2014年3月7日金曜日

●金曜日の川柳〔岡橋宣介〕樋口由紀子



樋口由紀子






切符売りのおばあさんの切符はぬくいな

岡橋宣介 (おかはし・せんすけ) 1897~1979

首から布切れの袋をぶら下げて、指先のあいた手袋をして、切符を売っていたおばあさんがいたような記憶がおぼろげながらある。掲句から人と人とのつながり、人のぬくもりがじんわりと伝わってくる。

しかし、今は切符のぬくさを嬉しいと思うような感覚を失ってしまっているように思う。映画館でぬくいチケットもらっても、コンビニでぬくいおつりを受け取っても、なんとも思わない。それよりも気持ち悪いと思うかもしれない。おばあさんから手渡されたぬくい切符に、ぬくい気持ちを感じて、心が温かくなったのは、遠い昔の出来事になってしまった。

先日、券売機の前で立ちつくしておじいさんに出会った。みんな、急いでいるので、どんどんと追い抜かれていく。切符売りのおばあさんがいたらそんなことはなかった。

岡橋宣介は新興俳句の理念に共鳴して、日野草城の「旗艦」の同人でもあった。昭和24年川柳誌「せんば」を創刊し、多くの川柳人に影響を与えた。

2014年3月5日水曜日

●水曜日の一句〔加根兼光〕関悦史



関悦史








鳥類に小さき頭蓋日雷   加根兼光

「鳥類」は博物学か生物学の分類を示す語彙であり、花鳥趣味や、個別の鳥の生命感とは一端ひややかに距離を置いている。

そして「小さき頭蓋」でひややかな手つきのまま個体の肉感に分け入り、「日雷」で生命が宿る。生命の誕生には雷が一役果たしたとの説があることを思えば理に近づくが、「日」の明るさが空間的な見晴らしを確保しており、一句は雷一閃の劇性にばかり集中することはない。

鳥は自分の頭蓋が小さいことも知らないし、雷と生命の関わりを思惟することもない(はずだ)。

一度距離を置いた後で生命感を引き出すことで、鳥類の無垢さと可憐さが浮き彫りになる。さらに、死にやすさ、死なせやすさへのやや偏執性を帯びた視線も、この句は同時に感じさせる。図鑑や解剖図、死体標本のコレクションに魅入られたとき特有の、不気味さを経た生命への接近の魅惑を捉えた句といえる。


句集『句群po.1―半過去と直接法現在として、あること』(2014.2 マルコボ.コム)所収。

2014年3月4日火曜日

●羽化

羽化


人参を擂るおとうとの羽化のため  佐藤鬼房

父の忌に羽化する蝉のうすみどり  橋本薫

耳鳴りのあの夕暮は蝶の羽化  柿本多映

羽化のもの遠くへ犀の革ごろも  中島斌雄

2014年3月3日月曜日

●月曜日の一句〔染谷佳之子〕相子智恵

 
相子智恵







男雛火のいろの舌覗きゐる  染谷佳之子

句集『橋懸り』(2014.1 角川学芸出版)より。

雛人形は口を閉じているものばかりではなく、よく見ると歯が見えていたり、舌が覗いているものもある。私がかつて持っていた雛人形は、笛を吹いている五人囃子や左大臣などは口が開いていたような記憶があるが、男雛はどうだったか、記憶にない。

「男雛の舌が覗いている」というだけでもなんだか薄気味悪くドキリとするのだが、それが〈火のいろ〉だというから、情念さえ感じる。雛人形は「形代」としての役割を持っている。人間の災いを代わりに背負ってくれるのだ。その人形への後ろめたさというか、潜在的な怖さがあるから〈火のいろ〉が強く響くのかもしれない。ハッとさせられる写生句である。

2014年3月1日土曜日

●三月

三月


三月の豚の耳からはじめよう  岡村知昭〔*

三月やモナリザを売る石畳  秋元不死男

蝌蚪曇りなほ三月の日のごとき  山口誓子

三月の雑誌の上の日影かな  前田普羅

三月や水をわけゆく風の筋  久保田万太郎

いきいきと三月生まる雲の奥  飯田龍太

世の中に三月十日静かに来る  岡野泰輔〔*


〔*『俳コレ』(2011年12月・邑書林)より