樋口由紀子
眼は泥の中にある 呼んでゐる
松本芳味 (まつもと・よしみ) 1926~1975)
泥の中に自分の眼が映っている。眼は泥の中に沈んでいきそうである。そして、私を呼んでいる。「呼んでゐる」と思うのはまさに私の心のありようである。泥の中に逃避すれば、楽になれるのか。今のこの辛い状況から抜け出すことができるのだろうか。
しかし、そこは「泥の中」である。決して、居心地のいい場所とはいえない。生温かく、濁っている。どちらの世界に居ても辛苦に変わりない。自分でどうすることもできない深い悲しみのなかにいる。泥の中に抒情が発生し、心情の切実さがひしひしと伝わってくる。自己劇化の強い川柳である。こういうことを躊躇なく書けた時代があったのだと思う。
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