
西原天気
天地を我が産み顔の海鼠かな 正岡子規
『ナマコの眼』という名著がありますが(鶴見良行著/1990年)、海鼠に眼はないそうです。なので、顔といえるものがあるかどうか。ただし、頭と尻はある。つまり前後はある。
海鼠は〈天地(あまつち)〉を創造したかのような顔をしている、と言われれば、顔はなくても、そうかもしれない。子規には、《渾沌をかりに名づけて海鼠かな》の句もあって、混沌と天地創造と海鼠が、アタマのなかでセットになっていたようです。
ところで、子規は、「天地混沌として未だ判れざる時腹中に物あり恍たり惚たり形海鼠のごとし。海鼠手を生じ足を生じ両眼を微かに開きたる時化して子規となる。」という文章も残しているそうです(≫子規と漱石の海鼠)。
眼のない海鼠が眼を得たもの、それが自分だ。というわけで、海鼠にはなみなみならぬ親近感を抱いていたのかもしれません。
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