西鶴ざんまい 番外篇31
浅沼璞
久々の番外篇です。というか、もう年の瀬も近いというのに今年初の番外篇。
昨年の暮に根津美術館の特別展「伊勢物語――美術が映す王朝の恋とうた」の見聞録を書いて以来となります。
こうなってしまったについては遠因があり、じつはこの「伊勢物語」展が発端でした。その見聞録でも書いたように、西鶴生誕の少し前、江戸時代の初めに挿絵入「伊勢物語」の版本(嵯峨本)が出版。それまでの写本による「知の専有化」の時代は、版本によって「知の共有化」の時代へと大きく転換したわけです。
これと似たことが「源氏物語」にもあって、それをこの番外篇で書いておこうかと軽く思ったのがそもそもの誤りでした。
くり返しますが江戸前期、「伊勢」の版本(嵯峨本)にあたるものが「源氏」にもありました。あの芭蕉の師・北村季吟による『湖月抄』(延宝3年刊)がそれです。延宝3年(1675年)といえば西鶴は34歳、他の俳諧師たちとともに版本『湖月抄』を介し「源氏」を共有化していたことでしょう。
で愚生も積読の一冊、講談社学術文庫版『湖月抄』を繙いたのはいいのですが、古註を網羅した注釈は次元を超える難解さで、難破を避けるため、けっきょく谷崎源氏や新潮日本古典集成などの櫂にも手をつけるハメとなり、遅々として進まず、ほぼ10ヶ月たった現在、54帖のうち漸う30帖を超えたあたりに接岸した次第。
このまま読了してから筆を漕ぐのであれば、年を越してしまうのは必至。さすがにこのあたりで一時トモヅナを解こうかと。
さて言い訳はともかく、じっさい読み進めていくと、『好色一代男』を「俗源氏」として捉えるような内容的な類似よりも、記述されたテキスト、つまり書かれたエクリチュールそのものに「西鶴」を発見することが多々ありました。詳細は次回にゆずるとして、一つだけ例をあげておきます。
大晦日定めなき世のさだめかな 西鶴
〈なんの定めもない無常な浮き世にあって、大晦日だけは年間の貸借を総決算する定めの日である〉という発句。大晦日の経済生活を描いた『世間胸算用』のルーツのような句ですが、その更なるルーツは「源氏」にあるようです。
命こそ絶ゆとも絶えめ定めなき
世のつねならぬ中のちぎりを (若菜 上)
女三宮を正妻に迎えた源氏に絶望した紫の上。その紫の上を慰めるかのように(取り繕うかのように?)源氏がおくった一首です。谷崎源氏(中公文庫)の頭注訳には〈命こそ限りがあるから、ついには絶えもしましょうが、私たち二人の間柄ばかりは、定めなき世の掟には似ず、永久に変わらないと誓った仲ですものを〉とあります。この定めなき世の常なる恋歌をルーツとして、定めなき世の常なる経済生活を詠んだのが西鶴ではなかったでしょうか。
次回は「源氏」(若菜 上)のより散文的な影響を『世間胸算用』に探ってみたいと思います。
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