樋口由紀子
海鼠踏んだら「トウキョウ」と音がした
倉本朝世 (くらもと・あさよ) 1958~
海鼠は食べたことはあるが、踏んだことはない。経験したことのない、滅多に経験しない身体感覚である。もし、踏めばそんな音がするのか、確かめてみたくなる。海鼠の中身は柔らかく、水分が多そうだから鳴くような音がしそうである。海鼠を踏んだというコトから、そのように聞こえる私の耳。それは海鼠の声、海鼠の呪文なのか。海鼠の生命体を描いているようでもある。
その無意味な音に「トウキョウ」と意味を与えた。「トウキョウ」は「東京」なのだろうか。「東京」に何某かの思いがあるのか。それとも似て非なるものなのか。なんにせよ、海鼠を踏んだその感触の瞬間に、その音を聞いた途端に世界も私自身も瞬時に一変し、新たな世界が生れたのかもしれない。『現代川柳の精鋭たち』(2000年刊 北宋社)所収。
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