樋口由紀子
おいしいと言うまでじっと見つめられ
藤本秋声(ふじもと・しゅうせい)
じっと見つめられるのはこの上なく嬉しいことのはずである。しかし、それはおいしいと言ってもらうためだけのこと。「おいしい」の一言の偉大さ。「おいしい」というまで目が訴えかける。おいしいと言ってもらうのをじっと待つ可笑しさ、そのためにじっと見つめ続けられなければならない可笑しさ。どちらもごくろうさんなことである。
作者個人の生活状況を、自宅の食卓風景の一コマを、詠んだのではないだろう。たぶん、どこかで見聞きした日常の小さな一瞬を切り取って一句にしたのだろう。古川柳以来の川柳の文芸の特質の一つに客観性がある。世態を客観的にながめて、世態を穿っている。ありふれた日常の、だれもが経験する瑣事を客観的な視点から川柳として、読み手の目に残す。〈笑ってはいけない時に茶が熱い〉〈ボールペンくるくる数学は苦手〉。
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