2012年7月9日月曜日

●月曜日の一句〔山中多美子〕 相子智恵


相子智恵








天牛の髭に天牛のりにけり
  山中多美子

句集『かもめ』(2012.4/本阿弥書店)より。

幼いころ、夏の夜に窓の明りめがけて飛んでくる虫のなかでも、飛んでくると子供心にテンションが上がる虫のひとつが髪切虫だった。いま調べてみるといろいろな種類がいるようなのだが、覚えているのはルリボシカミキリや、ゴマダラカミキリで、黒い体に青や白の斑点がある美しい虫、というのが私の髪切虫に対する印象なのである。

だから、俳句を始めて「天牛」が髪切虫の異名だと知ったとき、天空の星々のようにも見える、あの髪切虫の斑点が思い出されて、なんと美しく力強い名前だろうと思ったものだ。語源由来辞典によれば、触角を牛の角に見立てた中国名だそうである。

たくましい天牛の髭に、別の天牛がズシリと載っている。二匹の天牛たちはキイキイと鳴きあっているのだろう。生命力に溢れた句だ。

永田耕衣に〈死螢に照らしをかける螢かな〉の名句があって、螢たちの死と生が交じり合うゾッとするほど静かな世界と、掲句の天牛たちの活発で骨太な世界とは、ちょうど対照的で、昆虫の句として並べてみてもまた、面白い。

2012年7月8日日曜日

〔今週号の表紙〕第272号 夏服@文京区(Qino's Manhattan New York) 藤田哲史

今週号の表紙〕第272号
夏服@文京区(Qino's Manhattan New York)

藤田哲史


七月七日は七夕だ。七夕伝説では、織姫と彦星が年に一度だけ天帝に会うのを許されている日。織姫と彦星は、天の川に隔てられた琴座のベガと鷲座のアルタイルであり、ふだんは会うことなく織姫は機を織り、彦星は牛を飼っているという。

が、しかし。ポストモダン甚だしい現代にあって、はたして彦星が昔ながらのやり方で牛を飼っているだろうか?

もしいまだ彦星が牛を飼っているとしたら、天上の世界においても、以前のような農耕用の牛の飼育ではうまくいかず、早々に食用の飼育にシフトせざるをえなかったのではなかろうか。

となると、事業としては、飼育場に加え、食肉加工場や熟成庫も完備、さらには輸送用冷凍トラックも必要になってくる。大掛かりな事業だ。そうやって、いつしか財を蓄えた彦星は議員に立候補当選、巨額の寄付もあって一躍地元の顔に。経営の面ではライバルを次々に買収しさらに事業を拡大。地元の権力と経済を牛耳った彼は、目下(天帝のおやじさんには内緒で)天の川の下に道路を通すトンネル掘削工事を計画中。最近の悩みの種は、ご当地ゆるキャラ「彦にゃん」(もちろん彦星がモデル)が滋賀県彦根市の「ひこにゃん」とバッチリかぶってしまいオリジナルをめぐって両自治体が裁判で争っていること。自身がプロデュースした「彦にゃん」グッズの膨大な在庫処理に戦々恐々としているのかもしれない。そうでないかもしれない。

織姫に「彦星も変わったねー」とか、言われてなきゃいいけど。


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2012年7月7日土曜日

●SLOW DOWN 中嶋憲武

SLOW DOWN

中嶋憲武


ふり返らずにさっさか歩く。ジューが何か言いながら、急ぎ足でついて来るけれどわたしはふり向かない。道ゆく人々の話し声や笑い声、店頭の大音量のジャズやバスの走り出す音に混ざって、ジューの甲高い声がだんだんぼんやりとしたものになってゆく。

タイル屋で働いているジューとは幼なじみで、家も近かったので、美容学校の帰りとか休みの日には、港へ船を見に行ったり、わたしの部屋やジューの部屋でキャロルを聞いたりしていた。ジューはわたしに対して好意以上のものを持っているらしかった。でもわたしには、ひとつ年上のジューがひどく幼く映っていたし、やたらと唾を吐く癖も下品で嫌だったし、まあ魅力的でなかったのだ。

「トーコ、城ヶ島行くか」 

「バイク、乗せてよう」

ジューの職場の先輩のノビは、カワサキのナナハンをいつもぴかぴかに光らせている。わたしはそのぴかぴかのナナハンに、二度ほど乗せてもらった。腰を突き上げてくる震動と、ノビのごわごわとした革ジャンに両手を廻してしがみついたときの革の匂いに、すっかり魅了されてしまったのだ。スピードと爆音は毎日の嫌なことを、いっとき忘れさせてくれたし。百八十五センチのノビに、ナナハンがよく似合うということが分かったとき、わたしの心のなかで何かがぱっと開いたのだ。

ジューはキャロルのチケットが手に入ったので、どうやら一緒に行こうと言っているらしい。日比谷野音での解散コンサートらしかった。わたしは速度を緩めず、ぐんぐん歩く。地下鉄にジューと一緒に乗って、日比谷まで行って、黴くさい三信ビルを抜けて表に出て、と考えるとうんざりした。

ジューの声がだんだん遠くなる。ちょっと雨が降ってきたけど、四月の袋小路のような街を構わず歩いた。ぴかぴかのスチールの冷たい乗り物の待っている待ち合わせの時計塔へ、そう言えばブローがうまく行かなかったなと思いながら、急いだ。


2012年7月6日金曜日

●金曜日の川柳〔畑美樹〕 樋口由紀子


樋口由紀子








恋人と陶器売場で見る夕日


畑美樹 (はた・みき) 1962~

川柳の高齢化がますます進んでいる。句会、大会で若い人を見かけることがほんとに少なくなった。したがって、自動的に青春川柳もお目にかかれない。

夕日を見るためにわざわざ山に登ったり、絶好のスポットに行ったりすることがある。しかし、掲句は夕日を見るために陶器売場に行ったのではないだろう。偶然目にしたのだ。恋人と新生活に必要な茶碗やコップを買い求めているときに、思いがけなく、夕日が差してきた。どちらともなく気づいて、二人で夕日をながめた。

日常のひとこまを切り取っているが、恋人と陶器売場と夕日と絶妙のコラボレーションである。この夕日は何を象徴しているのか。これから先は明るい未来だけではないが、今の二人を照らしてくれていることは確かである。セレクション柳人『畑美樹集』(2005年12月刊 邑書林)所収。

2012年7月5日木曜日

●天使

天使


蠅生れ天使の翼ひろげたり  西東三鬼

遅日このパスタ天使の男性器  佐山哲郎

孔質天使誘い来る夜の突風  江里昭彦

月明の階を降りくる夢精の天使  八木三日女

昼寝にはじやまな天使の羽根であり  雪我狂流〔*〕


〔*〕『俳コレ』(2011年12月・邑書林)より