
まつりぺきん
ビブラートを効かすご着席ください 森田律子
どういう状況なのか、さっぱりわかりません。それでも、思わず笑ってしまいますよね(笑)
「ビブラートを効かす」と始まるので、いったい何を朗々と響かせるのかと身構えます。
ところが待っていたのは「ご着席ください」――式典やアナウンスでおなじみの、いちばん事務的で、いちばん無表情なはずの一言です。
試しに、口の中で「ご着席くださ~い~」と、最後の一音を震わせてみます。
着席を促す声だけが、いつまでも座ろうとしません。
考えてみれば、式典の「ご着席ください」には、もともと日常の声とは少し違う、うっすらとした空々しさがあります。
この句は、そこにわずかに残っていた演技のつまみを、しれっと回してみせただけなのかもしれません。
事務的な言葉に喉が生まれ、笑いとともに音として立ち上がってきます。
笑ったあとにも、「くださ~い~」の最後の一音が、耳の中でしばらく揺れています。一読明快で、瞬発力のある面白さ。
しかし、その奥では儀式ばった物言いが、実は少しだけ歌っているのです。
『一発殴らせて』(2022)より
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