2011年6月10日金曜日

●金曜日の川柳 樋口由紀子


樋口由紀子
  







それはもう心音のないアルタイル


清水かおり (しみず・かおり) 1960年~


川柳は前句付けから始まった文芸である。この句も前句があってそれに対する附句のようである。あるいは今の心の状態を問われての瞬間的な返答かもしれない。アルタイルは七夕星の牽牛星で、彦星であり、いままでは元気な鼓動の音を響かせて、彼女の希望の星であった。しかし、そのアルタイルはいくら耳を澄ましても心音が聞こえなくなってしまった。過去を振りかえりながら冷静に答えている。彼女にはどうすることもできない、どうにもならない心情を見つめている。川柳は嘆きやさびしさをこのように表現できる。「井泉」(No39 2011.5)収録。

2011年6月9日木曜日

〔かしつぼ〕水無月の夜 中嶋憲武

かしつぼ
水無月の夜


中嶋憲武

かしつぼ=歌詞のツボ
作詞・作曲 井上陽水/編曲 星 勝
1976. March アルバム「招待状のないショー」収録
蛍狩りから もどった君は
足も洗わず 籐椅子に
川むこうには たくさんいたと
ゆかたのすそをぬらして
水無月の夜 送り火の前

夏帯解いて ゆかたを着がえ
たけの長さを 気にして
君の作った 砂糖水には
かげろうゆれて 動いた
水無月の夜 迎え火の前

蚊帳をくぐって 蛍かごあけ
笹の葉を持ち とまれと
灯りを消せば 蛍も見える
夜具とゆかたのふれ音
水無月の夜 蛍火の中
「招待状のないショー」というアルバムは、フォーライフレコードへ移籍してはじめてのアルバムで、それまでの陽水のセンチメンタルフォークという路線を打ち破ろうとするアレンジや歌詞の意気込みも感じられますが、アルバム全体から醸し出される寂しい雰囲気があり、そのほうが好きです。この年の2月に陽水が最初の奥さんと離婚したという事実を考えれば、「Good,Good-Bye」「青空、ひとりきり」「曲り角」「今年は」「口笛」「もう………」といった楽曲に、その体験が色濃く反映されているように聞こえます。1976年3月といえば、ぼくにとって中学から高校への非常に不安定な時期であり、かつ寂しい季節と重なり、余計に寂しく寂しく聞こえたのかもしれません。

てなわけで「水無月の夜」なんですが、この曲、このアルバムのなかで一番好きな曲です。印象的なギターのカッティングに始まり、ドラマティックにストリングスが絡んでくるイントロで、ぐっと曲の世界に引き込まれてしまいます。陽水の低音の歌唱で歌が始まるのですが、その低音を聴くと陽水っていい声だなあとしみじみ思います。

歌詞は「蛍狩り」「籐椅子」「ゆかた」「水無月」「送り火」「夏帯」「かげろう」「迎え火」「蚊帳」「蛍かご」「笹の葉」「蛍火」など純日本の情緒ある単語が散りばめられ、アレンジもマイナー調で、陽水の抑制の効いたささやくようなヴォーカルが情感を高めてゆきます。歌詞を眺めていて違和感を覚えるのは、送り火と迎え火の順序が逆である事や、旧暦水無月といえば水が無い月と書くとおり、暑い盛りの季節(今年でいえば7月12日から8月9日の29日間)であり、そんな頃にはもう蛍などいなくなっているのではないかという事や、かげろうは春先に地に立つものであり、砂糖水の入ったコップの口にゆらめくものではないという事など挙げられますが、「心もよう」という曲のなかの詞に「あざやか色の春はかげろう」という一節があり、陽水はこれらの事を知っていて、詞の世界をドラマティックに盛り上げてゆくための、作詞上意図的に書いているのではないかと思えます。送り火と迎え火の順序が逆になっているのは、最終連のクライマックスを導入するためではないかとか。深読みですか?

個人的にこの歌の情景にかぶるイメージが、ぼくのなかにずっとあります。それは、この当時小学館から「GORO」という雑誌が出ていて、篠山紀信が「激写」というタイトルで女性をモデルにした写真をグラビアで連載していたものです。なかでも、浴衣を着た髪の長い女性を古い日本家屋や、川などで撮っていた数ページのグラビアのイメージと重なっています。

それゆえか、この曲の歌詞は性的な事柄が暗示されているように思え、第3連の最後の2行、
夜具とゆかたのふれ音
水無月の夜 蛍火の中
は象徴的です。「夜具とゆかたのふれ音」で性的な行為を暗示し、「水無月の夜 蛍火の中」で、そんな二人をロングショットで捉えているというふうに読むことが出来ると思います。読み過ぎ?俺、エッチ?

陽水のこの路線は、のちの「ジェラシー」「リバーサイドホテル」「背中まで45分」などに繋がってゆくのだと思えます。


2011年6月8日水曜日

〔人名さん〕 バカボンもカツオも

〔人名さん〕
バカボンもカツオも


バカボンもカツオも浴衣着て眠る  久野雅樹

掲句は『超新撰21』(2010年12月・邑書林)より。


『超新撰21』・邑書林オンラインショップ



2011年6月7日火曜日

〔今週号の表紙〕第215号 地下鉄

今週号の表紙〕
第215号 地下鉄 


あれはたしか銀座線だったか、昔は、車内の灯りが突然、一秒ほど消えた。その一秒間が「東京」に出てきた頃の気分と結びつき、地下鉄というだけでちょっと感傷的になる。

写真は九段下駅。銀座線とは違う。使用フィルムは富士かコダックのポジフィルム。
ずいぶん昔に撮った写真で製品名は覚えていない。

デジカメだと、もっときちんと映ってしまい、自分の感傷とは違うものになってしまいそうに思う。写真がちゃんとしていないこと、へたっぴぃなことも含めて「自分の気分」。写真も俳句も、自分に近いところで遊ぶのがいい。

(西原天気)


表紙の写真、募集中
http://hw02.blogspot.com/2011/04/blog-post_20.html

2011年6月6日月曜日

●月曜日の一句 相子智恵


相子智恵








和船ぎぃと進み入道雲多淫  橋本 直


「鬼」合同作品集『水の星』(2011年5月21日発行)「エイチ」より。

実験的俳句集団「鬼」(復本一郎代表)が15周年を期に、20~40代の有志8名の俳句・詩・エッセイを一冊にした合同作品集を刊行した。昨今、このように同世代の作品がまとまって読める流れができてきたのはうれしいことだ。

さて、掲句。遠近感はあるのに細部までみっちりと細い線で書き込まれた、浮世絵のような味わいの句である。入道雲が多淫だというのにまず驚くが、たしかに湧き立つ入道雲はエネルギッシュ。そして木製の和船の艪が立てる「ぎぃ」の擬音がよく響いて「みっちり感」を際立たせている。言葉がギュウギュウに詰まりながらも、構図の美しい風景句として成立しているのだから、なんだか不思議な世界である。頭の中に楽しい画を描いてくれた一句。



松尾清隆「赤と青 アンソロジー『水の星』発刊によせて」