2012年3月31日土曜日

●虚子

虚子


岸本尚毅 俳句月評:虚子への関心(毎日新聞 2012年3月25日 東京朝刊)より
(…)深見けん二編『高浜虚子句集・遠山』(ふらんす堂)は膨大な虚子の句から四百余句を抽出し、俳人虚子のエッセンスを伝える。昨年は若手執筆者(最年少は一九八七年生まれの生駒大祐)による『虚子に学ぶ俳句三六五日』(草思社)が出た。

虚子の「大寒の埃の如く人死ぬる」について深見は「大寒」の「兼題(句会で出題される俳句の題…岸本注)で想をめぐらしているうちに出来た句である」と言う。同じ句を『虚子に学ぶ…』は「『大寒』という題に合わせ、大喜利の答えのように詠まれた可能性が高い。そう思うと、このアンチヒューマニズムの句、同じ句会に出句の<大寒の見舞に行けば死んでをり>とともに、一同爆笑の、ジョークに近い句だったのかもしれません(上田信治)」と評する。言い方こそ違え、「埃の如く人死ぬる」の冷徹さの向こうに題詠の遊び心を見出(みいだ)した点は深見編『遠山』と『虚子に学ぶ…』の虚子理解は共通する。(…)


2012年3月30日金曜日

●金曜日の川柳〔佐藤みさ子〕 樋口由紀子


樋口由紀子








カサコソと言うなまっすぐ夜になれ


佐藤みさ子 (さとう・みさこ) 1943~

はじめてこの句を目にしたときはびっくりした。表現が巧みというのではなく、このような端的な表現があったのだと思った。言葉の選び方も句の仕立て方もいままで見たことのない川柳だった。

誰にあるいは何に向かって言っているのだろうか。たぶん、自分に向かってであろう。「カサコソ」とは落葉を踏むときの擦れた乾いた音。自分の裡にある得体の知れないもの、説明つかないもの、どうすることもできないものがじっとしておれなくて「カサコソ」と音を立ててしまう。「まっすぐ夜になれ」とはおとなしく素直になってくれとの希いだろう。しかし、そう希いながらも、その音の存在こそが自分そのものであることを作者は知っている。

黒板の馬を足から消していく〉〈あおむけになるとみんながのぞきこむ〉『呼びにゆく』(あざみエージェント 2007年)所収。


2012年3月29日木曜日

●可憐な日 中嶋憲武

可憐な日

中嶋憲武


先日連続テレビ小説を観ていたら登場人物たちがカレーを食う場面があり、それが頗るおいしそうだったし、テレビのなかのひとたちも「旨し旨し」と言いて食べていたので、これは今夜はカレーっきゃないでしょと即断し、その日いちにちは頭のなかはカレーのことで一杯でなにしろ「俺にカレーを食わせろ」by筋肉少女隊状態だったので頭のなかが黄色い黄砂となっているだった訳だ。訳です。

夕飯はカレー夕飯はカレー。遊んでようよカレーが出来るまでと言ったコマーシャルソングスかと思えば、カレーってなんで辛いかわかるか?学生?えっ?カレーからだよ。わっはっはっは。のような台東区清川で道路の線引きのアルバイトの際の労務者の叔父さんのギャグ?などを思い出し、いそいそとカレーを作りました。そんな俺の勢いに恐れをなしたのか、ランちゃん(三毛猫。この間咳をしていたので医者に連れて行って検査してもらったらなんでもないと言われてほっとひと安心)が障子の陰から、明子ねえちゃんのように、そっと台所の俺を見ていたし。

カレーと言うと瞼に思い浮かぶあのシーン。むかしと言っても1971年頃、NTVで「3丁目4番地」というドラマやっていて、絶世の美女だったころの浅丘ルリ子主人公、下宿屋の長女であり、職業はディスクジョッキー、当時はパーソナリティという言葉は流布していなかったのだな、母親は森光子で、下宿人に寺尾聡、黒沢久雄、原田芳雄など。テーマソングはビリー・バンバンの「さよならをするために」だったか。で、カレーのシーンなんですが森光子と浅丘ルリ子、寺尾聡、黒沢久雄などが夕食のカレーを食べ終わって、なにか揉めている。と、そこへ天気予報士の原田芳雄が帰ってきてカレーを食い始める。ロクさんと呼ばれていたかな。みんなが揉めているなか、原田芳雄が「すいません、カレーお代わり」と言う。かなりみんなヒートアップしてくるなか、原田芳雄「すいません。お代わりいいですか」と3杯くらいお代わりする。このシーンが妙に記憶に残っていて、カレーはお代わりする食べ物と刷り込まれて現在に至り、冒頭の連続テレビ小説のなかでも、現にそういうセリフがあって僕も夕飯のカレーをお代わりしたのです。だって美味しいんだもん。俺のカレー。

毎日3食カレーでも全然大丈夫っすよ山口果林

2012年3月28日水曜日

●ホース

ホース

汲取のホース蠢く木槿かな  林 雅樹〔*〕

草市に出入りのホース踏んでゐる  中原道夫

牛冷すホース一本暴れをり  小川軽舟

部屋の中ホースが通り天高し  滝沢無人

罪のごとホースで縛し糞尿車  田川飛旅子


〔*〕『俳コレ』(2011年12月・邑書林)より

2012年3月27日火曜日

●アンソロジー第4弾?『赤い新撰21』 上野葉月

アンソロジー第4弾『赤い新撰21』

上野葉月


3月23日の晩、西原天気さんのところへHaiku Drive+週俳・ナマ放送『生駒大祐卒業記念番組!』Ustream配信の見学に行った。実は見学でも参加しに行ったのでもなく、サンドウィッチが食べられるという話なので寄らせてもらったのだった。近所のおじさんが空腹を満たしに来たというだけである。基本的に俳句とはまったく関係のない話。「お前は腹が減ると他人様の家に行くのか?」と問われれば即座に「No!」と答えられないのはまことに残念である。

配信の方は嘘のように順調(ちょうど3時間で終わった)で、単に見学しているだけの私はもっぱら悪魔のように飲み食いするだけである。


第二部「俳句世間・このごろの案件」では昨今の俳句世間での案件の話になる(≫当該アーカイヴ動画)。

詩客連載中の赤い新撰「このあたしをさしおいた100句」(第1回)で予告されている「10回連載の最終回はとんでもない爆弾」とは一体どんなものであろうかという話題にもなった。

西原生駒上田の三氏がそれぞれ予測を述べる。

私はただの見学者で他に豪華ゲストもいることなので黙って聞いていたのだが、以前からこの「とんでもない爆弾」とは御中虫責任編集によるアンソロジー第4弾!『赤い新撰21』2012年12月発売!という告知だろうと勝手に信じていたのですが。

違うんでしょうか?

お三方の予想は違いましたね。


番組全体の印象は生駒くんの受け答えの優等生ぶりはすで芸の域に達しているのではないかというものでした。配信の終わりのほうでは結局、天気さんに話を振られてどうでもいい発言をしてしまいました(ずうっと黙っていればそれなりに格好がついたのに残念)。