〔ためしがき〕
電話にあてがわれたメモ・パッド12
福田若之・編
電話の声に対しては〈夢中〉になる以外の態度の取りようがない。電話の声に対して客観的になることはできない。いくらでも冷静になることは可能だが、それが夢の中の冷静さと同じものであることを忘れてはいけない。そして夢の中の冷静さとは、さめている時の熱狂よりも深い熱狂であることは誰もが知っている事実である。
(鈴村和成『テレフォン――村上春樹、デリダ、康成、プルースト』、洋泉社、1987年、32頁)
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悠 へへへへ。だいたい、電話っていうものは好きなわけ?
龍 そうだなあ……、酔っぱらうと好きだな。電話したくなるよ、いろんなところに。
悠 あっそう、だれんとこに?
龍 えー、いろんな人に。いろいろ。昔つき合ってた女の人とかさ。
悠 正気のときはしないわけね。
龍 あんまりしないなあ。
悠 長い方、短い方?
龍 長いときはぼく寝ちゃったことあるよ。
悠 あ、ほんと、ふうん。
龍 あのさ、電話でね、話してて眠たくなってくるじゃない。で、相手は起こそうと思うじゃない。と、声が聞こえるじゃない。そうすっと、なんか小人みたいな小さな人間がね、遠くの方でなんか叫んでるようなイメージが……幻想? ……そういうのが見えたね、こないだ。
悠 へえ。酔っぱらってるときね?
龍 酔っぱらってるとき。
(高橋悠治、坂本龍一『長電話』、本本堂、1984年、10-11頁)
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私が聲をひそめて呟くやうに口ごもる質問にも、彼女が手に電話の送󠄁話器󠄁を持つてゐさへすれば、電力によつて、ここで返󠄁事をしてくれるのです。――こんなふうにして、靈的な存在となつた女と私とは、空󠄁間といふものを實證的に無視󠄁して、隨分色々なことを語り合ひましたよ!
(ヴィリエ・ド・リラダン『未來のイヴ』、齋藤磯雄訳、東京創元社、1996年、435頁。太字は原文では傍点。)
2018/1/15
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