樋口由紀子
熟れていくいちじく じっとりと昨日
笹田かなえ (ささだ・かなえ) 1953~
いちじくが美味しそうに店頭に並んでいる。子どもの頃はいちじくが嫌いだった。田んぼの端に実っていて、母は農作業の途中でもぎ取り、美味しそうに食べていた。一つ食べるかと聞かれても決して食べたいとは思わなかった。そのかたちも白い液が出るのも、なによりもべっちゃとした熟し方が気持ち悪かった。生々しさが苦手だったのだ。
掲句はいちじくのその生々しさをねじ曲げて、情念を引き出している。「熟れていくいちじく」をリセットせずに、「じっとり」で追い打ちをかける。モノと時間を抒情的に捉えて、状況の対する感覚をうまくキャッチしている。「じっとり」が持っている粘着的な言葉の姿を生かし切っている。
〈空き缶を拾う神さま見ていてね〉〈やさしくてどこもかしこシャーベット〉〈そのつもりなくてもちょっとかたつむり〉〈花束で殴るだなんてアルデンテ〉〈この先はきっと無意味にステンレス〉 『川柳作家ベストコレクション 笹田かなえ』(2018年刊 新葉館出版)所収。
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