2022年3月25日金曜日

●金曜日の川柳〔きゅういち〕西原天気



西原天気

※樋口由紀子さんオヤスミにつき代打。




私たちが棲んでいる世界は、かちんと音がしたり、濡れていたり、目には見えないけれど香りがしたりする。物質が個体、液体、気体と状態を変化させる(あるいはとどまる)ことを、いまの私たちは知っている。

液体国の液体人が死んでいる  きゅういち

3つの状態が入り混じった世界に暮らしていると、液体(だけ)の国はとても不思議だ。海の中か? ともいっしゅん思うが、海中にしたって石や砂があり魚や海草がいる。液体だけではない。あぶくだってそこらじゅうに立ち昇っていることであろう。

ひょっとしたら「固体国」のすべてが融解した結果生まれた国かもしれない。「液体人」は、もとは私たちと同じように固体・液体・気体の合成物だったのかもしれない。様態変化の途中なのかもしれない。

死んだあとは、どうなるのか。この句に横たわる(と言っていいのか。静止した水のように動かなくなったその人の状態のことを、どう言えばいいのだろう)液体人は、ほどなく「気体国」へ旅立ち、「気体人」として生きていくのかもしない。

掲句は『晴』第5号(2022年2月10日)より。

さて、ここからは余談。

古代ギリシャ人は、液体や気体を「状態」ではなく「元素」と考えました。世界は、水、空気、火、土から出来ているとする「四大元素」です。この「間違った」捉え方・考え方はその後も長く、哲学者・科学者の思考の土台になったそうです。ここでは、エンペドクレス(紀元前490年頃~430年頃)のロマンチックな「四大元素説」を紹介しておきます。
エンペドクレスは四つの元素がもともと等しい価値をもつとし、そこに二つの普遍的原理をつけ加える。元素を互いに接近させる「愛」と、遠ざける「憎しみ」である。世界の始原には「愛」が君臨し、すべての元素がマグマの中に渾然一体となっていた。ついで「憎しみ」がマグマを分離させ、元素がいろいろな比率で混じりあって、いま見るような事物や存在が生まれてきた。その後もこの過程はいやおうなく続く。元素はやがて完全に分離し、孤立した純粋な四つの球体を構成する。われわれの世界は消滅し、宇宙は「憎しみ」が絶対的に支配する帝国となる。そして最後に、愛がプロセスを逆転させ、逆の方向に再出発させる。
(ジャン=ピエール・ランタン 1994『われ思う、故に、われ間違う 錯誤と創造性』丸岡高弘訳/1996年/産業図書)

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