、ぽつりぽつりと書いていくしかないのかもしれません。

さて、週俳218号。

あとがきによると、今号は原稿が少なく、編集部の方が急遽書かれたものもあるとのこと。

コンテンツは、まず超新撰21を読む、の記事が3本。生駒大祐さんの「たじま酔い」という言葉が面白い。たじまさんは俳句の話をし出すと止まらないので、その熱弁を聞いていても「たじま酔い」になることがあります。

野口裕さんの林田紀音夫全句集拾読はなんと170回に。この全句集が出たときに、図書館で手にとり、その分厚さ重さ字の細かさ、ぎっしり余白なく2段組みの俳句にすっかりくじけた覚えがあります。その時の印象では重く暗く貧乏くさい(失礼)句が並んでいると思ったのですが、こうやって数句ずつ、解きほぐしていただくと、そうでもなく感じます。研究肌の継続的ワークに感服です。

そして、「その他もろもろ毛呂篤」。ええと、読み方、「もろあつし」さんであっているのでしょうか。記事からのリンク先で、大畑等さんは、「モロトクさん」という呼び方をされています

この毛呂篤さん、私は全く存じあげなかったのですが、西原天気さんが西村麒麟さんスタイルで、一句一句つっこみを入れながら紹介されているのも納得です。「つっこんで!」て言わんばかりの句が並んでいます。

  あいつと夫婦(めおと)になるぞらっきょう畑全開

って…

らっきょう畑で画像検索をしてみると、花の時期はとても美しいのですね。鳥取までらっきょうの花を見に行きたくなりました。「全開」が花の時期を示しているとは限らないのですが。何かとても祝福したくなるような句です。

この目でおがむ 毛呂篤の本いろいろ」を見ると、その句集の装丁の美しいことに驚きます。リトグラフのように連番が入っているのです。このような美麗な本に「らっきょう男」とか「ハアー」とかの句が入っているのかと思うと、美学だなぁ、と思います。

100句ほど毛呂篤の詰め合わせ」は、御教訓カレンダー(今もあるのですね)のように、日めくりにして発売してもらいたいです。壁にかけて毎日眺めれば、最近よく耳にする、ちょっと癇に障る表現でいうと、「元気をもらえる」のではないかと思います。



2011年6月25日土曜日

●週刊俳句・第217号を読む 藤 幹子

週刊俳句・第217号を読む

藤 幹子


ほー、とか、へー、とか言っていたら話にはならないのだけれども、今回の週刊俳句・第217号を読むにつけ、私はほーとへーを連発する機械に成り下がっていた。(大概そうだという話もある)これだけ読み応えのある回とは知らず本稿を引き受けてしまった事に怖じ、日曜日は己を叱咤することから始まった。

それにしても、青木亮人氏の論考は、なんと読みやすいのだろう。(週刊俳句 Haiku Weekly: 彌榮浩樹「1%の俳句―一挙性・露呈性・写生」再読 有季定型と「写生」は結婚しうるか(1) 青木亮人

冒頭でまず「批評」という事そのものを説く、それにより、本論にどう接していけばよいか心構えをさせてもらえる。日頃から接する機会の多い人ならばともかく、私のような普段そういうものを読みつけない人間にとっては、研究文・評論文などに類するものに対峙したときに、根本的な事があやふやなままな事がとても多い。

今回「批評」について「断言の魅力」、また「多くの批判と誤解にさらされそれ以上に巨大な無関心に包まれようとも、取りかえの効かない、切実で、緊迫した「文学」像を読者に訴えようとする、その存念が文体に宿っていること」を文学研究においては迫力とも魅力ともする、と書かれた事で、すとん、と納得し、その後の展開において書かれる、「彌榮氏はなぜこのような書き方を選んだのか」がすんなりと頭に入ってきた。

そして「多くの批判と誤解に~「文学」像を読者に訴えようとする」という文はそのまま後段の彌榮氏及びかつての子規の切迫感にかかってくるわけで、先を読み進めながら前段に述べられていたことの理解をさらに深めていくという快さを味わうことができる。子規と彌榮氏の立ち位置の相違、「写生」というキーワード、まだ本稿では言及されていないことにも興味は尽きない。

話題に興味はなくもないけれど、長そうだから読むのはやめておこう、というような方がもしもいたならば(そんな事を言い出すのは私ぐらいなのか?)ぜひ食わずぎらいせず読んでいただきたい。

しかしまたしても私は自分に驚くのだ、どうにも狭い考え方から頭を出せない自分に。

俳人の多くは決して、「文学」および一般世界において、俳句が歯牙にもかけられていない、あるいは通り一遍の理解しかされていない、という事を忘れているわけではないだろう。むしろよくよく知っているからこそ、外へ向けて発信する徒労をやめている。では外の世界は外の世界でやって貰おう、我々は我々で楽しむ、解る人にだけ解っていただければいいんですよ、と。故に、俳論はほぼ俳句実作者にむけて書かれるものであるし、作品もまたそうである。

それはどんな趣味の世界でも言えることであり、悪いことだとは思わない。事実私はそんな閉鎖性を愛している。

ただ、閉鎖性を愛するからといって、そのジャンルを外の世界へ表出させようという試みに対しての想像力まで無くしてしまうようではいけないと、今回強く感じた。何となれば私は、彌榮氏の評論に、「なぜこのように書いたのかわからない」という思考停止状態に陥る事しかできなかったからである。(それはおまえさんの理解力が足りないだけだ、との声が響き渡ります。ごもっとも。)

迷妄する私にとって、青木氏の研究者としての冷静な目は確かな道しるべとなった。「これを針でもって瞼の内側に記しておいたならば、これを恭しく読む者に一つの教訓となるであろう」という千夜一夜物語に繰り返し出てくる一節を思い出しながら、次回の記事を楽しみに待っている次第である。


時評について、悲しいほどに何も書けない事に恥じ怖じている。(週刊俳句 Haiku Weekly: 週刊俳句時評第36回 吉野の花見 角川春樹『白鳥忌』に思うこと  五十嵐秀彦)全く芸のない感想しか書けない。つまり、とても面白かったのだ。

森澄雄と角川春樹。また、山本健吉、中上健次。「吉野の花見」という場に居合わせていた人々それぞれの言動を節度をもって追いながら、そのバックグラウンドにあろう、折口信夫、角川源義という巨人たちへ思いを馳せる。この短い文章の中で、彼らの軌跡に対しての筆者の愛惜をそこここに感じる事ができる。それがどうにも胸に迫るのだ。不勉強の私は彼らの著作を一つとして読んでいないが、五十嵐氏の文章にそっと寄り添ってみたいが為に、チャレンジしようと思うほどである。これもまた、必読。


おしまいに、10句作品より好きな句を。この乾き方はとても好きです。(週刊俳句 Haiku Weekly: 10句作品 村上鞆彦 海を見に

  まだ息の絶えざるものに蟻たかる

  郭公や水切りかごに皿が立つ

2011年6月22日水曜日

●週刊俳句・第216号を読む 野口る理

週刊俳句・第216号を読む

野口る理

「詠む」と「読む」は似ている。

手元の広辞苑で調べてみても「よ・む【読む・詠む】」とあり、
「読む」と「詠む」は、一項目に同居している関係だ。

「詠む」とは言語化されていないものを「読む」行為だと言えよう。
たとえば風景や心情など、眼前の未言語を「読む」行為である。

「未言語状態のもの」は、
人間が詠まずともただそれとしてあり、完成しているものである。
それを言語化することは、その本質を変形させてしまう行為でもあり、
そこに構成された「言葉」が本質以上のものであるとは限らない。
それでも我々は、詠んでしまう。

「作品」を「読む」ことも同じである。
「作品」は読者が読まずともただそれとしてあり、完成されている。
「作品」を読み、たとえば文章にするということによって、
その「作品」の本質は、変形してゆく可能性を多分にはらんでいる。
読むために尽くした「言葉」が、「作品」以上のものであるとは限らない。
それでも、読むのだ。

それは、なぜか。



作者に人生があるように、読者にも人生がある。

誰が、何を、いつ、どこで、なぜ、誰に、どのように、どれだけ(6W2H)。
「作品」のコンテクストを考えるときに少し意識するところであろう。
「読まれたもの(散文)」にも、これを意識することはできる。

これを意識することが、
作者の眼前にある「未言語状態のもの」にとって、
読者の眼前にある「作品」にとって、
意義があることもあれば、ないこともある。

その差は、なにか。



生駒大祐氏の「世代論ふたたび」は、
作品のコンテクスト、つまりは作家について非常に意識したものである。
このような世代論を、生駒大祐という人間が書く、ということに、
文章以上のものを受け取り得る。筆者のコンテクストだ。
この文章以上のものを受け取る意識そのものに、
受け手自身のコンテクストが、もう関わり始めている。

かまちよしろう氏の「そんな日」は、
「未言語状態のもの(未イラスト化状態のもの)」を、イラストにしたもの。
イラストと言葉の違いについては、稿を改め考察してみたいところである。

今回の「週俳5月の俳句を読む」は執筆者が六人いる。
もちろん内容は六人六様で、
だからこそ、筆者(読者)のコンテクストなるものが活きるのだろう。
野口裕氏の「林田紀音夫全句集拾読」も同様である。


心あるひとならだれしも、けっして自分自身の知性によって把握されたものを、言葉という脆弱な器に、ましてや取り替えもきかぬ状態に――とは、文字でもって書かれたものの状態に、ということだけれども――、あえて盛り込もうとはしないであろう。
「書簡集」(『プラトン全集 14』長坂公一・水野有庸訳、岩波書店、2006)
それでも、言葉しかないのだ。



2011年6月11日土曜日

●週刊俳句・第215号を読む 岡村知昭

昂ぶりたく
週刊俳句・第215号を読む

岡村知昭


プリントアウトした一枚の画像をもう一度見つめ直してみる。屋根には高々と掲げられた十字架、古きよき洋風建築のたたずまいに溢れた教会はペーパークラフトによって作られたもの。二週にわたった小池康生氏の「商店街放浪記」大阪千林商店街篇に登場する「ペーパーさん」の手によって再現された旧石巻ハリストス正教会教会堂、ここは大震災によって半壊状態にあるとのことだ。

今回もまた、小池氏と仲間たちは千林商店街の隅々を十二分に味わい尽くしているのだが、途中から小池氏が何かいつもと異なる雰囲気を仲間たちに感じはじめてから、商店街をめぐる筆の運びもまた単に楽しんでいます、というだけではない感情の動きの数々を垣間見せるようになってくるのだが、そんな風情を仲間たちに見せてなるものかとさらなる小池氏の彷徨は続く、いやうろつく。
さらにうろつく。
商店街をうろうろ、住宅街をうろうろ。
一人なら不審人物だ。
わたしなどはもうどこを歩いているかわからない。(文中より)
何ゆえにここまで昂ぶるのか、街のありように駆り立てられるのか、などという問いは、ここでは何の意味も持たないだろう。どうにか答えられたら「なぜこんなにも昂ぶるのかを知りたくて」とだけ言って、すぐに再び自分を駆り立てていくことになるだろう。この昂ぶりを楽しめるかどうかはさまざまに反応あるだろうが、このときの目の輝きや次第に荒くなる呼吸の様子は小池氏の文章からひしひしと伝わってきて、ここで私はいま、この人たちと一緒に千林商店街を歩いているのだという気持ちに駆り立てられていく。そんな文章の最後に登場するのが、「ペーパーさん」作による旧石巻ハリストス正教会教会堂のペーパークラフト。「東北の大震災のすぐあと」になぜ作ろうとしたか、ではなく作ろうとする行為そのものへの驚きに小池氏の眼が向けられるのは当然のことかもしれない、自分たちもここ千林商店街で、同じように街を味わいつくそうとする行為そのものへの昂ぶりに駆り立てられながら歩き続けているのだ。

 夏の客人漂うて来て椅子にゐる   生駒大祐

この一句の「客人」の漂いぶりには、どこか小池氏とその仲間たちの姿を髣髴とさせるものがあるが、作者はあくまでも「客人」を迎える側からの冷静な目線を忘れてはいない。椅子に深く腰掛けてようやくの急速の時を過ごす「客人」への感情移入を、迎える側はなんとか思いとどまろうとしているかのようだ。なぜ歩くのか、なぜ漂うのかという問いを発してしまうと、まっすぐに自分自身に向けて跳ね返ってくるからだろうか、それとも生き方のあまりの違いにただ呆然となるしかないからだろうか。椅子にたたずむ客人の身体にまとわりつく「夏」はこのとき、時候の暑さだけにとどまらず、ひとりの人物が自らの心身に深く抱え込んでしまい、手放すことがどうにも叶わない理由なき昂ぶりに駆り立てられる姿のようにも見えてくるのである。

そして私は、プリントアウトしたペーパークラフトの旧石巻ハリストス正教会教会堂をもう一度、見つめ直してみる。

2011年6月5日日曜日

●週刊俳句・第214号を読む 田島健一

週刊俳句・第214号を読む

田島健一


深夜2時。週刊俳句第214号を読む。

読む、というより眺めている。三矢サイダーを飲みながら。

一日の仕事を終えて、ある意味途方にくれている時間。

ああ、僕は、つくづく俳句がなくても生きていける。

そんな時間に、こうして週刊俳句を眺めている僕は、一体、何を読みたいのだろう。

週刊俳句第214号の誌上では、俳句についていろいろな視点から論じられている。
それを眺めている僕はそこでは運命のように第三者だ。

それは、いい。

実は、そこに「書かれたこと」自体に、僕はあまり興味がない。
そこに「書かれたこと」は、もう既に、通り過ぎてしまった情熱でしかないからだ。

俳句を読むときも同じだ。

むしろ、それを「書くこと」─ 正確には、その「書くこと」と「書かれたこと」とのあいだの距離が僕の興味の対象だ。

それがなければ、僕にとって俳句は意味がない。

「書かれたこと」の美を支えているものは、この「書くこと」と「書かれたこと」との間にある。

「誰か」が「何か」について書くとき、その「何か」は「誰か」にとっての対象にとどまらない。いつしか、その「何か」はその「誰か」を構成する。「書くこと」と「書かれたこと」との間にあった、言わば「信じる様式」のようなものが、いつしか「書かれたこと」そのものになっていく。

これは、不思議なことだ。

けれども、これがなければ、「対象」は永遠に「対象」のままで、もうしそうであるならば、すべての物が─俳句も景色も、週刊俳句も、すべてが僕の目の前から消えてしまう。


・・・と、ここまで書いて、急に睡魔に襲われる。仕方ないので、寝ることにする。既に深夜3時をまわっている。明日も仕事。


そして、翌日。仕事から帰り、再び深夜2時。


昨日書いたところを、読み直す。


自分でも、何が言いたいのかよくわからない文章に、へこたれる。

これで「週刊俳句を読む」というテーマにそっているのだろうか。


はて。

まあ、いい。


天気さんからは、気楽に書いていい、ということなので、引き続き書く。


なんだっけ?

ああ、「書くこと」と「書かれたこと」の話。

それにしても「書くこと」と「書かれたこと」についての話はややこしい。

きっと読んでいる側も、この「書くこと」と「書かれたこと」との違いについて、ピンと来る人は少ないだろう。

どうしよう。


そう、僕は「読む」とはどういうことなのか、ということについて、週刊俳句第214号を眺めながら考えているのだ。


この号では、今井聖さんが佐々木ゆき子という俳人について書き、関悦史さんが彌榮浩樹さんの書いた評論について論じ、松尾清隆さんが上田信治さんの句について書き、藤幹子さんが、俳誌『豆の木』について書いている。

みんな、何かに「ついて」書いている。「書く」ということは、そういうことだ。

で、僕はそれを「読む」

それを読みながら



・・・とここまで書いて、ふと気がつくと部屋の床にうつぶせになって寝ていた。午前4時半。あ、寝なきゃ。明日も仕事だ。

というわけで、続きはまた明日。うーん、遅々として筆が(キーボードが)進まない。書くのが遅くて、ごめんなさい。


そして、三日目。仕事から帰ってきました。風呂上り。深夜1時54分。

続きを書く。


みんな、何かに「ついて」書いているのだけれど、それを「読む」僕は、何かに「ついて」読んでいるわけではない。

つまり、書いた人の思考を書いた人と同じ順序で歩んで行くわけではないのですね。

うん、三日目にして、ようやく自分が何を書きたいのかが見えてきた。


そう。


例えば、藤幹子さんが「豆の木」について書いていますが、ま、「豆の木」の当事者としての僕は、くすぐったいやら、うれしいやらで、まぁ、こころの中では小躍りしながら、一方では「そんなに、大したものかねぇ」なんて思うところもあるのです。

でも、このような感想だけでは、この藤幹子さんの文章を読んだことにはならないのですね。

この藤幹子さん・・・ああ、まどろっこしい。いつもどおり、ふじみきさんと呼びますが、このふじみきさんが、この文章を書いたことで、「書くこと」と「書かれたこと」とのあいだに生まれた裂け目のようなものを、じっとみつめることが、本当の意味で「読む」ことなのだろう・・・と、そういうことが言いたいわけですね。

その裂け目には、ふじみきさん自身が気付かなかった、息づかいや言い淀みのようなものがあって、またそれを感じながら、シャイに振舞うふじみきさんの言葉づかいの中に、読み手としての僕が感じるところがあるのです。

もちろん、「週刊俳句第214号を読む」というテーマでは、その「感じ」について書くべきなのでしょうけれど、それを書かないところが、僕のひねくれているところなんだな。

だから、そういう意味で、今井さんが俳人・佐々木ゆき子について書いたことにも、関さんが、彌榮浩樹の書いた評論について書いたことにも、松尾清隆さんが上田信治さんの句について書いたことにも、僕はすごく感じるわけです。


言わば、そうして書かれたものは、書いた人の一種の「態度表明」になっているから。

書いた本人が、そう思っているか思っていないかに関わらず、それを書いたということが、その人自身のある意味すべてを表出してしまっている、ということ。

これは、一種の推理小説を読んでいるような面白さがあるわけですね。

「そのとき、なぜ犬は吠えなかったのか」ということを指摘するホームズのように、「なぜ、セキエツは「1%の俳句」について論じなければならなかったのか」ということが、僕の興味の中心にあるわけです。

もちろん、そこに「書かれたこと」はそれを読み解くための手がかりなわけですけれども、それは直接的に問題の中心を指し示していないのですね。

だから、その「書かれたこと」は「書くこと」との関係性のなかで、ほんとうにその筆者が書きたかったこと(書くべきだったこと)が浮かび上がってくる。それはもっと言えば、そこに書かれていないことが、書かれている瞬間なんですね。

その意味で─そこに書かれていないことを、書き手が書いてしまっている─作者は、作者以上のものなのです。


もちろん、これは週刊俳句第214号を読みながら考えているのです。

この号は、文章が中心ですけれども、俳句作品を読むときも、僕はそうやって読んでいるわけで、こうして夜な夜な、週刊俳句第214号を眺めながら、まるでそれが一句の俳句作品のように─つまりは、大きなひとつの景色のように、僕は限りない第三者として、じっと眠気を耐えながら、ディスプレイを見つめて、そんなことを感じているのでありました。


ああ、無駄に長い文章。

とりとめのない。


おやすみなさい。


たじま。

2011年6月4日土曜日

●週刊俳句・第214号を読む 宮本佳世乃

週刊俳句・第214号を読む

宮本佳世乃


少数派かもしれませんが、私は週刊俳句の表紙と後記が大好きで、毎週そこから読みはじめます。

今回の表紙は、梅雨に入ったこの時期にぴったりです。雨とその背後にうつるぼんやりした集合住宅めいたもの、そして青っぽい何か。濃いめの赤いフォントが魅力的。雨の日の湿度や、気分というよりも、雨であるという事実だけを伝えているように思いました。

ウラハイでみる写真とは一味違って、文字色の効果があります。同記事の正立と倒立に関する野口裕さんのコメント、わかりやすくて楽しめました。



今井聖さんの「奇人怪人俳人」は、いつもエネルギーたっぷりです。生きざまへの筆致や選ばれる俳句を読むと、その俳人への愛情を感じます。

今号では看護師であり俳人でもある佐々木ゆき子さんについて取り上げられています。60歳から15年間医療ボランティアをした横浜の寿町での俳句を読むと、腹を据えて、そこに住む人たちと浸透しながら生きている姿が目に浮かびます。医療の対象には患者という言葉がすぐに出てきますが、彼女らは患者をみてきたのではなく、病気や訴えに関わらず、目の前にある事実をみてきたのではないかと思います。生活のレベルで何でも見てきた看護師は、そんじょそこらのことではたじろぎません。ダイナミックな30句が連なっています。



今回は豆の木宛にラブレターをいただきました。藤幹子さんからです。

ながい長い前置きに、とても気持ちが籠っていました。たぶんこしのさんは相当照れているんじゃないかと思います。

藤幹子さんの文章や言葉遣いは、熟成しています。ここちよいし、丁寧に目配りしてくださいました。ありがとうございます。ふじみきさんの豆の木誌の解体によって、なんだかお化粧していいお洋服を着させてもらった気分です。今度、ぜひ句会をご一緒したいです!たぶん、みんなワクワクしているに違いありません。



そしてふわりとかまちよしろうさん。 たまにスーツなんて着て、雨にあたってしまったようにも見えて、くすり。 お元気そうで何よりです。


毎週の後記をよむとふっと気持ちがやわらぎます。なんだか、深夜にラジオを聴いているような気分です。つぎの日曜日までの時間が、またつづいています。



あっ、忘れてました。6月11日の現俳協青年部のシンポシオンの告知を載せてもらってます。迷っている方、豪華ゲストの話を間近できけるチャンスです。週刊俳句さま、広告を載せていただき、いつもありがとうございます。

2011年5月29日日曜日

●週刊俳句・第213号を読む 小川楓子

週刊俳句・第213号を読む
バナナジュースを飲みながら

小川楓子


週刊俳句時評第32回
「それは本当にあなたの言葉なんですか」を受けて

先日、半年振りに下北沢でNさんに会った。少し遅れて着いたわたしを、改札の柱に寄りかかって翻訳の作業をしながら待っていてくれたようだ。普段と変わらず快活なNさんに、「震災は創作活動に影響を与えていますか?」といきなり聞いてみた。Nさんは、「最近あまり集中できない感じがする。能率が上がらないし、落ち込んでいるのかも。」と答えた。Nさんは、小説、翻訳、音楽など多方面に渡って活躍し、そんな多忙な日々を、いつもクールにこなしているように見受けられる。そんなNさんでさえ、この度の震災に際して影響を受けていることに、わたしは少し驚いた。

焼き魚定食でお腹を満たし、古着屋さんを何軒かのぞく。わたしは、生まれて初めて下北沢に来たものだから見るものすべてがめずらしい。昭和の香りのするワンピースや食器棚の傍に立つと、自分が生まれていない時代のものさえも懐かしく思えてくる。最近、懐かしい人や物の傍に居たい気分になることが多いのは、震災の影響だろうか。歩きつかれて、立ち寄ったカフェで、Nさんはコーヒー、わたしはバナナジュースを注文した。メニューにバナナジュースがあるとつい、朝バナナを食べてきたのに、なぜか注文してしまから不思議だ。

わたしは再び、震災に係わる質問を投げかけてみた。「今回の震災は作品に影響を与えていますか?」と。Nさんは、東北出身である。和合亮一さんの「詩の礫」等ツイッターにおける、震災関連の動向にも詳しい。「震災を機に物の見方も詩のスタイルも変わった」という和合さんの発言が、印象的であったために、わたしはNさんからも「影響を与えている。」という答えが返ってくるものと思っていた。

Nさんは、少し怒ったような口調で噛み締めるように答えた。

「二十歳以上の作家で、この震災により作品に影響を受けたとするならば、それはその人の作家としての覚悟が足りなかったのだろう。僕は、かつて家族と死別して以来、どんなことがあろうとも、揺らぐことのない作品を作ろうと意識してきた。」

Nさんは、未熟なわたしに作家としての覚悟を伝えながら、半ば自らを鼓舞するようでもあった。どんなことが起こったとしても、それに耐えうる作品をわたしは作って来ただろうか。否、これから作ってゆくことができるだろうか。震災後のどことなく人恋しく、懐かしいものに惹かれる気分のなかで作句していた私は、頭をがつんと殴られたようなショックにしばし呆然とした。五十嵐の文中にある森村泰昌の発言、「それは本当にあなたの言葉なんですか。」という問いを正に、この時突きつけられたような気がした。

森村の「芸術は人を勇気づけるようなものじゃない」という発言も印象的だ。たしかに、コンテンポラリーダンスや現代アートといったものは、時として観ている者に苛立ちを与えたり、不安がらせたりする。心のどこかに引っ掛かることで鑑賞者に印象付けるためには、手段を選ばないゆえ「現代」と名の付いたものからは、どこか尖った決意のようなものを感じる。現代の俳句においては、どうだろう。鑑賞者の意識に深く食い込むために、ときには常識を破り、手段を選ばずに挑んでゆくことができるだろうか。芸術で人を救うことはできない。それをどこかでわかっていながら、芸術は人を救い、勇気づけることができるという希望を抱くゆえに、わたしは俳句を作っているような気がする。俳句も他の「現代」と名の付く芸術と同様の道を模索するのか、それとも独自の道へ辿りつくのか。本当のわたしの言葉とは何かを考えたときに、この問いと対峙してゆかなくてはならない。そんな事を考えながら、すっかり日が長くなった夕暮れのカフェでバナナジュースを飲み干していた。

2011年5月21日土曜日

●週刊俳句・第212号を読む 島田牙城

週刊俳句・第212号を読む
読みの栄光を考へる

島田牙城


五月十五日、午前十一時四分、新幹線あさま号から上田信治さんが佐久平駅に降り立つ。僕が駅についたのは三分後だつたか。信治さんはⅰパッドをいじりながら待つてくれてゐた。

情けない話だけれど、僕はそれを見るのが初めてで、特にiパッドと一緒に信治さんがいじつてゐる黒い缶詰のやうなものに興味を覚え、なにやかや聞きながら階段を駐車場へと降り始める。

すると信治さんは先づ黒い缶詰を鞄に納めたあと、階段を下りながらiパッドに蓋をした。蓋。たしかに蓋なのだけど、あれはまさしく四つ折の風呂の蓋。はう、信治さんはかういふ新しい機械を難なくへつちやらに使ひこなす人なんだと、それ以上質問することが恥ずかしくなつて、佐久の今朝の霜注意報のはうへと話をずらす。

しかし、僕の頭の中には平べつたい大流行の機械のどこに、あの四つ折の風呂の蓋が収納されてゐたのかといふ謎で満たされてゐた。

面白い事に風呂の蓋が気になり始めると、黒い缶詰のことは頭から抜け出したらしく、たつた今聞いたその缶詰の説明が思ひ出せない、といふか、興味を示す先が缶詰から蓋へ以降するのに一分とかかつてゐなかつたのだろうから、缶詰については本当の好奇心としては成就出来なかつたのかもしれない。

信治さんは僕の車の助手席に坐り、そのまま邑書林の事務所へと運ばれた。

到着が何時何分であつたかなどといふ些細なことは僕は気にも留めてゐないのだが、次に書くことに関係があるので推測してみると、佐久平駅から我が家まではだいたい十二三分かかるのだから、十一時二十分過ぎには事務所に入つたのであらうか。

特段会はねばならぬ話があるわけでもなく、二日前だつたか、信治さんのはうから時間ができたのでふらつと佐久へ行くよとメールがあり、偶然僕の時間も空いてゐたので合はうといふことにしたに過ぎない。俳句の世界のライバルプロデューサーである以前に、「里」といふ月刊同人誌の同人仲間なのだから、情報交換そのものが互ひの俳句観の確認といふことにもなる間柄である。

その日のうちにまた塒へ舞ひ戻るといふのだから、酔狂といへば酔狂、俳といへば俳の來里。

あ、僕は俳人が「里」の本拠地である佐久を訪れてくれることを來里と勝手に言つてゐる。

信治さんとの会話の中心は、俳句をいかに魅力的なものとして読んでもらふかといふこと。ともに俳人でありながら演出家であることをも自任してゐるので、俳論の手前でもありその後でもあるやうな話になる。

その時もまたⅰパッドを持ち出すのだけど、話をしてゐるうちにやばくなるだらうからと、この節電のご時世に我が家のソケットへ信治さんはⅰパッドのコンセントを差し込んだ。

二時間ばかり激論を闘はせた後、飯食ひに行きませうと誘ふので、以前磐井さんたちをお連れしたことのある磊庵といふ蕎麦屋に連れていつた。

事務所を出るとき、信治さんはソケットからコンセントを抜くことを忘れなかつたのは勿論だか、またもさりげなく僕の目の前でⅰパッドに風呂の蓋をした。僕はそれを眇で見ながら、さういえば風呂の蓋を開けるところを見逃したことに気付き、忸怩たる思ひに、信治さんには悟られぬやうに歯噛みした。

磊庵には「里」の同人仲間である土橋とはが同行した。言つてみれば僕の妻である。二人が三人になると、人数は一点五倍なのに、会話は一往復から三往復へと三倍になる。食事の時はその方が楽しからうといふに過ぎないのであつて、磊庵で昼酒を飲むのだから帰りの運転手が必要だ、などといふ不埒なことを思つたわけでは決してない。

磊庵で濃い蕎麦を食らひ、ビールをかつ込んだあと、四時過ぎの新幹線あさま号東京行に信治さんを放り込んで自宅に戻ると、テレビでレッズ対セレッソのサッカーをやつてゐた。僕は信治さんとの会話に酔つたのか、サッカーを見てゐるのか寝てゐるのか分からない状態で試合終了のホイッスルを聞き、中間試験前なのに日曜の昼間からサッカーのテレビ観戦で時間を無駄遣ひしてゐた愚息を子ども部屋へ追ひやつた後、事務所にふらふらとたどり着いてEメールを開けた。

件名「御寄稿のお願い:ウラハイ」。送信者「tenki saibara」。日時「2011年5月15日 11:21」。

何、十一時二十一分とな。この偶然はいつたい何なのだらう。信治さんがこのパソコンの前の机に坐つたちやうどその時、天気さんのメールが飛んできてゐたのだ。

僕はこの依頼メールを安堵とともに読んだ。なーんだ、さうだつたのか、と思つた。

いや、信治さんと天気さんが示し合はせたのだなんて露思はない。偶然なんだ。でも、その偶然の積み重ねが人を動かしてゐるんだな。そしてその偶然が面白いし、その偶然を掬ひあげることこそが俳人の仕事なんだ。などといふたあいない納得。

天気さんに誘われるままに「週刊俳句」二百十二号を読んだ。生駒大祐さんが「読み」について書いてをられた。ほかにも鈴木牛後さんが句集を読んでをられる。また生駒さんと野口裕さんが計三本俳句を読んでをられる。

それぞれの文へ特別に何か語らうとは思はない。教へられることが多いし、俳句にとつて実にいい光景だ。俳句が待望の批評の時代に突入し始めたのかもしれない。

さて、これは逆説的に書くのだけれど、俳句は読まれない歴史を歩んできた。選ばれる歴史は長い。連句の時代は捌によつて選ばれたし、虚子は「選は創作」といふ絶妙のお茶の濁し方で読みすなはち批評・鑑賞を嫌つた。

しかし何時のころからか俳句は読まれるようになりはじめた。そしてついに今、俳句は読みの時代に入らうとしてゐる。

と同時に俳句は句会の時代を続けてゐる。こちらは若干の変化はあつた(例えば句会が極端に少ない「豈」など)やうだが、句座をともにした連句時代から近代、現代と、句会は衰へることを知らない。

選ばれることと読まれること。

俳句関係のホームページをネットサーフィンしてゐると、何の批評・鑑賞も加へることなくただ他者の作品を羅列してゐるページにちよくちよく出会ふ。あれらは明らかに読みではなく選びの世界なのだらう。そしてそれが伝統的俳句の姿なのかもしれない。

嗚呼、何か深みに嵌りさうである。

天気さんからは字数制限はされてゐないけれど、締め切り制限は一応ある。これ以上考へてゐるとそれに遅れる。

この後はいづれ次回といふことにしよう。

一つ気になつてゐる胸の痞へを吐露しておくと、

偶然の産物でありエクスタシーの塊であるやうな俳句といふ一句一句は、選といふ方法によつて深められてきたのだらうが、読みといふ一句解体の作業は本当に俳句のためになるのだらうかといふ思ひが、ぼくの中にあるといふことである。読みが偶然の作に必然を押し付けることがあつてはならない。もちろんそれは読み手の技量の問題もあるのだらうが、読みといふ作業が選びとはちがふ脳の作用に拠つてゐることは確かだと思ふものだから、頭の弱い僕などは混乱するのである。

ここでいふ選びとは、句会などで要求されるスピードを伴ふ選のことである。そこでは、読みを拒絶した瞬時の閃きのやうな選択が要求されるのだつた。

読みの時代に栄光あれと思ひつつ、ふつきれない思ひを捨てきれずにゐる。

2011年5月14日土曜日

●週刊俳句・第211号を読む 太田うさぎ

週刊俳句・第211号を読む

太田うさぎ

「週刊俳句」のサイトを開くときに、「さて今週はどんな表紙だろう」となんとなく期待している。比較する必要もないのだが、俳句総合誌のような季節感を打ち出した表紙とは異なり、被写体は団地だったり何かの装置のクローズアップだったり、人気のない浜辺だったり、と1年365日52週のどの号を飾ってもよさそうだ。季題趣味とは一線を画してどちらかと言えばドライなアトモスフィア。

第211号の表紙は「あれ?いつもとちょっと趣向が変わってる?」と思った。オレンジ色の濃淡と柔らかい輪郭がミスティーで、普段の写真と微熱程度の温度差がある。編集後記によると募集第一弾で藤田哲史氏の提供とのこと。なるほど道理で違って見えたわけだと納得。ウラハイの方でその藤田氏が書いている

「貼り付けてあるものとしみ込ませているもののちがいは、時間が経てばわかる、と誰かは言う。」

3月11日以降多くの震災俳句が作られているようだけれど、それらもまた、貼り付けたものとしみ込ませているものにいずれ分かれるのだろう。


写真を楽しんだあと、目次に目を移すといきなり「フクシマ忌」のタイトルが飛び込んで来た。まさしく、飛び込んで来た、というインパクトだった。ナントカ忌で人名以外と言えばまず思い浮かぶのが、ヒロシマ、ナガサキ、の原爆忌。ほかにサリン忌も聞いたことがある(感心しないけど)。作者の白井氏は広島及び長崎への原爆投下を念頭において「フクシマ忌」を考えたのだろう、季語として。しかし、8月6日の広島、8月9日の長崎、あるいは3月10日の東京大空襲とは違い、フクシマ忌とは何月何日と定められるものだろうか。事故から2ヶ月を経てもいっこうに解決の糸口がつかないどころか、これから先更に事態が悪化することも充分ありうる。住み慣れた土地を離れざるを得なくなった日、家業に終止符を打った日、人によってもそれぞれだろう。フクシマ忌とは、ピンポイント出切るものではなく、むしろこの八方ふさがり状況におかれている私達の心理のありようを指すのかもしれない。

並んだ作品10句に原発事故そのものを詠んだものはない。タイトルになっている「フクシマ忌小壜のこれガンジスの水」が暗示的としてもほかは「ケータイがわつと警報後のおぼろ」あたりが震災と頻発した余震を思わせるくらいだろうか。が、タイトルが「フクシマ忌」だとその文脈でもって一句一句を読んでしまうのが人情というもの。大胆なタイトルを持ってきた作者であれば当然それも計算のうちだろう。

  佐保姫とさしあたりポパイの受難
  給食袋いまもゆらゆら花は葉に
  暮れかねて犬替はりゐし知人宅

「さしあたり」「ゆらゆら」「暮れかねて」など、定まらない状態を指す言葉が目を引く。「結婚不向きとは思ふ」のモラトリアムも同様。タイトル句のほかに、ACのコマーシャルがその名を多くの国民に知らしめた詩人の忌の句が冒頭にある。シニカルとも思える視点が面白い。この10句のタイトルが違っていたらまた別の感想を持っただろうか。見出しと中味の関係を考えさせられた。

「俳誌を読む」は『塵風』第3号を取り上げている。私も読んだことがあるが、実に読み応えがあり、”俳句もあるカルチャー誌”といった趣を呈している。仁平勝氏のかなりのめり込んだ紹介に「おお、読みたい」とこちらもつい前のめり。最後の方、自身の著作の引用「つまり俳句は、いわば定型の根っこのところで、歌謡曲を愛する心情とつながっているのです。いくらか独断的にものをいえば、歌謡曲が好きでない人は、たぶん俳句の五七五にもなじめないと思います。」のあたりを読んでふと頭をよぎったことがある。かれこれ十年近く前だと思うが、作家で「肩甲」の俳号を持つ長嶋有氏がたしか「小説すばる」に寄せたエッセイで、五七五ならぬ五九四俳句を提唱していた。うろ覚えだが、昨今の音楽シーンにおける歌詞を見ると、かつての五七五調ではなく、九・四のリズムに乗っているものが目立つ、これは日本人のリズム感が変わってきていることを示唆するのではないか、俳句もいっそ五九四形式を取ってはどうだろう、というような内容だったように思う(立ち読みしただけなので違っていたらごめんなさい)。私は五七五定型主義だけれど、当時周りでは賛同する人もいた。なんだか懐かしい。その後五九四俳句はどうなったんだろう。


話を最初に戻して表紙のことを。たまたま平成6年、9年の『俳句』が出てきたのだが、この頃の表紙はイラストだった。デザインは菊池信義。すっきりしたいい味わいだ。週間俳句も写真だけでなく、絵の表紙なぞも如何でしょうか。ある日曜日、週俳をクリックしたら、ペンギン侍のクローズアップが!なんてのも嬉しい驚きだと思うなあ。

2011年5月3日火曜日

●週刊俳句・第210号を読む 山田露結

週刊俳句・第210号を読む

山田露結

10句作品より。リンク
ぶらんこにきて上履きと気づきけり 今村 豊
噴水に犬の肉球あらふ人
プールより見られて渡り廊下ゆく

日常風景の中からやや穿った視点で一齣を切り取ることによって生まれる仄かな笑い。バランスの取れたほどよい力の入れ具合が心地良かった。
プロフィールに「2005年頃より句作開始。2007年「澤」入会。」とあるから若い人だろうか。前回、第208号福田若之氏の作品も好感を持って読んだが、このようなさまざまなタイプの若手の登場には、やはり刺激を受ける。


■週刊俳句時評第29回「被災と俳句」より。

今回の東日本大震災で茨城県土浦市において被災した関悦史氏の記事である。
私はツイッターを通して関氏の被災した状況を断片的にではあるが知っていた。記事によると氏のところへは震災直後から俳句つながりの人たちから数多くの支援物資が届けられたようである。しかも、一度しか会ったことのない人、一度も会ったことのない人からも物資を送りたいという申し入れがあったという。
私は関氏とは一度だけだが面識がある。ツイッターを通じてやりとりをしたこともある。しかし、私は氏に支援物資を送らなかった。この記事を読んで、私は自分が薄情な人間なのかも知れないと少し自分を責めたくなってしまった。

さて、記事の中で氏は「季語歳ブログ」(http://kigosai.sub.jp/002/)について触れている。
私自身もこのサイトで震災俳句を募集しているのを目にして唖然とした覚えがある。震災をネタに作品を作ってはいけないとは思わない。思わないが、いくらなんでもタイミングが早すぎはしないか。地震があったのが3月11日、当ブログで震災俳句・短歌を募集しはじめたのが13日。待ってましたと言わんばかりのスピードである。しかもここに掲載された作品は早々に『大震災をよむ』として纏められ、刊行されている。http://kigosai.sub.jp/
また、これに先立って刊行された『震災歌集』は、その印税を義援金として寄付するのだという。http://www.koshisha.com/?p=1708
「さりながら、死ぬのはいつも他人ばかり」(デュシャン)。命を失いはしなかったまでも、壊滅的な打撃を被ることになった人たちはみなこの「他人」の位置へと暴力的に自分が追い落とされたことを感じたことと思う。
「励ます」というアクションは、無事に済んだものからこの「他人」へかけるものであり、いかに善意に満ちていようと、それとは無関係に「励ます」という行為そのものによって、無事な者と「他人」となってしまった被災者との絶対の懸隔をまざまざと見せつけるのだ。
義援金を送ることは大切なことである。どんな形であれ、現金は救援物資とともに現在早急に必要な物であろう。しかし、他に方法はなかったのだろうか。この、多くの人の善意を利用した主催者側のイメージ戦略とも取られかねないやり方以外に本当に方法がなかったのだろうか、という思いがどうしても残ってしまう。
この励ましを「挨拶」の一種と捉えるならば、時機を失していると思われる。葬儀に参列したら遺族を励ます前にお悔やみを述べ、悼むのが先決ではないか。
当事者である関氏だからこその切実な思いであろう。
関氏はさらに『俳句』五月号に掲載された高柳克弘氏と神野紗希氏の作品とコメントを引用し高柳氏の「詩歌は社会に対する実効的な力を一切持たないが、そのことを恥じる必要はないだろう。役に立たなければ存在意義が無いという考え方が、原発を生んだのだから。今後も何の役にも立たない俳句を作っていきたい。」というコメントに触れて次のように述べている。
高柳克弘のコメントを私流に敷衍すると、これは合理性・有用性を全否定して脱却をはかるといったことではないし、無用であること自体に居直る裏返しのロマンティシズムやイロニーでもない。合理性と非合理性、有用性と無用性という、異なる水準においてどちらもそれぞれ機能していなければならないバイロジカルのうち、前者すなわち合理性や有用性の圧倒的な肥大化と暴走に対し、後者、非合理性や無用性を育みかえす道を探ること、その潜在する経路の一つを詩歌に求めたものとして捉えるべきだろう。
高柳、神野両氏のコメントには私自身、深く共感を覚えた。俳人が表現者として今回の震災の影響を受けないでいることは不可能だろう。今後、それぞれの俳人がそれぞれの立場において震災と向き合って行かなければならないと思う。そして、いかなる場合も「詩歌は社会に対する実効的な力を一切持たない」ということを常にそれぞれの胸に留めておく必要があるのではないかと思うのである。

いち早く(善意の)震災俳句を募集し、それを纏めたものを刊行し、印税を義援金として寄付するというのは、ともすると肥大化した合理性や有用性に寄り添う行為、つまり「役に立たなければ存在意義が無いという考え方」を詩歌表現の場に持ち込むことにならないだろうか。
そんなことを今回、関氏の記事を読んであらためて考えさせられたのである。

最後に関氏の記事にあるデュシャンの言葉から以前読んだ本の中の一文を思い出したのでここに引用し、今回の問題、さらには関氏の言う「人に人を救うことは出来ないという厳然たる事態を前にして、俳句がとり得る一つの倫理の形」について考えてみたいと思う。

寺山 ここに編集部のあげた三首の歌がありますけど、そのなかで最初に奇異に感じたのは前田夕暮の歌です。

 生涯を生き足りし人の自然死に
    似たる死顔を人々はみむ

とありますね。
吉本 つまり自分の死ぬのを愛した歌ですね。死顔を予想してつくっておいた歌ですね。
寺山 ぼくらが死について考えるとき、マルセル・デュシャンの「死ぬのはいつも他人ばかりだった」という言葉がいつも思い出される。確かに死ぬのはいつも他人ばかりなんですね。自分が死ぬということを自分は見ることも語ることもできない。それを経験化することはできない。
 にもかかわらず「死ぬのはいつも他人ばかり」というひとつの真理を引き受けながらこの歌を読むと、ナルシスティックなものとしてとらえたらいいのか、酷薄的なもの、リゴリスティックなものとしてとらえたらいいのか非常にとまどうわけです。
(略)
寺山 ここには死を認識しようとする姿勢がまったくないんですね。まるで「面打ち」が、面をひとつ打ち終わって、その出来具合を人々がどう見るだろうか、気にしている。
吉本 そう思いますね。
寺山 そういう意味で死がいとも軽やかに定型化してゆく過程の中で、自己慰藉の心のうごきが手にとるようにわかる。少なくともこれをつくったときの夕暮は元気だったのではないか、そして死を忘れていたひとときにできた歌なのではないか。
(「死生観と短歌」寺山修司/吉本隆明「寺山修司対談選・思想への望郷」講談社)


2011年4月30日土曜日

●週刊俳句・第209号を読む 野口裕

週刊俳句・第209号を読む

野口 裕

咲き満ちし花のまはりの放射能
先は海さくら被りに小名木川
遠き花近き花見て舌の根憂し  関根誠子

こういう風に三句並ぶと、真ん中の小名木川がえらく綺麗に見えてくる。さくらに鎮めの効能があるかどうかはよく分からない。しかし、鎮まれと祈るのは作者であり、作者と共にある読者でもあるだろう。


白梅はゆふべ枕にふれてゐた  羽田野 令

時期が時期だけに、十句すべてが時事吟のように見え、日常吟のようにも見える。白梅にとり、「ゆふべ」はどのような時であったのだろうか。読者としては、永田耕衣を思い出すも良し、蕪村を思い浮かべるも良しというところ。


今井聖の「不死身のダイ・ハード俳人 野宮猛夫」に、「くつなわ首に捲く照三も野に逝けり」を評して、
この「事実」が本当の真実であるかどうか、そんなことはどうでもいい。言葉で書かれた「真実」と実際の事実は同じである必要はないし、事実の方がリアルを演出できるとは限らない。そんなことは百も承知だ。

ならば、言葉を駆使して想像でこんなリアルを作ってごらん。俳句は切り口の文学だ。その切り口が思想の開陳であろうと、そのときの「気分」であろうとなんであろうとかまわないが、読者としては作者の切実な「今」を感じたい。
とある。

一方、五十嵐秀彦は、週刊俳句時評第28回「弧は問いであり、問いが答えである」で樋口由紀子の『川柳×薔薇』を取り上げ、樋口由紀子の
言葉そのものは存在があり、意味を上回る動きをするので、どのような「私」も書いていくことができる
という言葉を紹介している。元の文を読むと、この引用の前には、「どうってことない「私」でも」がくっついている(なお、時評ではp28としているが、p25が正しいようだ)が、これを敷衍して行くと、今井聖の言葉と樋口由紀子の言葉の間には齟齬が生じる。

今井聖も、樋口由紀子も「言葉で書かれた「真実」と実際の事実は同じである必要はない」ことは承知している。しかし、そこから先が微妙にずれる。今井聖は、ちょっと難しいよというニュアンスを込めて、「言葉を駆使して想像でこんなリアルを作ってごらん」と言う。樋口由紀子はそれをできると言うはずだ。

時評では取り上げられていないが、『川柳×薔薇』には次のような一節がある。
自分の思いを「吐く」、これが新子(時実新子)流川柳だった。確かに「吐く」ことはすっきりする。似たような「吐く」の川柳に共感し、感動もし、仲間を見つけた連帯意識も芽生えた。しかし、私の「吐く」もネタがきれ、他人の「吐く」にも飽きてきた。日常と言葉の落差があまりにもなかった。(中略)何かが違ってきた。そこはもう私の居る「場」ではなかった。ある人に、「時実さんが大切に思うことが樋口さんにはどうでもよくて、樋口さんが大切に思うことは時実さんにはどうでもいいのだから、この師弟関係は続かないよ」と、それぞれの川柳を読んで感じたと言われたことがあった。その時はよくわからなかったが、これは重要なことだったのだ。(p172-173)
要するに、師との対決の中で、樋口由紀子には「吐く」を方法論として否定せざるを得ない状況が生じた、と読み取るべきだろう。行き着くところは、「言葉を駆使して想像でリアルを作る」となる。同じ文の中で、
時実新子が居なければ、私は川柳を書き始めなかった。『月の子』を読んだときの感動は忘れないし、川柳に出合う幸運をくれた時実新子には感謝している。しかし、川柳作家として時実新子を高く評価する田辺聖子は「川柳ほど人生経験の蓄積を要求される文芸はない」と言うが、この視点だけで川柳を捉えたくはない。そこで言葉をはかりたくない。(p173-174)
とも書いている。

私は、川柳と俳句の区別に無頓着である。無頓着であるからこそ、今井聖の言葉と樋口由紀子の言葉を別のカテゴリーに入れることはできない。したがって、二つの言葉のどちらに組みするかを決定しなければならないのだが、ことはそう簡単ではない。人生経験も貧弱で、想像力も人並み以下となると、事態は紛糾する。当方に分かることは、福島原発のまわりを飛び交う言葉よりは、よほど正直な言葉が二つ存在している、ということだけだ。

2011年4月23日土曜日

●週刊俳句・第208号を読む 鴇田智哉

週刊俳句・第208号を読む

鴇田智哉

まずは、心に残った句を。

吊り橋へ躍り出でたる孕鹿    矢野玲奈
海市まで雲を連れゆく汽笛かな
(矢野玲奈「だらり」より)

一句目。一瞬の出来事の印象がそのまま物語に、やがては昔話に、そんな雰囲気がある。
二句目。和紙のちぎり絵のような手触りを感じる。ちぎり取られた紙のように、空に、ぼやっ、ぼやっと雲なのか、汽笛なのか、見えている。

さえずりさえずる揺れる大地に樹は根ざし  福田若之
むにーっと猫がほほえむシャボン玉
(福田若之「はるのあおぞら」より)

一句目。色のつるつるとした、漫画のアニメーションを思う。右へ左へ天へ地へ、大きな揺らきが表れている。句自体がきらきら揺れ続けている感じ。止まらない。
二句目。猫の顔が漫画のように印象的に、分かりやすく心に飛び込んでくる。すると思わず自分も笑ってしまう。


「傘Vol.2」を受けて、俳句におけるライト・ヴァースが話題となっており、それに関連した記事を、山田露結氏、生駒大祐氏が寄せている。二人の論の詳しくは、原文を読んでもらうこととして、ここでは、私の感想を少しだけ述べる。
私の考えとしては、「傘Vol.2」は、「ライト・ヴァース」を俳句読解のためのキーワードの一つに引き上げた、ということで意味があると思う。
ただし、キーワードはキーワードである。
生駒氏がまず、
ライトヴァースという言葉をまず定義してそれに見合う俳句を選び出すという行為に「踏絵」以上の意味があるのだろうか(極端な例を出すと「古池や蛙飛び込む水の音」という句に対して、「古池」という言葉を生かすために「蛙」が使われており、季語としての重心がおかれていないのでこの句はライトヴァース的である、などと僕が言ったとして何が生まれるのか)。
と断っていることからも分かるように、「ライト・ヴァース」というキーワードは、使う人の意図によってどうとでも使える。だから、一つ一つの俳句作品について、「この句はライト・ヴァースだ」「この句はライト・ヴァースじゃない」というように、100か0かで決めていくことには、意味がない。生駒氏はそれを確認した上で、「ライト・ヴァース」という定義の有効性を論じている。

また、山田氏が、
「俳句」あるいは「俳諧」はそもそもの成り立ちからして「ライト・ヴァース」的な側面を備えた文芸だったのではないだろうか、ということである。さらにそこから芭蕉が晩年にたどり着いたのは「軽み」の境地だったよなあ、と。
と言っているように、俳句そのものが元々持っている「ライト・ヴァース性」に思い至ってしまうと、一つ一つの俳句作品を、100か0かに判定するのは、余計に意味がなくなってくる。俳句自体がそもそも「ライト・ヴァース」だということになると、「俳句におけるライト・ヴァース」の意味する範囲がとても広くなってしまい、「ライト・ヴァース」というキーワードが多様で多角的になってくるからだ。

「ライト・ヴァース」は俳句読解のためのキーワードだと言ったが、この場合キーワードとは、いわば眼鏡だ。俳句を見るための眼鏡の一つ。眼鏡はほかにもある。「伝統性」とか「写生」とかもそうだ。また、「物語性」とか「脱構築性」とか、(週俳で時々話題になっている)「フェイク性」とか、さらに「フシギちゃん度」とかもそうだ。つまり、俳句の形式にまつわるものから内容にまつわるものにわたって、さまざまな位相でたくさんの眼鏡が存在している。大切なのは、眼鏡を恣意的に一つにしぼって終わりにしてしまわないこと。一つ一つの俳句作品について、「この句はライト・ヴァースだ」「この句はライト・ヴァースじゃない」というように、100か0かでやるのではなく、「この句は『ライト・ヴァース度60%+伝統度30%+フシギちゃん度10%』だね」のようにやる。そんな方向性でいいんじゃないかと、少なくとも私は思っている。
以上は、私が生駒氏、山田氏の文章を読み、「傘Vol.2」を読み返しながら考えたことである。

「傘Vol.2」にちょっとだけ触れておくと、私の感想も含め、「傘Vol.2」は既に多くの波紋を広げているということで、存在感のある本となっている。
「傘Vol.2」にある越智友亮氏の「俳句におけるライト・ヴァース」は、俳句の「ライト・ヴァース」をとても簡潔に定義づけしていてわかりやすい。その上で、複数作者の俳句作品をとり上げて、その一句一句が「ライト・ヴァース」であるかどうかを判定しており、それが、越智氏自身の「ライト・ヴァース」観を伝えるものとなっている。
私はさっき、「100か0ではなく」と言ったが、越智氏がこの文章の後半でやっている「ライト・ヴァース」か否か判定(=100か0か判定)は、「ライト・ヴァース」という新しいキーワードのプレゼンテーションとして、「ライト・ヴァース」を一義的にはっきり定義付けておくという意味では必要なものだと思う。判定に越智氏が苦心しているらしい、ということが何となく透けて見えるところも含めて。
そもそも、キーワードはキーワードに過ぎないのだから、一句一句の判定に苦しむのはしかたがない。そういう意味では、同じ「傘Vol.2」の「『私』の希釈度」の中で、藤田哲史氏が「ライト・ヴァース」という言葉をそのままには使わず(一回も使っていない!)、「ライト・ヴァース」「ライト・ヴァースらしさ」(色字鴇田)という言葉を使っていることが目を引いた。意識してそうしているのか、無意識にそうなったのか、あるいは扱った俳句作品が神野紗希氏のものだったことでそうなったのかはわからないが。

ともかくも、「傘Vol.2」により、「ライト・ヴァース」という言葉は、俳句解釈のための新しいキーワードとして、存在感をもつことになった。「週刊俳句 第208号」を読んで、改めてそう感じたのである。

2011年4月16日土曜日

●週刊俳句・第207号を読む 湊圭史

週刊俳句・第207号を読む

湊 圭史

「週刊俳句・第207号を読む」執筆を、というメールを頂き、「ハイ、よろこんで」と返信してから記事のリストを見て、ハタと困りました。俳句ジャンルについて門外漢の立場から気楽に、と思い込んでいたら、「佐藤雄一ロングインタビュー」と来ましたか。

私は創作としては自由詩と川柳を二枚看板としているつもりなので、しっかり対応したいところだけれども・・・。佐藤雄一さんが詩手帖新人賞の受賞者であること、現代詩ジャンルで最近とみに話題になる名前であることぐらいは知っていますが、『現代詩手帖』、最近あんまりマジメに読んでないし、今年初めの引っ越しでバサっと捨てちゃったしなあ。

ということなら、記事をスルーすればいいかも知れませんが、これがいろいろ考えさせてくれるインタビューなのですね。なので、ちょっと佐藤さんと彼の活動を深く知らない立場で、勝手論なところも出てきますが、とりあえずコメントをつらつらと書きます。

まとめれば、このインタビューは詩歌の「場」を作ろうという実践と、その背景とフィロソフィーについて、ですね。この「場」について理論的に細やかで、しかも現在形の実践であるというところで、『傘[karakasa]』によるインタビューとなったわけでしょう。「場」についての思考は(特に)短詩型に関わるものであれば、常に避けて通れない話題であります。

私にとって(たぶん、他の週俳読者にとっても)記事が分かりにくいのは、「サイファー」なるものを見聞したことがない、というところですが、とりあえず、YouTube に頼って、フムフム。ぐるりと円をつくって、順繰りにフリースタイルラップをしていくわけですね。「Bottle/Exercise/Cypher」という佐藤さんが中心になったイベントはこの方式を、詩歌で行おうというものだ、と。

HIPHOP のスタイルを取り入れて、コムヅカしくなっていた現代詩をほぐそうという運動は、記事の中でも(否定的に)紹介されている「新宿スポークンワーズスラム(SSWS)」(私が実見したのは京都で行われていた兄弟イベント「京都スポークンワーズスラム(KSWS)」ですが)が既にあって、その点では新しくはないですが、SSWSが「バトル」の型式を使っていたのが、今度は「サイファー」だということか。

んんー、これだけ読んだだけでは、うまくいくのか(いっているのか)どうかまったく分かりません。ラップについて言えば、強い定型的フォームがあって、それがバトルやサイファーなどでの即興的駆け引きを可能にしているはずです。そもそも共有するフォームなしでやって、本当に機能するのか。KSWS(やおそらくSSWS)の詩人パフォーマーたちはこのための一種の定型的フォームを求めてもがいていたという印象がある(ので、確かにカッコよくはなかったですが、後発のイベント発想者にこんなにあっさり切り捨てられると、それはナイんじゃない、という気がする)。

正直言って、「サイファー」で集まる詩人たちに同じようなカッコ悪さがないとはとても思えない。始まったばかりの「場」ですので、そうしたものに一種の可能性は見たいと思いますが、個人的には大して期待していません。そもそもラップがカッコいいと思ったこともないし、一般的にカッコいいと思われているのかしら、という疑問もあるし。(パブリック・エネミーは大好きでしたけどね。)

なら、どうしてここまで書いてきたか、というと、第207号のもう一つの長文記事「「俳句想望俳句」における自閉的ニュアンスからの脱却のために 藤田哲史」にあるような、ジャンルの「自閉的ニュアンス」から脱しなければならない、という思考がジャンル横断的に抱かれているのだ、ということを確認できたからでしょうか。

穂村弘『短歌の友人』を読んだときの印象も思い出しますが、現在はあるジャンルのなかに入ってしまうと「友人」としての立場しか取れない、換言すれば、ジャンルに直接内向するかたちでジャンル自体を否定しようとする姿勢が取りにくい現状があるのではないか。そこから一種、ジャンル内での問題を棚上げし、別の「場」を滑りこませたり、接続したりすることで、何か面白いことは起こらないか。詩歌サイファーの試みはその辺りに眼目があるのではないか(メショニックなどでの理論的補強はちょっと脇に置いておいて)。

「佐藤雄一ロングインタビュー」でなるほどと思ったのは、「文学」「純文学」(従来の大文学)に対するカウンターとしての「詩歌」というのを佐藤さんが考えているらしいところ。「詩」=「文学」というのはドグマだ、というのは私などもつねづね思っていることで、詩歌はもっと自由で、原初的でもありえるし、微視的な動きで未来をとらえる楽しみもあるのだ、というのは間違いない。そして、それを顕在化させるためには「場」の変革が必要だ、というのもその通り。

ただし、やはり、こうして実践と理論を強固に結び付けられると、それから弾かれるものが気になって、いろいろ言いたくなります。詩は文学で「あってもよい」はずだ、とか。実際のイベントの場ではもっと柔軟なはずですが、このインタビューに反映されているところだと、なあ、「文学」ぐらい「詩」が抱えてやれよ、とかツッコみたくなります。頑張ってきたのにねえ、かわいそうな「文学」ちゃん。

なんて書いていると、「「私の傷を見て、私の思いを見て」という人ばかりで、これはひどいなと思いました」と佐藤さんにばっさり切られている、2000年代のリーディング詩人たちにどんどん感情移入していきそうです(私もそうしたものは嫌いだと公言しているのですが)。実際、そうした詩人のパフォーマンスでも、ごくたまによいものはあったのですよ。また、吉増剛造のリーディングとか、福島泰樹の短歌絶叫とか、ふつうの意味でカッコよくはないけど、素晴らしいじゃないの、とか思ったり(谷川俊太郎より、よっぽど面白い、ぞ)。

とりあえず、この詩歌サイファーの試みがうまく行って、楽しい詩歌の動きが出てくればいいなと留保抜きで思います。でも、やっぱりカッコ悪いのも抱えていきましょうよ、と思うのです。何と言いますか、不純なものこそ、チカラであります。詩歌サイファーがすっかりカッコよいものになっってしまったら、そんなおしゃれな場所に出て行けないようなものが。

このインタビューのみからの印象ですので、「Bottle/Exercise/Cypher」の実情とはかけ離れたことを書いたかも知れませんが、ご容赦のほどを。

あれ、これ、本当に「週俳を読む」の記事なのか(笑)。

2011年4月9日土曜日

●週刊俳句・第206号を読む 近恵

週刊俳句・第206号を読む

近 恵

205号の続きで、澤田和弥氏と上田信治氏の往復書簡の、信治さんの返信。

http://weekly-haiku.blogspot.com/2011/04/blog-post_5038.html

これを読んでいて、信治さんは意外と難しく難しく考えたい人なんだなあとか思ったりして。


で、今更だけど、俳句を読む人の多くが「作者=作中主体」と思ってしまうのは、単にそれがその人にとって当然のことだからなのではないかとか思ったりする。私が俳句を始めたとき、別に誰に言われたわけでもないけれどやっぱりそういう風に読んでいた。もしこれが小説だったら「作者=作中主体」とは思わずに読むし、エッセイや私小説なら「作者=作中主体」だと思って読む。じゃあなんで俳句を「作者=作中主体」と思って読んでいたかというと、多分「読み手=書き手」だから。

俳句を作り始めた頃は、作るときに体験していない事、見ていないことは読むことができなかった。自分が自分の知っていることを詠むように、他の人もきっとそうだろうと無意識に思っている。だから最初の頃は特に「だって見たんだもん」的俳句や「だってそう思ったんだもん」的心情吐露句が多かったし、そういう句が解り易かった。解り易いということは安心して読めるということ。だから「海程」の人の作品とか、いったい何を言っているのかちっとも解らなかった。自分が事実を詠むことを前提にしているから、理解しようがないのだ。

けれど、だんだん詠んでいくうちに自分の吐露したい心情なんてさほど沢山はないし、必ずしも事実を詠まなくてもいいんだというふうに自分がシフトしてゆく。それから理解してもらうために詠むことを止める。そうなると、人様の句を読む時も「作者=作中主体」と必ずしも読んでいる訳ではなくなっていった。


とはいえ、自身は必ずしも事実を詠んでいるわけではないけれど、正直に詠んでいることは間違いない。言葉を組み立ててゆくとき、それは結局は自分の中から出てくる訳で、それは紛れもなく<真実>だ。<作者を信用できる>かどうかは、結局は読み手が<自分を信用できている>かどうか、なのではないかとか思ったりもするのだ。


そこで「フェイク俳句」なんだけど、そもそもそれって作者を知っているから「フェイク」って言えることで、作者を知らなければ「フェイク」とは言い切れないじゃん、とか思う。作者名があってこそというのは、ご本人を知っている人のほくそえむような楽しみであって、多くの読者が作者を知らなければ、フェイクだろうが偽フェイクだろうが関係ないわけだ。結局どんなことが詠まれていようが、作品としての質が高ければ面白いのだ。読み方は人それぞれでいいんだし。とかって、ちょっと乱暴かなあ。。。

私は西原天気さんの「にんじん 結婚生活の四季」は、まるでワイドショーで昔やっていた「女ののど自慢」に出てくる人の話でも読んでいるようで、結構楽しみました。いうなら「フェイク俳句」の上に「フェイク読み」を重ねた感じ。もっとも、その作品を「フェイク」と思うのは、私自身がご本人を知っているからだけれど、そういう楽しみもありかなあと。そういうふうに読ませてくれる作品こそ「芸術」じゃなくて「文芸」だと思う訳です。いい意味で。

2011年4月2日土曜日

●週刊俳句・第205号を読む 小川春休

週刊俳句・第205号を読む

小川春休

人生でよくよく考えなくてはいけないのは、誰といっしょにいたいか、ということ。そんな単純なことを、今回の大震災の報道を見ながら、改めて考えていた。今、この文章を書いている段階で、今回の大震災による死者数は11,063人、家族らから届け出があった行方不明者は17,258人で、計28,321人となっている(3月29日午前10時現在、警察庁発表)。

ツイッター上で、今回の大震災は、何万人という人が被害に遭ったとてつもない大災害、というのではなく、かけがえのない誰かを失った事件一つ一つを積み上げていくと結果的に何万という数になる、と考えるべきだという意見を目にした(あれは、誰のツイートだったのだろう…)。きっと、規模の大小に関わらず、災害とはそういうものなのだ。かけがえのない誰かを突然に失う悲しさ、一人一人を失った悲しみを、合計することはできない。そう考えると、いよいよ今回の災害の巨大さ、膨大さを感じてしまって、言葉も出てこない。そうして無性に、人間が恋しくなるばかりだ。

「奇人怪人俳人(一)ロケット戦闘機・佐藤秋水」に心を鷲掴みにされたのは、そんな精神状態で読んだせいもあったのだろうか。そこには、愛すべき人間の姿が、人間同士の交流のあたたかさがあった。全編を通して、佐藤秋水という人の体温、息遣いを感じる文章であるが、中でも師の楸邨に「嫌いです!」と言い切る場面の感情の高まりは凄い。様々な感情同士がぶつかり合って、高熱を発しているかのように感じる。読んでいるこちらもハラハラさせられ、胸が詰まる。

秋水さん、「さまざまな知人からは、お前は楸邨に合わないから寒雷をやめろと言われています」などと言っているが、わざわざこんなことを言うこと自体、師への敬慕の情の逆説的な表出に違いない。誰といっしょにいたいか、言うまでもない、秋水さんは師・楸邨といっしょにいたいのだ。いっしょにいれば、時には負の感情だって芽生える。敬慕の情が大きければ大きいほど、負の感情だって大きくなりやすいものだ。そうしてついには、「嫌いです!」と句会の場で言ってしまったりもする。でも、その土台には紛れもなく、「いっしょにいたい」があるんだよなぁ。

「嫌いです!」と言われた楸邨の返しもまた良い。

「秋水くん、嫌いなもの同士で一緒にやろう」

楸邨も、秋水さんの気持ちはよく分かっていたのだろうな。

秋水さんの句から。

   かたつむり見てゐて少し傾きぬ

実直なあたたかみのある句。やさしいけれど、ふわふわしてはいない。地に足がついているところが良い。

   大雪を来て玄関で笑ひけり

大雪の中をやっと玄関までたどり着いた側と、玄関で迎える側。きっと大雪の中をずーっと歩いて来たから、頭にも肩にもたっぷり雪が積もっていたことだろう。体中雪まみれだったことだろう。それこそ笑っちゃうくらい。寒さで緊張を強いられていた体が、ふっと緊張から解放される笑い、何ともあったかい笑いだ。

   「夏休みの友」にコップの痕があり

ああー、ありますね、こういうこと…。私も夏休みの宿題のドリルをカップラーメンを三分待つ間の蓋に使って、表紙をへにゃんへにゃんにしてしまったことがあったなぁ。先生、すいませんでした(もう時効、かな…)。

   噴水を見てゐて帽子とばさるる

先ほどのかたつむりの句もそうだが、秋水さんの句の芯には純真さがある。

秋水さんではないが、私の俳句の先輩にも、魅力的な人がたくさんいるのを、ふと思い出す。その中には、骨折からのリハビリのため、しばらく句会に出られそうにない方もいる。リハビリの合間の楽しみに、この「奇人怪人俳人(一)」をプリンタで印刷してお送りしたいと、そう考えているところだ。

2011年3月27日日曜日

●週刊俳句・第204号を読む 小林苑を

週刊俳句・第204号を読む

小林苑を

渦中にあるとき、生き延びるためにもがいたり、息を止めたり、或いは激しく吸ったりする。
いったん広がった渦は次第に輪を小さくしながら収束する。
渦中にあるとき、わたしたちは言葉を失う。それから、誰かが語り始め、それぞれが語り始める。

第204号は、東日本大震災直後の第203号「非常事態号」のあとの、最初の週刊俳句として記憶されるだろう。
それは語り始めのひとつで(大震災以前の稿も含まれているだろうが)、語り始められた言葉は、受け止められて広がる。受け止めたひとりとして、これからどんな言葉が生まれてくるのかを思う。

恐怖や不安の前で、ひとは強張り緊張する。だからこそ、柔軟でありたい。小さなおどけやユーモアを大切にしたい。すぐにできなくても、柔らかく受け止めようとしたい。ときには、沈黙に耳を傾けたい。しっかり聞いているかと、自分に問いかけよう。それから、ぼそぼそと語り始めるのかもしれない。

いまも、わたしたちが平常な生活を取り戻せたとは言えない。まだ渦中にある。むろん、渦のどこにいるかで大きく違うし、昨日と今日とでも違う。
まだ「いつも」の生活は取り戻せないし、このあと別の「いつも」の生活が始まるのかもしれない。

なにかひとつ、第204号の記事からと言うのなら、野口裕氏の「林田紀音夫全句集拾読156」を挙げたい。
後記で生駒大祐氏もふれているが、阪神淡路大震災に遭遇したおりの句群。
被災の場にあった句はやはり深く落ちて来る。けれども、ひとはそれぞれの場で思いを書くのだ。同時に、それぞれの場に思いを馳せる。

もう少し、さらにもう少し、時間が過ぎてから、たとえば週刊俳句第204号を読み直してみたい。
どんな風に語り始められ、それからどうなったかを知るために。
最初は静かに、呟くように。たぶん近しい者たちに向けて、次第に遠くへ。
そして言葉は熟し、あらたな語り部(それは個人ではないかもしれない)が顕れるのだろう。

2011年3月12日土曜日

●週刊俳句・第202号を読む 樋口由紀子

週刊俳句・第202号を読む

樋口由紀子

日曜日のびわこ毎日マラソンでは新鋭の堀端宏行が日本人トップでタイムもクリアして世界選手権の出場権を得た。先月の東京マラソンでも無印の川内優輝が日本人トップになり、話題になった。知らない選手の活躍を見るのは心が新しくなり、うきうきする。

週刊俳句を読む楽しみの一つに今回はどんな俳人にお目にかかれるのだろうかというのがある。週刊俳句がなかったら読むチャンスがなかっただろう俳句が読めるのはありがたい。川柳のジャンルにいるので、あたりまえだが、ほんの一部の俳人しか知らない、なんと知らない俳人の多いことか。それにしても編集部はいろんな人をよく見つけてくる。

第202号の淡海うたひもはじめての人。

  雛人形美人とことん得なりけり

我が家も女の孫が二人いるので雛人形を飾っている。あらためてじっと見てみると、こころなしかお雛様は三人官女より美人に見える。それだから、最上段のお内裏さまに横にすまして座っていられるのだろう。「とことん」は最後の最後、徹底的にという強い意味で、得とか損とかははしたないからあまり言わない方がいいのだけれど言ってしまいたいのが人の世の常。それに世の中の女性の95%以上は得していないのだから、ちょっとぼやいてみたくなる。けれども、この「とことんとく」は意味とは関係なくやわらかく軽やかに響く。これこそが言葉の役得だと思う。

週刊俳句の202号も驚きだが、週刊時評が26回というのも感心する。神野紗希の時評で教えられることは多い。今号も旬の言葉である「なう」に焦点を当てた着眼はさすがである。しかし、

  焼そばのソースが濃くて花火なう   越智友亮

この俳句のよさがわからない。現状をありのまま書き、現状をありのまま受け入れる。気負いがなく、親しみやすくわかいやすいのは確かだが、ひっかかってくるものがない。川柳を始めた頃、ベテランの川柳人に今どきの人の作る句はわからない、ついていけないと言われたことがあるが、私もだんだんとついていけない人の方になってしまっているのかもしれない。しかし、それは「なう」という語に対する嫌悪感からではない。
「なう」という一語を入れることで、「今、ここ」の花火大会のリアル感に加えて、「花火なう」のtweetが拡散していった先の、たくさんの人の「今、ここ」が現れる。
神野紗希が書くようなところまで私の頭も足も辿り着けないのだ。

サラリーマン川柳にも「なう」の句はあるのではないかと調べたら、第二十四回の優秀100句にやっぱりあった。サラリーマン川柳にはいち早く旬の言葉を盛り込んだものが多くある。

  部下からの 遅刻のメール 渋滞なう     コバヤ氏

参考までに。