相子智恵
春潮や墨うすき文ふところに 宇佐美魚目[1926-2018]
春潮や墨うすき文ふところに 宇佐美魚目[1926-2018]
武藤紀子著『宇佐美魚目の百句』(2021.4 ふらんす堂所収)
元は句集『紅爐抄』に収められた昭和57年の作だが、百句シリーズより引いた。解説の武藤氏は、掲句を〈魚目俳句の典型ともいうべき句〉と書いている。
しみじみいい句だなあ、と思う。もらった手紙なのか、自分が出す手紙なのかは分からないが、墨が薄い手紙には切羽詰まった内容や強い意志のようなものは感じられない。穏やかな内容が思われてきて、のどかな〈春潮〉とよく響きあっている。いや、春潮があるからこそ、手紙が穏やかな内容だと思うのだろう。そのくらい季語と内容が滲みあう豊かな取り合わせである。
また、手紙に文字が書きつけられる前、この墨が硯にあったころの、いわゆる硯の「海」も遠くに思われてきて、硯の海の静けさと、目の前の春の海の明るい光に満ちた静けさも滲みあう。ところどころに響くUの音も穏やかである。
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