2010年11月10日水曜日

●目玉焼

目玉焼

吾が英語通じて春の目玉焼  鈴木鷹夫

ひとりなれば法然忌にも目玉焼  星野麥丘人

新緑に置き完璧な目玉焼  小久保佳世子

冬晴や醤油をはじく目玉焼  彌榮浩樹




2010年11月9日火曜日

〔人名さん〕木葉髪

〔人名さん〕
木葉髪


木葉髪あはれゲーリークーパーも  京極杞陽

ゲーリー・クーパー1901年5月7日生まれ。京極杞陽1908年2月20日生まれ。7つ年長でゲーリークーパーは京極杞陽のお兄さん世代。木葉髪は、自分の近未来でもあろう。

(さいばら天気)

2010年11月8日月曜日

●熊本電停めぐり08 新町 中山宙虫

熊本電停めぐり 第8回 洗馬橋(せんばばし)

中山宙虫

3号線上熊本駅前~健軍町の8番目の電停。
上熊本から所要時間10分。

10月27日(水)
16時。
所用で仕事を休む。
その帰りにやってきた。
専用軌道を抜けて出てくる電停がここ「洗馬橋」。










ここは、あの童謡「あんたがたどこさ」の舞台とされているところ。
正式には「肥後手毬唄」というそうで、全国的に知られているまりつき唄。
そんなわけで周辺には狸の像があちこち。







郵便局のポスト。










画材店にも。










もちろん電停にも。
この狸の像「ふれあい親子狸」には御利益がありそうな看板も。


そして、電停の名になっている橋にも。










しかし、よく見てみるとこの橋の反対側には、へんてこな海老が乗っている。
「あんたがたどこさ」に海老が出てくるらしい。
記憶をたぐってみると、そのような気がする。
船場橋の案内板のうえのへんてこな格好をしているのが海老。












歌詞をたぐってみると。
♪あんたがたどこさ 肥後さ 肥後どこさ 肥後どこさ 熊本さ 熊本どこさ 船場さ 船場山には狸がおってさ それを猟師が鉄砲で撃ってさ 煮てさ 焼いてさ 食ってさ それを木の葉でちょいと隠せ♪
狸が出てくる。
これにあわせて女の子たちはまりをついた。
「ちょいと隠せ」でまりを背面キャッチしていた記憶がある。
スカートの時代はスカートのなかに隠してフィニッシュもあったような話だ。
さて、えびはどうなのか?
もうひとつの歌詞。
♪あんたがたどこさ どこさ 肥後さ 肥後どこさ 熊本さ 熊本どこさ 船場さ 船場川にはえびさがおってさ それを漁師が網さでとってさ 煮てさ 焼いてさ 食ってさ♪
えびが出てくる。
こういう歌詞があったのだ。
ところで、この唄は埼玉県川越が発祥とする説がある。
考えてみれば、熊本にいて、「あんたがたどこさ?」と問われ、「肥後・熊本」と答えるのも変な話。
旅先で、問われ答えた話とすればわからなくもない。
真相は狸と一緒に藪のなかでいいか。
それに橋の名は「船場橋」と明記されている。
昔、このあたりが船着き場だったようで、この名がついたという。
電停の名は「洗馬橋」。
船着き場で荷を運ぶ馬を洗ったからなのだろうか?
もうひとつ、船場橋が渡る川は「坪井川」。
船場川はない。
ましてや、山があるような場所ではない。
船場山はどこだったのだろうか?
案内板には藪だったという記述があるが、今はもうすっかり市街化してしまって、狸の住める場所はない。
電車はこの「船場橋」を渡って、熊本市の中心部へ。
ここまでは、古い街並みが続いていたが、随分にぎやかになっていく。
電車がきた。
右側の電車が「建軍町」行き。


橋を渡るとき気づいたことがある。
熊本城が見える。
ほんの一瞬だが。
この路線でここがまず最初に熊本城の天守閣を見ることができる場所だったのだ。
坪井川に沿った熊本城の石垣。
手前は、今は県立高校が建っている。
この石垣にひょっとして狸は棲んでいるのかもしれない。
そう思う。


次回の電停は「西辛島町」。

2010年11月7日日曜日

●窓

窓

江戸住や二階の窓の初幟  一茶

夕顔や酔てかほ出す窓の穴  芭蕉

窓の燈の草にうつるや虫の声  正岡子規

雪隠の窓から見るや秋の山  夏目漱石

玻璃窓に来て大きさや春の雪  高浜虚子

窓にすぐひろがる港金魚玉  木下夕爾

日のあたる窓の障子や福寿草  永井荷風

窓々の灯のおちつきのすでに冬  久保田万太郎

しやぼん玉窓なき厦の壁のぼる  橋本多佳子

王(ワン)氏の窓旗日の街がどんよりと  西東三鬼

ジプシーに占はせをり窓の春  高野素十

窓あけて虻を追ひ出す野のうねり  富澤赤黄男

窓も句集も四角なりけり暑気中り  池田澄子

火事跡に焼けのこりたる窓のあり  藺草慶子

万緑も窓も無傷と思ふなり  櫂未知子

花町の窓なり魚の飛ぶひかり  宇多喜代子

初夏に開く郵便切手ほどの窓  有馬朗人


2010年11月6日土曜日

●おんつぼ36 テッサの歌、灰色のワルツ、アデルの恋の物語 四ッ谷龍


おんつぼ36
テッサの歌、灰色のワルツ、アデルの恋の物語

四ッ谷 龍


おんつ ぼ=音楽のツボ




秋の雨が降りつづきます。
中庭の木が濡れてひかりをこぼしています。
景色を見ている私の心も、しとしとと雫していくようです。
こんな日は、窓辺に灯をともしてレコードに針を落としてみましょう。「テッサの歌」を聴くために。静かな悲しい曲です。雨だれがガラス窓を伝うのにつれて、音符も上から下へとしなだれていきます。
もし私が死んでも 鳥たちが囀りを止めるのは一晩だけ。
もし私が死んだら 別の人が現れ あなたはいつか私を忘れるでしょう。
そして生のよろこびがあなたの視線を
また洗い清めることでしょう。
朝 あなたは見るでしょう
山が明るみ 私の墓に幾千もの花がひらくのを。
私はいなくなり 美しきものはよみがえる。
私のただ一人の恋人よ!
作曲者のモーリス・ジョベールはフランス人。戦前、おもに映画音楽の分野で活躍した人です。『舞踏会の手帖』の主題曲「灰色のワルツ」は、曲を後ろから前に向けて演奏し、レコードを逆回転させて再生するという、前衛的な手法を駆使したユニークなワルツとして有名です。
第二次世界大戦が起きるとジョベールは軍隊に志願しますが、1940年に戦場で銃弾を受けて死去してしまいます。40歳でした。
戦後になると、ジョベールの名は忘れられていきました。しかし彼の音楽を大事に思っている、ひとりの映画監督がいました。フランソワ・トリュフォーです。彼は、「映画に合わせて音楽を付けていく」のではなく、「ジョベールの音楽に合わせて映画を撮る」ことを思い立ちます。ジョベールのいくつかの音楽作品を選び、それに合うように画面を作っていこうとしたのでした。
こうして完成した映画が、ヴィクトル・ユゴーの娘アデルを主人公とした名作「アデルの恋の物語」です。
トリュフォーは、続く映画「緑色の部屋」でもジョベールの音楽を使用します。亡き妻のために礼拝堂を建立しようとする男についての映画です。完成した礼拝堂には、妻や大切な人たちの写真が飾られます。そこにはジョベールの肖像もあり、トリュフォー自身が演じる主人公は、作曲家について語ってみせるのです。

演奏者についてひとこと触れておきます。歌手のイレーネ・ヨアヒムは、名ヴァイオリニストのヨーゼフ・ヨアヒムの孫に当たります。(ヨーゼフはブラームスの若き日の親友でした)
ドビュッシーの歌曲を歌わせたら、彼女の右に出るものはいないでしょう。弱音が続く部分に熱い情熱を込めて表現することを得意とする、名歌手でした。

雨の日に似合う度 ★★★★★
いまどき共感されやすい度 ★★★