2014年2月7日金曜日

●金曜日の川柳〔森本夷一郎〕樋口由紀子



樋口由紀子






塀があるここ中(なか)やろか外(そと)やろか

森本夷一郎 (もりもと・いいちろう) 1923~2010

今期の芥川賞受賞作は「穴」であった。掲句は塀である。今居る所は塀の中なのか、外なのか。あたりを見回しながらふと考えてしまった。なんともとぼけた川柳であり、かなりの皮肉である。

「やろか」には関西弁独特のイントネーションがある。疑いの意をもった推量の「あろうか」だろう。五七五のリズムと共につぶやくような「やろか」が効いている。森本夷一郎は京都生まれの京都育ち、京都で一生を過ごした。

塀は比喩だろう。さまざまな解釈ができる。さて、あなたは塀の中、塀の外、どちらにいるのでしょうかと問われているような気がする。塀の外にいるつもりが案外塀の中に居るのかもしれない。それとも穴の中にいるのだろうか。『森本夷一郎川柳作品集』(川柳黎明舎刊 2002年)所収。

2014年2月5日水曜日

●水曜日の一句〔山内令南〕関悦史



関悦史








死に際を思えば透けるあやめかな  山内令南

山内令南は食道がんの自宅療養中に書いた小説「癌だましい」で文學界新人賞を受賞。受賞第一作の「癌ふるい」を発表した直後、2011年5月19日に52歳で逝去した。

身よりのない山内令南の最期を看取った知人により、没後、川柳・詩・俳句・短歌をまとめた作品集『夢の誕生日』が編まれた。川柳が多いが、掲句は俳句に分類された中の一句。

自身の不幸に釘づけにされた態の句が多く、読んでいて息がつまる思いがする。短歌の方は、逆に自身を励まし、奮い立たせる作が多いが、いずれにしても事態を受け入れられない心境が伝わる。

そうした中で、この句は死病への凝視が行き着くところまで行き着き、凝視することに疲れ、その結果「あやめ」を手掛かりに、ふと、忘我とも乖離ともつかない境地に触れた瞬間を掬っている。

疲労の果てに対象をつきぬけてしまった「透ける」であり、美化ではない。

俳句で何かが「透ける」と美化された場合、実在物を通してこの世を(無常観込みで)賛美していることが多い。これは大抵、底が割れた句に終わる。

それに対して、この句の「透ける」は自分が重い絶望の塊に呑まれきり、眼前のあやめが見ていても見えていないものになったという事態をあらわしている。

絶望と恐怖に同化してしまうことで、結果的に「我」から離れ、俳句になってしまった、通常の「名句」の陰画のような句である。


作品集『夢の誕生日』(2013.12 あざみエージェント)所収。

問い合わせ・購入は「あざみエージェント」のウェブへ
http://azamiagent.com/modules/myalbum/photo.php?lid=27





2014年2月3日月曜日

●月曜日の一句〔西村麒麟〕相子智恵

 
相子智恵







鬼やらふ闇の親しき夜なりけり  西村麒麟

作者は豆に打たれた鬼が逃げてゆく闇夜を「親しい」という。原石鼎に〈山国の闇おそろしき追儺かな〉という句があるが、このように闇を恐ろしく感じることはない。

さらに言えば石鼎の句は〈山国の闇〉で、明らかに写生の句であるが、掲句はどこの闇とも限定することはなく、鬼を打ってその鬼が逃げた闇夜というだけである。つまりは打つ人間の側ではなく、逃げる鬼の側に親しみを持っているということになろう。

〈へうたんの中へ再び帰らんと〉〈黄金の寒鯉がまたやる気なし〉〈夕べからぽろぽろ泣くよ鶯笛〉などの句にも見られるが、作者の句を読んでいると「俳句を作る」という気負いはなく、「俳句の中に住んでいる」というような自然な感覚があって、俳句や歳時記の世界に住んで遊んでいるような独特の楽しさがある。

俳句の技術本などでは、あまり成功しないとされるゆるい副詞の多さも、写生という観点からは確かにそうかもしれないが、作者のような句が一冊に纏まると、その世界の独特の楽しさに寄与していることがわかる。読んでいるうちにどことなく心が伸びやかになる句集である。

2014年2月2日日曜日

【俳誌拝読】『儒艮 JUGON』第4号

【俳誌拝読】
『儒艮 JUGON』第4号(2014年2月1日)


A5判、本文62頁。編集・発行:久保純夫。掲載俳句作品より気ままに。

体臭の次に漂う蛍かな  曾根 毅

薬缶振って水少しあり冬の暮  木村オサム

流氷の音人体に骨二百  岡田由季

冬の日を写せば遺影にも似たり  杉浦圭祐

外套の小銭鳴らしてコヨーテ来  原 知子

さらさらと零す仁丹クリスマス  松下カロ

藁塚の芯まで温し暮の鐘  小林かんな

チューブから絞られている水母かな  城 貴代美

ああああと指から逃げていく白梅  久保純夫

(西原天気・記)

2014年2月1日土曜日

●コモエスタ三鬼37 ガラじゃない写生

コモエスタ三鬼 Como estas? Sanki
第37回
ガラじゃない写生

西原天気

枯蓮のうごく時きてみなうごく  三鬼(1947年)

有名句。どこに出しても恥ずかしくないりっぱな句。

けれども、どこか三鬼らしくない。言い換えれば、三鬼が作らなくても、誰かがいつかどこかで作ったような句。だから、ダメというのではまったくないのですが。

戦後の三鬼の「変貌」について、三橋敏雄は次のように語っている。
これは三鬼が戦前にやらなかったこと、つまり三鬼自身は伝承的な俳句、古典をしっかり勉強していないわけですから、それをまずやろうという気があったでしょうね。さっそく写生でいこうということで「枯蓮のうごく時きてみなうごく」のような句を作るわけだが、もともとそういうガラじゃないから、徹底的な写生も続かない。やはり持ち前の風俗的な句にいい句がありますね。(…)
「俳句空間」1992年2月:『別冊「俳句四季」西東三鬼の世界』(1997年・東京四季出版)所収
句集『夜の桃』には掲句のとなりに、

露人ワシコフ叫びて石榴打ち落す  同(1946年)

があります。これが「持ち前の風俗的な句」にあたるのかどうか。いずれにせよ三鬼でなければ作れなかったであろう句。好みもありますが、やはり、こちらを愛してしまいます。

ただ、この句の次には、

石榴の実露人の口に次ぎ次ぎ入る  同(1946年)

という句もあって、これなどを見ると、露人と石榴の句もまた、三鬼流の「写生」だったのかもしれません。


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